物語を紡ぐ=希望を創造(2023.2.11)
夏に、2本の脚本を書いた。
・劇団すがおのクリスマス公演
・2024年のいなべ市で上演するオペラ(いなおぺ)
これで、生涯で書いた作品は20本ぐらいか。最初に書いたのが20歳の時だから、36年間で20本。途中10年ぐらいは演劇を中断していたので、まあまあの本数だと思う。
オペラ台本なんで書いたことがないので、普通の戯曲みたいに書いた。
まあ、当然なのだが、オペラはすべてのセリフを音楽にのせる。
つまりは、詩(歌詞)的な短く、シンプルな言葉での構成が必要であったのだ。
後から思えば当たり前だが、なかなか要領も得ずに、あとは、オペラ経験が豊富な音楽家の方々にまるふりした。ゆえに、私が書いたのは、あくまで、原作のような話である。
いなおぺの上演は来年である。オペラは、創るのに大変時間がかかるもの。
全ての音楽を作曲し、オケ用のスコアーを起こし、合唱部分等の割り振りもあり、やっと練習である。しかも、練習すべてにオーケストラが一緒にいるわけにもいかず、練習はピアノで行われる。練習する時のピアニストの手配などもいる。
そうやって、日常に新しい世界を創造するのである。
ケの日は、シンプルに言えば我慢の日。
食べるために自分の時間を切り売りし働かねばならない。
仕事はやり甲斐もあるが、人間関係、利害関係等、面倒なことも多々ある。
気の合わない人とも、それなりに折衷していかないといけない。
淡々とした日常とは、基本的には退屈で、たまに自分を自分の世界、もしくは、それ以上にダイナミックな世界に置く必要がある。
まあ、夢や希望というのは、そうした自分の世界に存在する、生きる意義と言えよう。
エンターテーメント(娯楽・芸術)とは、ハレの日を作り出す装置である。
だから、芸術家は神の真似をする猿とも言われる。
物語を書いている時、弾き語りで歌を歌う時。
私は、自分の紡ぐ世界に酔う。没入していく。その感覚は、少し怖くもあるが、夢の中にいるようで、実に心地よい。
その心地よさを多くの人たちと共有する機会が、ライブといえよう。
私が戯曲を書くのは、私のためであり、誰かのためにである。
だから、別に、私が承認欲求や自己顕示欲を満たすためのものでない。
多分、何かを創造・創作している方ならわかってもらえると思うが。