両親の庇護からの自立
私の両親は常に私のことを思い、先回りして私のニーズを全て「完璧に」叶えてくれる親だった。
例えば、
- 「〇〇が欲しい」と言うと、聞き漏らさず忘れずに買ってきてくれる。
- 「あれが食べたい」と言うと、必ず作ってくれる。
- 「○○に行きたい」と言えば、連れて行ってくれる。
- 「こうしたい」と言えば、それが叶う術を提供し、必ず叶えてくれる。
二人揃って五黄土気のパワフルさを持って、私の願いやニーズを全身全霊、全力で叶えてくれようとするし、それができてしまう両親なのだった・・・!
ここまで書くと、感謝の念と、今までの親不孝の自分に打ちのめされる・・・。
現に、父も母も、私の「結婚したい」と言う望みを叶えようと、今日もお見合いの話を持ってきたり、毎日心配し通しなのだ。
ここまで書いて、段々と無意識の自我のサバイバル・メカニズムが見えてきた。
つまり、
先回りして全てのニーズを叶えてくれる両親の元で育つうちに、私は自然と「親は私の幸せを一番に考えてくれる。親の言うことを聞いていれば幸せになれる。」と言う全幅の信頼を両親に寄せるようになった。
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しかし、それは、「親の言うことの反対は不幸。」と言う思い込みの裏返しでもあった。
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更に、「親の言うことを素直に聞き入れる」ことで「親の庇護の下にいつまでも安穏として生きていられる」と言う「隠れメリット」もあった・・・!
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そこから、「お父さんとお母さんが死んじゃったらどうしよう。ひとりぼっちになって生きていけない。」と言う強迫観念にも繋がっていた・・・!!
今の私に必要なのは、親からの自立である。
これは、明白。
親が反対しても、私らしく自分が幸せになれる道を選択し、その選択に責任を持つ。
私自身が、私らしさを発揮して幸せになれば、親も安心できる。
そして、それは親の庇護を手放すことを意味するのだ。
私自身が私らしさを発揮せずにいつまでも不幸でいることの「隠れメリット」は、「いつまでも両親から心配され、両親の庇護の元に安穏として生きていられる」があることを忘れてはならない。
それは、二人とも五黄土気を持った強くてパワフルな両親を持ったが故の子供である私の甘えなのだ。
自我は私が思うよりも狡猾なのだが、そんな自我も「親はいつか死ぬ」と言う事実を前には何もできない。
これに気付いた今、私ができることは一刻も早い親からの自立、そして、より一層の感謝しかない。
今こそ自立の時。
変わるのだ。