8)宗教
不肖は幼い頃、大人達が先の悲惨な大戦の話を聞く度に、「何故、この世に神様が居るなら戦争を止められないのだろう、止められなかったのであろう」と、不思議に思っていた。「現下、(2,023年1月)のロシア:ウクライナの戦争も、同じである」歴史上、領土問題や貿易摩擦等多々あれど究極は、宗教の違いに因るイザコザから、戦争に繋がるケースが多い。而もその結果は、我が敗戦国の惨状を観れば明らかである。「人類は歴史から何を学んで来たのだろうか?」あれから一世紀近く経とうとしているのに、未だに世界の彼方此方で争いが絶えない。或る意味で日本は、常に歴史の先端を切って、生存して来た国である。
原爆体験・経済復興・サリン事件・東北大震災・天災、そしてこの度の一国首相暗殺事件、将に世界の雛型だと云っても過言ではない。「戦争が、建設ではなく破壊である事は、幼児でも分かる事だ」戦車とブルドーザーは似て非なる物だが、大人達は戦車が建設的なモノではなく、破壊的なモノであると知りながら、威嚇演習でその前後を顎を突き出して〝ロボット〟のように隊列を成して行進している姿は、恐怖というより滑稽さを感じるのは私だけだろうか。「試しに戦車で宅地造成や整地をやって見よ!全くの愚物である事が、幼児でも判るだろう」。思想哲学の先に宗教があるならば、世界の宗教家(聖職者)は一体何をやっているのか、何故声を挙げないで行動に移さないのだろう。
冒頭に挙げた様に、戦争の真因が一宗教にあっての事だとすれば、最早、宗教では「世界の平和」と「人類の幸福」は金輪際実現不可能だと、白旗を揚げた様なものではないか。宗教には教祖があり、経典(教義)があり、戒律が存在している限り、解決は不可能である。と、断言して憚らない。更に、人為的(意図的)な操作で、世界を金融やマネーゲーム等や為替相場で失われた、日本の三十年、カルテル・原発・ユダ金・ユダヤ禍・コロナワクチン(原価113円が4320円)現に世界で感染者が一番多いと謂う日本。所謂、ユダヤの世界戦略「対立さして統一」する。又、朝鮮人の「旅の掻き捨て」で此の恥も外聞もなく日本をカモにして、今回の日本を荒らし回っている統一教会、その手先が自民党であった由。
要するに、日本の国会議員(特に自民党の清話会)約二百名の秘書に工作員を潜り込ませ、日本転覆を図っていた事が、今回の山上徹也烈士の義挙で、明らかになったのである。その目的とする所は彼の合同結婚式に見られるように、日本人の血を摂取し、日本人の富を接収すると謂う、物心共に朝鮮の配下に置こうとする謀略が判明したのであった。その先兵としては〝朝鮮仏教〟の創価学会(公明党)が存在し、その後を追って〝朝鮮基督教〟統一教会が仕上げに掛かろうとしていたのである。日本を手に入れると「世界支配」が可能になると云われているのだが、その兆しとして、ビルゲイツが軽井沢に、アリババ創業者ジャック・マーが箱根にそして、オラクル社会長のラリー・エリソンが京都に大豪邸を建設している。その他、影の勢力DS(ディ―プステート)や世界のエスタブリッシュメント(特権階級)の暗躍も見逃せない。
戸松慶議先師は、「神道教典」の冒頭に、神道は宗道であって宗教ではない。宗教には、教祖・教義・戒律があるが、神道は、宇宙の理法、教義の意義・道の奥義を極め盡さなければ、理解する事が出来ない。と、記している。此処で戸松が欧米人の神道観で、第一に掲げているアメリカの思想家JWТ・メーソンの『神ながらの道』から要所を抜粋して、表記する事にする。
十七世紀の始め、信長・秀吉・家康の統一事業を受け継いだ徳川幕府は、極端な鎖国政策に傾いた。日本民族は世界に対してその門戸を閉じた。そして、此の犠牲は自己防衛上の実際手段ではあったが、ために日本国民の発見的活動は、その才分に適した十分の機会を與えられなかった。個人主義は、色々な形で抬頭し始めた。実践躬行と個人的責任を唱える「王陽明哲学」が勢力を増大した。又、純粋神道が個人的努力としての方面と、天皇を中心とする、精神的統一の方面とに於て復活し始めた。西洋が、外部から日本の門戸を開いた時、日本の創造力は再び解放された。徳川幕府は倒壊され、神道の勢力は政治的に最高点に達した。神道こそは、東洋に於けるこの種の独特な創造的精神を、解釈する鍵を提供する。尚、その創造的精神の種子は神話時代に蒔かれたものであり、日本文化の淵源は依然としてその時代にある。
神道と宗教
宗教こそ、自己意識に一つの魂を賦与せるものである。宗教は、自己意識が混沌たる環境の中から、進化したのと同時に発生したものである。宗教そのものゝ目的は、常に自覚意識をして、人間は物質以上のものなる所以を悟らしめる事に依り、人類の地上生活に於ける重荷を軽減するにあるからして、宗教に因りてこそ自覚意識は、霊的価値と人類の魂とを知り始めたのである。併し、創造力の勢いの盛んなるや、遂には宗教そのものをも、己が活動の手段として利用するに到る。併し、宗教はこの種の刺激に駆られて、組織的運動化し、信徒らは屡々彼の俗界の生存競争にも等しき闘争をも行うに到る。諸宗教の始祖は真理を求めて、人生の潜在意識的場所までに、透徹したのであるが、其の真理が意識の表面に浮かび出ると、それは多くの注釈家達の手中のものとなり、彼等は自分勝手の観念に照らしてこれを変形し、又、これを権威的なもの足らしめんとして、解釈し直すのである。
何となれば、人間は真理に依りてより寧ろ、権威に依りて指導されん事を望みがちなものである。宗教的権威は、自ら意味を探求すると謂う骨折り仕事から、解放してくれる。併し神霊的真理は各自責任を以て、これを受容せん事を求める。どの宗教でも殆んど定まったように、人間は物質的たると同時に霊的であり、又、肉体と物的欲望の下位に置かるべきであると教える。そこで、人間性と霊性とを一致せしめんとする本能の存するにも係らず、諸宗教は人と神とをこの点に於て分離するのである。自己意識は、常に活動せん為に分離せん事を努め、それ故に自覚する精神は、霊をばそれ自体独立せる一実在として、把握せん事を求め、従って、空間なき霊を空間的物質より区別せんとする。宗教的偉人は、この分離的傾向に打ち勝たんと努力するが、この種の努力を理解する事は、自己意識にとって頗る困難である。
併し、人類の活動がより能率的となり、又教育が普及するに連れて、霊的進歩の道程も段々容易になって来る。人心は一層強い自信を持つに到り、宗教に於ける権威の威力は減ずる。人類は自己の内面に精神的慰安を求め、内面的感応によって自分自身を知らん事を欲する。併し、各個人が自分の理解力で霊的真理を認めんとするこの種の求道には、僧侶の助力を必要とする。何となれば、度量の広い僧侶は、一定不変の信条が霊性を独占するものでない事を知っているからである。現代の医家が患者を治療するに当たり、その真の治療者たる大自然に助力して行くように、現代の僧侶も、各自が自分を霊的に治療して行くべき責任を如何に、採るべきかを教える事に依って、現代の新しき精神的需要に応じて行くのである。
我等自身の霊魂を明らかにする事が、万事の根本である。既成宗教が今まで人類に与えた利益は、人類の霊性が邁進した過去の危機に於ては、屡々決定的重要性を持ったものであるが、将来に於てもそうであろう。人生を理解せんとする、自己意識の初期の努力に際して、人間性の活力を信ぜしめるものは、主として宗教の賜なのである。然るに、神道はこの如き組織的方法に依って、自覚的要求に応ずる事を求めなかった。何となれば、神道には神なるものは無く、人間と心霊とは同一物であるからである。又活ける地上の神霊は、天上の時代より現代に至る迄一貫して、自己発展を続け来たれる神霊に対して、尊敬を払うべきものだと謂う、潜在的意識的真理の基礎の上に、神霊の儀式は立っている。この地上の神霊は不断の努力によって始めて自己の清浄性を保ち得る。それは、自らの清浄性を創造するのである。
(神道に於ける)礼拝は、人間に対する礼譲と敬意とを示す形式でもあれば、又、神々を畏敬する為の形式でもある。全く後者は一つの別種の礼拝ではなくて、殆んど同一要素の新しき適用形式に過ぎない。神々の礼拝に於ける殆んど全ての事柄は、社交的敬礼の諸形式から借用されるものである。……神々に対して畏敬の念を示す、最も簡単で普遍的な方法は頭を下げる事である。故大隈公は、神社に於て辞すべき態度を表明して、それは普通の意味に於ける宗教的礼拝であってはならない、敬神でならなくてはならないと云われている。祈願によって、疫病を駆逐せんとし、或は又、繁栄や幸福の為に祈るが如きは、」全く迷信に過ぎるもので、敬神の本意に悖れるものである。敬神は宗教的信仰の一種ではない。
古神道に於ては、供物敬意の印として考えられ、神自らがこれを食し着、又はその他の方法で享受するものとは教えられていなかった。神道には宗教的意義に於ける祈祷なるものはない。尚、祝詞は人が神の加護を求める歎願でもなければ、救済の祈願でもなく、又、天理の恵みや死後の報償を求めるものでもないのである。神道は生命の為の準備であり、宗教は死の為の準備である。日本では、結婚は通常神式によりて行われ、赤子は宮参りに連れて行かれる。結婚も生命の更新だからである。葬式は殆んど常に仏式又は、キリスト教式によって行われる。
人が何故死なねばならないのかは、既に一つの神秘と考えられるようになってはいるが、民族が不死なのに個人は何故死なねばならないのか。神道に依れば、人間は全て神性を有する故に、日本人は互いに包括的な大家庭の家族として結合されていると考える。従って、日本国の過去の偉人に対する崇敬は、神として人格化された天上の神霊をも、その成員として包含する霊的一大家庭として、考えられた日本国民の祖先に対する宗教である。
神道には、拝観や礼拝の為の神像と謂うものがないから、偶像崇拝教ではない。又、神道には超絶的に宇宙を創造する、神なるものがないから一神教でもない。又、如何なる神をも認めないから、多神教でもない。神道は又、汎神論的でもない。何となれば神道は、自らを宇宙と同一視する全能な論理的原理を認めないで、神霊をば自ら宇宙として、自己創造を成す生ける実在と考えるからである。
日本人は、仏教徒・キリスト教徒、又は儒教徒たると同時に神道者足り得る。何れの国民も「万人は同等なり」とか「皮膚一枚下には差別はない」とか言った格言を持っている。これこそ神道の指示する人類の自覚的関係の理想である。この精神的意義は神道に常に存在していたが、決して自覚的には表現されなかった。併し、神道に就て何も知らなかった。西洋諸民族観念以上のものたる事を示している。
ニューヨーク市の、コロンビア大学の附近、リバーサイド神霊協会の入り口の上に、キリストを中心にして、古今の主要なる宗教家・科学者・哲学者の胸像が掲げてある。その中には仏陀・孔子・プラトン・アリストテレスその他、多くのキリスト以前の人々がある。宗教を否定し、その進化論と正統的キリスト教から激しく攻撃されたダーウィンもその一員に加わっている。
宇宙を霊的一元論を以て解釈する、神道的直観は、この真理の意味が明らかにされるに従って、宗教は一大変革を齎すべき事は明らかである。過去に於て神道は、潜在意識的方法に依って日本の文明と進歩とに貢献して来た。将来に於ては神道は、生命の原始的知識を些かも、変更する事なしに之を表現する事に依って、その領域を拡大し得る。神道は日本精神の特性が漠然たる潜在意識に存した、何世紀もの間を通じて、建国以来今日までこの国を支持して来た。
併し、今や日本のより高き進歩の為に、自覚と自己表現との新時代が必要となり来たり、神道も之に歩調を合わせねばならない。神道にして、その根本原理を理解する能力の欠如の故に、放棄せられる事あらんか。日本の運化は免れ得ないであろう。万一そんな事になれば、霊的勢力としての創造的活動の源泉が抑圧され、国民の自発的自然的調和としての精神統一は失われ、伝統の結束力は解かれて、日本は安定的土台を失える、進歩の世界に於ける一浪人として取り残される事であろう。
悪と須佐之男命
光と闇、清浄と罪障との間の教会的意味におけるような、戦いは神道にはない。神道の人間生活に対する観念には、誘惑その他の悪魔的影響は入って来ない。邪悪も又この世には存在し、又人間の間でも甲は乙に悪行を加えるが、併し、神道はこれらの罪人をば、厳格で憐れみ深い生活を送る人々と、同じに神と認めているのである。雨は、善人をも悪人をも一様に潤す如く、善人をも悪人をも等しく神なのである。神道は、生命を霊的に説明するに当って、悪魔をも地獄をも必要としないからである。
人類の祖先は神である。此の系図は決して取り消すことは出来ない。人類が天より由来したものであると謂う事は、その地上の行動如何に係わらず、消滅出来ないのである。之は神道に於ける恒久的事実である。神道に宗教的意味での罪悪感・救済観のないのは、只、口先だけの懺悔では赦されない事を意味する。神道では悪を実行によって克服させる為に、罪の告白の制度は設けていないのである。
神道では、人が善き結果を得んと全力を尽くした場合でも、その結果が悪ければその責任を、負わなければならないとする。神道の責任観の伝統的感化に依って、両親は屡々その子の過誤の為に、又上官は部下の過失の為に、自分自身を罰する。もしも個人的信念が誤っていて、その行為が悪結果を齎せば個人は、その罪を罰する法令は無くても、自分を処断しなければならない。神霊は、罰を甘受する事によって却ってその自尊心を保つ。
封建時代の日本の「切腹」の習慣は、事実に基づいているのである。立会人の面前で切腹するのは、物質的悪にも拘わらず、主観的神霊は、それによって少しも汚されていない事を公に知らす為に、魂が象徴的に体外に出て来る事を示すが為であった。この切腹の礼式の中に神道の精神、即ち神霊全体から見れば、悪などは存在せず、只神霊が自己を犠物として、進歩を求める事から生ずる、悪の外形が存するのみとする考えが、能く示されている。原罪の教理に代える掛かる原理を以てすれば、悲観主義は忽ち消散してしまう。
崇神天皇の神道復興
原始神道が、宇宙を神霊だと悟ったのは、自然の中に自己創造の神性を認めたのが、最初であった。人類も又、地上に於ける自己発展的な創造的神霊だという、神道の潜在意識的意義を理解する為には、人間の有する創造的動力が、心意発達の最初期以上にその能力を発揮する必要があった。若し日本人が、創造的行為と自己発展との生得的能力を、継承していなかったとすれば、この時代に於ける神道発展上の停頓は、日本国民に取って恐るべき結果を齎したゞろう。当代は、神道の暗黒時代であった。
然るに、日本人の潜在意識的想像力と自信とは破壊されなかった。神道の内面的直覚力は、甚だしく無為であったけれども、まだ亡んでいなかった。適当なる指導者さえ顕われゝば、全能心が地上に存在するという邪道を滅ぼして、神道を復興する事が出来た。日本は暗黒時代より脱出する為に「神道ルネッサンス」必要とした。その指導者は第十代の皇帝、嵩神天皇(みまきいりひこいにえのみこと)に於て発見された。祖神を尊宗するという事は天上の神霊を尊嵩し、神霊統一の源泉を自己一身の人格に独占しない事を意味する。
従って嵩神天皇は、自ら神を尊崇する事に依って、原始日本に於ける全能神信仰の傾向を,阻止してしまったのである。上代の記録に依れば、嵩神天皇は紀元前九十七年に即位し、六十七年間統治されたのであるが、この時代は神道にとっては、日本歴史上最も収穫嵩神天皇は時代であった。嵩神天皇は神道に於ける最も偉大なる天才であった。天皇は大なる独創的精神と、強烈なる意志とを有し、且新しき進歩の道を開く事を恐れなかった。
併し、経済的困苦に依る謀反と、天皇の統治に対する反抗に基づく謀反とを、区別し得る希有の能力を存した。後者の場合は、弾圧しなければならないけれども、前者の場合は政策を変更して、同情を表さなければならないが、嵩神天皇は日本の君主中に於ける最初の人本主義者であった。即位後直ちに天皇は詔書発したのであるが、日本記にはそれが次の如く記されている。
「惟れ、我が皇祖、諸の天皇等、宸極(あまつひつぎ)しろしめすことは、豈に一身の為らずや。蓋し人神を司授くをしのへて、天下を経編(おさ)めたまる所以あり。…郡卿百僚爾(いまし)の忠貞を羯して、並びに天下安くせむこと又、よからずや。」
訳:嵩神天皇は、依然として君主と天照大神とが同床を占めるという政策の為に、知識的状態を改善せんとする人間的努力の模範を示すことに依って、人民を利得せんと欲した。
附記によれば、嵩神天皇は、二子の長所を試験して、皇太子を定めようと思い、其の二子に夢を見せさせた。その意味は終夜君主観を考えて来いという事であったに相違いない。両人とも見諸山に登った夢を見たといった。
嵩神天皇は、好戦的な兄を止めて弟を太子に立てた。何となれば天皇は、日本の為に戦争でなく、平和と産業進歩を求めたからである。
第一代の天皇が、自ら住む宮中に神器を泰安せる際には、孝行の本能と祖先崇拝の原理とは、殆んど無差別であった。併し時代が進んで神代から遠ざかるに連れ、家族的親愛の情よりも、恐れ多いと謂う感情の方が、より強く儀式の中に浸潤し始めあ。換言すれば人と神は同じもので、天上の神霊と人類との間には親子の関係があると謂うのが、神道の意味である。依って、天照大神と君主とは祖孫一体であるという、原始的な神道原理を復興した。従って、神器が宮中から移された時には、一般民衆が非常に歓喜したのは当然であった。斯くして、神道の復興は完成した。
嵩神天皇は、宮中から神器を奉遷する事に依って、地上に於ける全能神と謂う邪説を破壊した。天皇は天照大神を全体統一の神として祭る事により、大神を天上に取り戻した。嵩神天皇は、神器を宮中より奉遷することに依り、神と人とを引き離したのではない。天皇の間違った全能神という考えを、人間から引き離したのである。神霊は万物に遍満しているという思想を、天皇は日本文化に取り戻した。嵩神天皇に対して、同時代の人々が奉った賛辞を見れば、如何に能く天皇の天才が、生前認識されていたかゞ分る。古事記に曰く 「故其の御代を称へ祭りて、初国知らしゝ御真木天皇とまをす。」
初国とは、嵩神天皇をはつくにしらすすめらみこゝも称えている。卽ち建国の天皇という意味である。嵩神天皇は、神道の創造的精神の基礎の上に日本国を建設した。嵩神天皇は、その当時の明治天皇であった。明治天皇のように嵩神天皇は、革新を要する旧き伝統に直面して、創造的活動に対する新刺激を与へられた。且つ明治天皇と同じく自己発展と進歩との新しき道へ日本を導かれた。且つ明治天皇と同じく、現代日本文明の礎石たる有名なる、明治天皇の詔勅はさながら符節を合わせた如く、上代日本に於ける嵩神天皇の詔勅に似ている。嵩神天皇の性格と、業績とを研究する事は、創造的自己発展という、根本的特色を神道に与へた、日本の原始的民族精神を知る事である。
もし日本が、嵩神天皇に依て導かれた道に従わなかったならば、神道は時代に存在しなくなったろう。神道は、日本歴史の初期に於て消失してしまったろう。嵩神天皇は根本的には、非中央集権主義者であった。進歩の為には個人的努力・自己信頼及び人間的努力の必要な事を強調し、且全ての祖神達を認識する事に依って、日本をして器械観と精神的反動とに陥る事を免れしめた。併し、すめらみことは決して、日本の君主の持つ独特なる 神道的地位を妨げはしなかった。嵩神天皇は、すめらみことに関する間違った意味を禁止した為に、本当の神道的意味に於けるすめらみことの復興が可能になったのであるが、神器の奉遷はその為の先駆者であった。
(43 43' 23)