あるがまま、前を向く
明日からは、GW後半。気候もよく、毎年ながら待ち遠しい期間。
昨日も鯉のぼりの舞う景色を、タイトル写真にしましたが、この期間と言えば、五月の節句「こどもの日」を想います。
もうすっかり子育ての期間を過ぎ、「こども」とも大人同士のつきあいになってしまってはいるモノの、目に入る「こどもの日」の情景や想い出の会話に、幼かった頃の、今とは別物のような子どもの姿を想い出しては、不思議な郷愁に包まれます。こんなに手に取れるように想い出せるのに、戻ることのないあの頃・・・。
この春に、新しいスタートを切った子どもを持つ友人も多く、それぞれに「寂しさ」を口にしている様子に、そんな何年か前の自分が投影されます。
何もかもずっと同じに続く事はあり得ないと言葉で分かってはいても、こころは受け入れてはいなかったあの頃。手から離れていった子は、もうこの手に戻ることはありませんが、親は、いつの日もその こころの中で、こどもの姿を追い続けている もの・・・・。
と、最近ふと立ち寄った実家での帰り際に、いつもいつも わざわざ外まで見送ってくれる両親の姿に、同じ想いを感じます。わたしもやはり、そこでは「こども」。
両親の想いにも添う、GW、「こどもの日」にしよう。そう過ごせることも、きっと ひとつのしあわせ。子供たちがそう思ってくれるのは、きっとずっと後のことでしょう。
わたしもそうだったように・・。
2018年5月2日
マヤ暦 KIN84 黄色い種/青い嵐/音6
気づきをもたらす「黄色い種」の知識欲と探究心に「青い嵐」のエネルギーは、のめり込みの集中したパワーを注ぎます。「音6」の周囲を尊重する上で「自分の想い」を突き進むマイペースさは、良い気配りを生みます。のめり込む中にも、周囲とのコミュニケーションを忘れず活かしたいKIN84。
先日、ちょっとしたシンクロが起こり、古い友人と久しぶりに逢うことがありました。
その中で聞いた、お子さんの突然の不幸。もう時が少しづつ癒やしてくれているといいながら話してくれた そんなつい何年か前の出来事に、こちらが胸を締め付けられる想いでした。
そう・・・。何もかもが偶然のようにやって来ます。でもきっと意味を持って着実に。
なぜどうしてを振り返りたくなり、こころを病むことがあっても、手の届かないことには 何もできません。悲しいけれど。そんな流れを、ただ尊重に変え踏まえていけたなら・・。
きっとそれぞれの人生を行く中での「接点」の作用。
親子といえども「個」と「個」。それぞれの係わりがあって開かれる「自らの道」。
別れを悲しむより、互いの存在への今の「愛」と「尊敬」を尽くす・・。そんな期間に。