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富士の高嶺から見渡せば

中国とどう対峙するか 安倍さんが目指した「覚悟の外交」戦略

2023.02.15 15:33

『安倍晋三回顧録』(中央公論新社)を読んだ。2006年の第1次安倍政権発足から2020年の第2次安倍政権の退陣まで、この15年余りの同時代史を「そう、そうだったよな」と再確認し、「へぇ、そうだっだのか」と再認識しながら、興味深く一気に読むことができた。

何より歴代政権のなかで最長の在任期間、通算8年9か月、在職日数3188日を誇り、その間に「地球儀を俯瞰する外交」と銘打って、延べ196の国と地域を訪れ、こなした首脳会談は1187回を数える。

それまでは1年ごとに総理大臣がめまぐるしく変わり、世界からはそれこそ「日本の顔」が見えないと思われてきた。しかし、安倍さんは長期政権であったが故に、世界に日本の存在感を示し、国際政治のなかでリーダーシップを発揮することができた。それはかつてなかった日本の宰相の姿だった。長期政権を目指した理由と外交理念について、安倍さんはこの本の中で次のように語っている。

(以下、引用部分は太字で表記、ただし「です・ます調」から「だ・である調」に変えた。)

例えば日露の交渉を中長期で考えて、まず私が訪露し、何らかの策を打ち出す。その後、プーチンを日本に呼んで一定の合意を図る。(略)といった構想を描くにしても、長期政権でなければできない。同様に貿易交渉もある程度粘り強く時間をかけてやる必要があった。>p254

外交で重要なのは、ルールづくりだ。今までは欧米にルールを作ってもらっていた。日本は優等生で、ルールに従って言うことを聞いていた。でも勝負はルールづくりに参加することだ。(略)あらゆる分野でルールづくりに参画しないと、国際社会ではダメなんだ。またビジョンを出すことも大切で、それが16年に提唱した「自由で開かれたインド太平洋」の構想だった。(略)

ただ、構想を出すだけではダメで、安全保障関連法が15年に成立し、ピースメイキングの国際協力にこれまで以上に貢献できる環境を整えたから、説得力を持ったのだ。>p129

安倍さんが提唱した「自由で開かれたインド太平洋」という独自の構想は、いまやEUやNATOも含めて自由主義圏が信奉する共通の世界秩序の理念になっているし、それに基づくQUADの枠組みは対中国包囲網を形成する上での重要な外交戦略となった。

その中国への向き合い方として、安倍さんほど、中国問題に警鐘を鳴らし、中国への警戒を呼びかけた指導者はいない。

日本にとって21世紀最大の外交・安全保障上の課題は、台頭する中国とどう向き合うかだ。中国の軍事的台頭は「懸念」というより「脅威」と言わざるを得ない。だから私は、防衛力を強化し、日米同盟を深化させ、多国間の防衛協力を進めたのだ。>p319

2016年の伊勢志摩サミットでは、安倍さんはオバマ大統領らを前に自ら中国問題を取り上げ、その脅威を訴えた。

中国が南シナ海に法的根拠のない境界線を設定して権利を主張し、南シナ海を勝手に埋立てていることを説明した。埋め立てが始まる前の島と、軍事拠点化した後の島を比較する衛星写真を配った。こうした一方的な現状変更は国際法に反し許されない、ということを国際社会に理解してもらおうとした。

加えて経済面では、知的財産の偽造や窃用、著作権の侵害を防がなければならないと訴えた。私は「中国との貿易が重要なのは分かるが、皆さん、目を半分つぶるのはいい、しかし両目を閉じてはダメだ」と言った。>p220

さらに「地球儀を俯瞰する外交」でも中国への警戒を訴え続けた。

第2次内閣以降の7年9か月間で、私は81回、海外出張に出かけた。私は世界中のどの国の首脳と会談しても、必ず中国の話題を出して、軍備増強や強引な海洋進出を警戒すべきだと説いてきた。私の考えに同調する首脳もいれば、そうでない首脳もいる。中国と親しい国であれば、私が中国の悪口を言っていると告げ口をするだろう。それは百も承知で、あえて言うのだ。>p321

中国との外交は、将棋と同じだ。相手に金の駒を取られそうになったら、飛車や角を奪う一手を打たないといけない。中国の強引な振る舞いを改めさせるには、こちらが選挙に勝ち続け、中国に対して、厄介な安倍政権は長く続くぞ、と思わせる。そういう神経戦を繰り広げてきた気がする。将棋を指しても、盤面をひっくり返すだけの韓国とは、全く違う。>p322

「盤面をひっくりかえすだけの韓国」という表現は面白い。韓国問題については稿を改めて取り上げるつもりだが、国と国との約束を簡単に反故にし「盤面をひっくり返してしまう外交」は、ある意味、安易であり稚拙でもある。それよりも長期政権を築いて、長期にわたる神経戦に持ち込むという覚悟の外交戦略には、それこそ命をかけて中国と向き合った安倍さんの気迫を感じることもできる。

中国と向き合うとき、その相手となった習近平に対する人物評も鋭く面白い。

私の任期中、習近平はだんだんと自信を深めていったと思う。10年に世界第2位の経済大国になって以降、より強硬姿勢となり、南シナ海を軍事拠点化し、香港市民の自由を奪った。そして次は台湾を狙っている。毛沢東が経済失政で飢餓を引き起こした反省から、中国は鄧小平時代になって集団指導体制が敷かれたが、今、習氏は異論を封じている。非常に危険な体制となっている。

習近平は、就任当初からしばらくは、日中首脳会談を開いても、事前に用意された発言要領を読むだけだった。(略)ところが18年頃から、ペーパーを読まず、自由に発言するようになった。中国国内に、自分の権力基盤を脅かすような存在はもういないと思い始めていたんじゃないかな。>p186

安倍さんの中国と習近平に対する鋭い観察力と分析力が光っている。

習近平は首脳会談を重ねるうちに徐々に本心を隠さないようになっていった。ある時「自分がもし米国に生まれていたら、米国の共産党には入らないだろう。民主党か共和党に入党する」と言った。つまり政治的な影響力を行使できない政党では意味がない、ということだ。建前上、中国共産党の幹部は、共産党の理念に共鳴して、党の前衛組織に入り、その後、権力の中枢を担うということになっている。しかし、この習近平の発言からすれば、彼は思想信条ではなく、政治権力を掌握するために共産党に入ったことになる。彼は強烈なリアリストだ。>p187

習近平独裁体制下にある中国人には、ぜひとも聞かせてあげたい話だ。習近平も結局、権力欲だけでのし上がってきた人物であり、共産主義の理想も人民のことも本当はどうでもよいと思っているのだろう。

安倍さんに計18回、36時間にわたるインタビューを行い、この『回顧録』をまとめた読売新聞特別編集委員の橋本五郎氏は本書の序に当たる「なぜ『安倍晋三回顧録』なのか-「歴史の法廷」への陳述書」のなかで、次のように書いている。

中曽根康弘元首相は「政治家の人生は、その成し得た結果を歴史という法廷において裁かれることでのみ、評価される」と強調していた。政治家たる者、その深い自覚なしに政治に携わってはいけないという強い戒めでもある。その意味でも、安倍さんの『回顧録』は、歴史の法廷に提出する安倍晋三の「陳述書」でもある。>(p7)

凶弾に倒れ、無念のうちに不帰の人となり、そして、歴史法廷への陳述書として命の叫びのような、この『回顧録』を残していなかったら、安倍さんの政治人生はほとんど無意味になっていたかもしれない、と思われる。

そしてこの『回顧録』は、政治家の戦略性、権謀術数、胆力など、世界を相手に戦える日本の政治指導者とはかくあるべきではないか、と羅針盤のように道筋を示している。安倍さんが唱えた「自由で開かれたインド太平洋」をはじめとする対中国戦略は、日本と国際社会が中国と向き合っていくなかで、今後も重要な指針となっていくことは間違いない。安倍さんの遺志を引き継ぐ政治家が今後現れる続けるか、『回顧録』はその「値踏み」の基準になっていくかもしれない。