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yoyo

離れる

2023.02.16 14:20

詩で書けないことは日記で書ける、日記で書けないことは短歌でよめる、短歌でよめないことは小説で書ける、小説で書けないことは詩で書ける。そんな感じでぐるぐるまわっている。日記を書こうとして何にもないなと思う日も、なんでもないことを短歌にしたら面白く響く。ストレートに言ったら泥臭いなと思うことも短歌にしたら澄んでいくこともある。短歌というか三十一文字にあてはめているだけなのだけど。


その日できた詩や短歌はこれからもここに載せてsuiuへ転載する予定です。あまり見せられたもんじゃないなというものはsuiuだけに載せるかもしれないけれど。一応創作アカウントなんだからツイッターに載せればと思うけど気持ちがのらない。数字も気にしないといえば嘘になる。じゃあ詩歌用のインスタのアカウントを作ろうかと思うもこれ以上アカウント作ったら手に負えないかもしれないというのと、画像化のハードルがある。suiuはいいねがない・数値化するものもないのと、作者の名前が出ないまま作品がユーザーの目に入る仕組みがいい。


ツイッターの数字は自分のものもそうだけれど、自分が他者のものを読むときも気になる。たとえば良さが分からない詩があったとして、いいねがたくさんついていたら自分の理解が追いついていないのだと思うし、ついていなかったら詩の方に原因を求めてしまうと思う。それってあまりいいことではない。作品より先に数字と作者が目に入ってしまう、それは本も同じで、そこから離れる体験ができるのは面白い。あとタグをつけたときなんかによくあるこっちのことは一つも見ていない自己愛いいね、それによるフォロワー集め的なものが発生しないのも嬉しい。


日記本作りはやっと中身に取り掛かっている。掲載する日を抜き出す作業をしながら、よくほぼ毎日こんなに書いていたなあ過去の自分ありがとうと思う。自分の文章の拙さに恥ずかしさを覚えるけれどももっと恥ずかしいのはなんとなくいい感じに、見て欲しい自分に仕立てた文章。自分の声に耳を傾けていない文章。

日記は来年はやめようかと思っていたけれども書こうかなと思う。ただ日記を読み返すこと、そして日記以外の文章を書くことで耳を塞ぐことから距離を取らねばと思った。