【裏話】幕を下ろす5秒前の話
今日の内容はある種の懺悔にもなるかと思うのですが、もう7年も経つので、時効かな?と思いつつ書きます。
高校生の頃、僕は演劇部に所属していました。
演劇にも大会があり、夏に大きな大会があります。
高校3年の時、僕らは中部大会に出場しました。
演劇部にとっては3年ぶりの中部大会への出場。全国も行けるのではないかということで、顧問の先生と打ち合わせ…とまではいきませんが、そういう話も一時期出ました。
それくらい、当時発表した作品には自信がありました。
結果的には全国大会出場にはならなかったのですが…。
順調に見えた上演とハプニング
僕は演出・脚本を担当していました。
当日の会場における演出の役目は緞帳の上げ下げと音響・照明のタイミングの指示出し。
袖で待機し、インカムをつけて袖に戻る役者、ホールの最後部にいる照明と音響の操作をする部員、緞帳を上げ下げする職員の方への指示出しを行いました。
高校演劇の大会にはルールがいくつかあります。
その1つに上演時間の制限時間があります。
60分という規定があり、これを越えると失格となり、選考対象外となります。
そのため、袖に待機していた僕の手元には時計が設置されていました。
この規定の時間を越えないための予防策です。
ただ、中部大会で上演するまでには「地区大会」、「県大会」と2度の上演をし、既に55分で上演し終わる、ということは分かっていました。
しかし、ここが演劇の醍醐味の1つでもあるんですが、実際の中部大会では、上演時間は61分となってしまったんです。まさに、生ものだからこその醍醐味ですね。
上演時間が延びた原因
何年かして他の部員に話を聞いたのですが、僕の知らないところで色々なハプニングがあったようでした。
1つ目は会話のペースが変わってしまっていたこと。
「台詞出しのタイミングがゆっくりだった」
中部大会の観客は非常に良く、それが裏目に出ました。
笑いを誘う台詞を役者が口にすると、どっとウケ、あまりにその反応が良く、役者が次の台詞出しを遅らせていたようでした。
高校生にそこまで求めるのも厳しいですが、常に時間を意識させた演技をさせなかった演出である自分のミスだと今でも悔やんでいます。
2つ目は役者の不調。
いわゆるマンネリが原因だと思うのですが、練習のし過ぎで一部の役者がセリフ出しのタイミングが分からなくなってしまい、長い間を作ることになってしまいました。
1分程でしょうか。その長い間は上演時間を延ばす結果となりました。
これも、前兆はありました。練習時から間の長さは指摘していたのですが、役者へのフォローが充分とはいえませんでした。
しかし、上記に挙げた理由はどれも時間超過の決定打ではありませんでした。
幕を下ろす5秒前の話
事前に僕の目の前にはデジタル時計が置かれ、「上演時間が60分59秒を1秒でも過ぎれば、失格になる」旨を教えてもらいました。
しかし、結果的に規定時間である60分を越える形で上演を終えました。
途中、幕を強制的に下ろすことで上演時間に収めることも可能でした。
しかし、僕はあえて緞帳を下ろさず、最後までキャストに演じさせることを選択しました。
なぜなら、上演していた作品のタイトルが『ぼくらのこえを』だからです。
僕はただ、純粋にお客様に「こえ」を届けたい。その一心でした。
僕にとってこの作品は、私の高校生活の全てを詰め込んだ作品でした。
「県大会出場」「中部大会出場」どれも僕にとっては「もう1度上演をする権利」以外の意味はありませんでした。
「全国大会出場」という名誉は自ら手放す形となりましたが、高校卒業後に「作品を観た」という方とお話をさせていただく機会があるなど、目には見えない財産が私の手元には未だに残っています。
まだ書き続ける
あれから7年が経ちます。
未だに僕は演劇から離れられず、そして当時の作品を越えようと必死にもがいています。
その理由は変えの利かない演劇の魅力にあると思います。
未だに書いているときはワクワク、ドキドキします。
そして、僕が演劇から離れられない大きな理由は書きたいことがまだあるからに他なりません。
僕自身の「こえ」が遠くの誰かに届くといいなとこれからも願いながら。
多分、もうしばらくは書き続けると思います。
いつになったら飽きるのか。
どうか皆様長い目でお付き合いくださいませ。
おわりっ!
みつむら