犬と猫の麻酔 ~リスクと安全性について~
犬や猫の獣医療の進歩に伴い、手術や検査で使用する麻酔の安全性も年々高くなってきています。しかし、「麻酔」と聞くと少し怖いもののように感じる方も多いのではないでしょうか。今回は、麻酔をかけると体にどのような変化が起きるのかや、麻酔の仕組みとリスクについてお話します。
麻酔を使う場面
麻酔は大きく分けると、局所麻酔と全身麻酔があります。局所麻酔をかける場合のほとんどはその場でできる程度の手術(皮膚の縫合や、皮膚にできた小さな腫瘍の切除など)また、高齢犬などで全身麻酔をかけるとリスクが高くなるような場合も、可能であれば局所麻酔で処置することもあります。
一方、全身麻酔の多くは外科手術のために使いますが、その他にもCTやMRI、造影など、動いてはいけない検査の時や、歯石除去や抜歯など無麻酔では痛みに耐えられないような時の処置にも使います。
麻酔の仕組み
局所麻酔とは、神経に麻酔をかけることで伝達を『伝わらなく』し、その部分の痛みを感じさせなくするものです。よって麻酔をかけたい部分付近に直接麻酔を注射します。人間が抜歯するときの局所麻酔と同じように、なんとなく触られている感覚がある程度です。もちろん意識はしっかりしているので、体への負担はほとんどありません。
一方全身麻酔とは、脳に麻酔をかけて伝達を『わからなく』するものです。まず、麻酔をかける前に「麻酔前投与薬」を注射します。これは麻酔がかかるほどしっかりと寝てしまうものではありませんが、使うことによりその子の不安を取り除いたり、麻酔の導入をスムーズにしたり、術前術後の痛みをやわらげる効果があります。その10分~15分後に「注射麻酔」を行います。これによりしっかりと「寝てしまう」状況になります。注射麻酔は静脈注射や筋肉注射で投与されます。
その後の「吸入麻酔」は麻酔を維持する目的で使われます。短い時間での手術は注射麻酔で終了する場合もありますが、大きな手術や長い時間麻酔が必要な場合には吸入麻酔を行います。マスクを使うかもしくは気管内に気管チューブを入れ、呼吸をすることで麻酔ガスを吸入し麻酔状態を維持させます。吸入麻酔は麻酔薬の濃度の調節がしやすく、麻酔からの覚醒も早いため、麻酔の方法の中でも安全性が高いのが特長です。
麻酔の危険性
麻酔薬にはたくさんの種類があります。その中で、もしその子に合わない麻酔薬を使ってしまうと麻酔中に副作用が起きることがあります。その副作用とは心拍数が少なくなったり、呼吸が抑制されたり、血圧が低くなったりすることです。この状態が続くと命に危険性を及ぼす場合もあります。
健康な若い子の場合は体にもともと予備機能があるため、副作用により呼吸や循環機能が多少低下しても麻酔に耐えることができます。しかし高齢の子や病気などで予備機能が低下している子では、麻酔をかけるときにリスクも伴います。
よってどんな時でも、年齢や体質、既往症や術式を考えてその子に最も合った麻酔薬を選び、副作用ができる限り起こらないようにすることがとても重要になります。
麻酔中の管理
全身麻酔がかかっている間は、体にいつ・どのような変化が起こるかわかりません。麻酔中も、循環器系をはじめ体の各臓器が正常に機能しているかどうかを見るためにモニターをとります。このモニターはいち早く異常を見つけるための、とても大事な役割をしているのです。
● 心電モニター:正常に心臓が動いているか、波形に異常はないかを見ます。
● パルスオキシメーター:血液中にどのくらい酸素が流れているかを見ます。
● 血圧モニター:最高血圧と最低血圧、平均の血圧を見ます。
● 呼吸モニター:正常に呼吸をしているかどうかを見ます。
体への負担
では麻酔は体にどのような負担をかけるのでしょうか?
第一に肝臓です。肝臓はもともと毒物を解毒させる働きをします。麻酔薬も一種の毒物なので、麻酔がかかると肝臓は麻酔を解毒しようと一生懸命働きます。よって麻酔後はたいてい肝臓が疲れてしまい、機能が低下します。そのため、高齢の子やもともと肝臓が悪い子に麻酔をかけるとさらに肝臓の状態を悪化させてしまったり、麻酔の解毒ができないなどの障害が出てきてしまいます。
次に腎臓です。腎臓は麻酔薬が排泄される所です。そのため、手術前から腎臓の機能が低下していると麻酔薬が体からスムーズに排泄できないため、体の中に長く残ってしまう可能性があります。
また、もともと心臓が悪い子や、リスクを伴いながら麻酔をかけた子、麻酔中に何かしらの異常があったような子も、麻酔後に何らかの影響が残ることがあります。
よって、特に大きな手術や高齢の子に対しては、麻酔をかける前に血液検査や心電図などで健康状態を調べておくことが必須です。そして、それに対応した麻酔方法や麻酔後の管理を行うことが重要なのです。
麻酔のリスク
いくら短時間の麻酔であったとしても、麻酔をかけるということに変わりはありません。麻酔の目指すものは「安全にかけて、確実に覚ます」ことなのです。昔に比べると安全性の面では進歩していますが、今でもまだ体に対してまったくリスクのない麻酔方法は存在していないのも事実です。麻酔は魔法ではありません。だからこそ、飼主さんが少しでも麻酔に対する知識と理解をもっていることが大切です。