第6章 03
一方その頃。
死然雲海を飛んでいるカルセドニーの船内では、いつも通り小さなキッチンでカルロスが昼食のおにぎりを作っていた。慣れた手つきで次々と三角おにぎりを握っていたが、ふと何かに気づく。
カルロス「船長。」
耳に着けたインカムから駿河の声が返って来る『何か?』
カルロス「珍事を発見した。黒船の近くに管理の船が大量にいるぞ。」
駿河『へっ?…管理?ちなみに黒船までどの位?』
カルロス「このまま黒船が動かなければ、あと15分位だな。」
駿河『つまり黒船は停まっている?…何があったんだろう。ちょっと近づいてみようか。』
カルロス「ならば何があってもいいように、ここを片付けておこう。」
再び黒船。
既に停船している黒船の上にはレッドが、下にはシトリンがやって来て停まる。更に遅れてブルーが黒船の左側に並ぶように停止する。
黒船の甲板のハッチが開いてジェッソやレンブラント達が甲板上に出て来る。その上空にはレッドの船底、採掘口が開くと満やウィンザー達がレッドから黒船甲板のメンバー達の前に降下してくる。
ジェッソ、やや驚いて「…ブルーも来たのか。」
満「お久しぶりですな皆さん。単刀直入に言う。船長を出して頂きたい!」
ジェッソ「断ったら?」
満「前回の続きが始まる事になる。」
ジェッソ「十六夜の大喧嘩は終わった筈だが。」
満「黒船を止めるという命題が未完だ。今こそ前回の屈辱を晴らさねば」と言った瞬間、レッドの採掘口から誰かが飛び降りて来たと同時に黒船メンバーに向かってバサッとブルーシートが投げられる。
ジェッソ達「!」
突然の事に全員が動きを止める中、追い風に乗ったブルーシートで黒船メンバーの視界が遮られた瞬間に、その『誰か』はサッと黒船のハッチ内に滑り込み、そこに待機していたオーカーの顔にポケットから出した小型ライトを点けて当て、驚いてよろめいたオーカーをハッチ内に押し倒し、倒れ込むオーカーを受け止めた大和を避けつつ階段を飛び降り船内通路へ。
オーカーは慌てて起き上がると「畜生!」と叫んで階段をバッと飛び降りその人物に追いつき様、肩に掴みかかるが逆にバッと首を掴まれ床に引き倒される。ブリッジへと走る人物。オーカーは飛び起きると「船長!」と絶叫する。
その声に、思わず船長席から立ち上がってブリッジのドアを見る総司。瞬間、バンとドアが開くと同時に見慣れぬ男が入って来るなり総司の胸倉を掴んで自分の方に引き寄せると総司をブリッジ入り口側の壁にダンと叩き付ける。
総司「く…!」呻いた総司の首に紐が巻き付けられたかと思うとガッと首を締められる。
そこへオーカーが「貴様ぁ!」と叫んで男に掴み掛ろうとするが
男「動くな!」
凄まじい気迫にオーカーはビクッとして動きを止める。
男「ここをどこだと思ってる!…ブリッジで暴れられたくなかったら言う事聞きな。船が墜ちるぜ。」
オーカー「…。」悔し気に男を睨む。
男「あのさ。こいつ縛れるロープか何かあったら持って来てくれる?」
オーカー「ふっざけんな!」
首を絞められている総司は苦し気に喘ぐ。
男「早くロープ持ってこないと船長が苦しむだけなんだけど。」
オーカー、ハッとして「持ってくるから船長を楽にしろ!」と言い通路を走って行く。
男は総司の首に巻いた紐を少し緩める。
総司は大きく息を吸うと「…貴方は、なぜ、人間が…。」
そこへ通路の方から「船長!」という声が聞こえる。ジェッソが背後の満の手を振り払いつつ通路を駆けて来るが、追って来た満はタックルしてジェッソを床に叩きつけ、上から抑えつける。
ジェッソ「申し訳ない…!」
満「ふ。…前回の雪辱は一応果たしましたぞ。若干レッドに先を越されてしまったが…。ところで」と言いかけた時、満たちの後方から「通せって!レッドの奴に頼まれてきたんだ!」という声が聞こえる。船内通路で黒船メンバーを拘束しているアッシュ達に、オーカーが阻まれている。
すると男が「そこ、通してやってくれる?」
満、メンバー達に「そいつは通してやれ!」
オーカーがロープを持って来る。「取り急ぎ、こんなのしかねぇ。」
男は「物干しロープか。」と笑うと「まぁこの船長は怪力人工種でも無いだろうし。それで船長の手首縛って。きつーく。」
オーカー「…。」溜息をつくと「…船長…。すませんっ!」と叫び、総司の手首を後ろ手に縛る。
男「イイコだねぇ。」と笑うと総司の首から紐を外し、総司の腕を掴んで「来な。」と船長席に引っ張り、椅子に座らせる。
総司(…何だ、こいつは…。)
満はジェッソに「暴れるなよ。」と言うとジェッソを立たせて前に行かせ、その背後を取りながら自分もブリッジ内に入り、男を見て「なぜ人間が…貴方は一体。」
男「俺は3ヶ月前にレッドに入った春日。黒船の連中に一応言っとくけど俺、操縦士だからここで変な事しない方がいいよ。…んじゃちょっと連絡するんで。」と言うと電話の受話器を上げレッドの番号を押して「…あ、船長。春日です。いや春日ですってレッドの春日。黒船の船長を拘束してブリッジ制圧しました。」
南部『ええっ。』と驚き『なぜ君が…。』
春日「これからどーすりゃいいんでしょうか。」
南部『ああ待て。管理に聞いてみる。が…なぜ君が黒船に?』
春日「…すみません自己判断で勝手に黒船に降りました」と言いニヤリと笑う。
南部『はぁ。そうか…。ともかく管理に聞いてみる。』と言い通話を切る。
春日も受話器を置いて「どうするか管理に聞くってさ。何でもかんでも管理管理。」
それから沈黙の時間が流れる。誰も何も喋らない。
総司(…くっそ…。レッドはマジで危険な船だった。こいつ一体何者?)と思いつつちょっと春日の方を見て「…なぜ」と言ったその時、ブリッジの入り口の方から「春日さん…。」という驚いたような声が。
見るとウィンザーが遠慮がちにブリッジの中を覗きつつ「なぜ貴方がここに?」
春日「ん?」と言うと「…昔取った杵柄で。」
ウィンザー「へ?」と言うと同時にリリリリと緊急電話が鳴り、春日が受話器を取って「はい黒船に居るレッドの春日です。…そうですレッドの春日です。黒船船長を拘束してます。」と言うと「…了解しました。」と言って受話器を置き「船長を甲板に連れて来いってさ。管理さんが来られるそうで。」
途端に総司は奥歯を噛み締め(…負けるものか…!)と春日を睨み付ける。
春日、その目に思わず(…おぉ。)と内心で感嘆の声を上げる。
その時。操縦席の脇に立つ上総が「あ、あの、少し、待って下さいませんか…。俺、勝手に変な事しますから、船長じゃなく俺の責任ですから!」と言うとバンと物凄いエネルギーを放出する。
一同「!」
瞬間、総司やネイビーがハッ、とする。
総司(…SOS波!)
満、驚いた顔で「な、何だ今のは…。」
春日「…何か、したのか?」
上総「変な事はしてないです!」
ネイビー(…以前、カルロスさんがアンバーに打ったやつ!という事は…。)
突然、黒船のブリッジにリリリリという緊急電話のコールが鳴り響く。
春日、受話器を取って「はい春日です。」
電話の主『えっ』
春日「…。」
暫し双方、相手の言葉を待つ。
電話の主『あの、黒船、オブシディアン…?』
春日「そう黒船です。…あんた誰だ…。」と言ってハッとすると「えっ。もしかして貴方は!」
総司、春日を見つつ(…誰から電話だ…?)
電話の主『カルセドニーの駿河です。』
春日「…レッドコーラルの春日です。」
駿河『ええっ?! 春日さん? なぜ貴方が黒船に?』
春日「それは…。」
駿河『ともかく今そっちに向かってんですけど管理がうるさくて』
その時ネイビーが「あっ、見えた!カルセドニー!」と言い船窓の右前方を指差す。見ると空の彼方に小さな白い点が。
春日「…管理がうるさい?」
駿河『なんか3隻をイェソドに連れてけと。話をするから止まれって。止まらんと免停とかアホな脅しを。』
春日「あー…。見えるよここから。」
徐々に大きくなるカルセドニーの船影の背後に二隻の管理の船が見える。
駿河『そっちはどうなってんですか、大船団になってるけど…うわ!』
突如、管理の船がカルセドニーの進路を妨害するようにやや左舷側に出てくると、カルセドニーの舷側にダダダと銃撃をかける。
ブリッジの一同、驚く「!」
総司、目を見開き(…駿河さん!)その瞬間、総司の身体を壮絶な恐怖が貫く。(…管理に、殺される…?)
レッド、シトリン、そしてブルーのブリッジでも驚きが広がる。
シトリンでは楓が震え声で「嘘!…銃撃!?…管理が?!」と呟く。
レッドでも南部が衝撃を受けた顔で目を見開き「…バカな…。」と呟きつつ(人工種も乗っているのに、なぜ…!)
ブルーの武藤は必死な顔で「駿河ぁ!」と絶叫し、悔し気に「あいつら撃墜する気か?」
カルセドニーは銃撃と管理の船を避けようと必死に右舷に舵を切り、結果として黒船がいる方から引き離されどんどん遠ざかる。
黒船ではネイビーが「酷い、銃撃するなんて!」と悲鳴のような声を上げる。
春日、受話器を持ったまま冷静に「いやあれ威嚇だから。実弾じゃないし。」
ネイビー「ええっ?」と思わず春日を見る。
上総も「ホントに?!」
総司、呆然と(…?)
駿河、必死に『マジですか!なんかメッチャ撃たれてるんですけど!』と怒鳴る。
春日は駿河の怒鳴り声に、若干受話器を耳から離して「撃墜する度胸なんてありませんよ管理には。…採掘船は本部のモンだから撃たないけど個人船は撃たれる。しゃーない。」
駿河『どーすれば!』
春日「ちなみに威嚇でも距離が近いと被弾はするよ。船体に傷がつく。」
駿河『なにいい!ちーくしょー!』
カルセドニーは撃たれながら大きく旋回すると、進路を黒船の正面に取り、そのままほぼ真っ直ぐに黒船に向かって近づく。
駿河『これで撃てるかぁぁぁ!』絶叫
管理の船は銃撃をやめる。
春日「おお。」
総司(…おぉ…流石…。)
駿河『揺れるぜ黒船、気を付けろぉぉぉ!』
春日「…揺れるってさ。」
ネイビー「知ってる。」
カルセドニーは管理の船を引き連れて全速力で黒船の右舷ギリギリを通って後方に飛び去る。
風圧で黒船の船体が若干揺れる。
ネイビー、若干焦り顔で「ひぃ。…航空船舶法ギリギリ…。」
その状況を見たブルーの武藤は真剣な顔で「…ダメだ、また撃たれる。」と呟くと、操縦席の八剣の所に駆け寄り「交代だ副長!」
八剣「え?」
武藤「代われ!」と怒鳴って強引に八剣をどかせて自分が操縦席に座ると「駿河を助けに行く!」
八剣「え、えっ?」
武藤「礼一、駿河を探知!」
礼一、唖然としつつ「え。あっ、はい!」
八剣(…こんな船長、初めて見た…。)
黒船の左側に停まっていたブルーは静かに降下を始めると、黒船の下に居たシトリンの下まで下がり、そこで方向転換を始める。
黒船のブリッジではまだ春日と駿河の通信が続いていた。
駿河『くっそぉぉまた撃たれるし!お前らしつこい!』
春日「多分、燃料切れまでしつこく追われる。」
駿河『って、…うわ!』そこでプツンと通信が切れる。
春日「あ、切れた。…管理に強制的に切られたかな。」と言うと受話器を置く。
上総「燃料切れと言っても…カルセドニーはイェソド鉱石を満載してますが…。」
春日「あらま。それは管理の誤算だな。」と言い「さて…。貴方を甲板に連れて行くんだっけか。」と総司を見る。
総司、キッと春日を睨んで「航空管理が威嚇射撃するなんて、普通の操縦士は知らない筈ですが。どこで教わったんですか。」
春日「んー…。」
総司「貴方は一体何者!」
春日「ついでにもう一つ教えてあげよう。鉱石弾って知ってる?」
総司「…一応は。」
春日「鉱石弾はイェソド鉱石採掘船にしか付けられない。なぜなら莫大なイェソド鉱石を消費するから。それを補充する人工種と貯蔵する場所が無いと、搭載する意味が無い。」と言うと「…だから鉱石弾を搭載した船の船長って人間じゃなきゃダメなんだよ。」
一同「!」
総司思わず「もしかしてそれは、…この船は元は採掘船として作られた訳では無かったと…?」
春日、それには答えず「…まぁ種族はともかく管理の支配下にある事が重要って事だけどさ。…だから、貴方が船長だと困る訳。」と総司を指差し「それで何が何でも貴方を潰そうとする。…怖いから。」
総司は暫し目を見開いて春日を見ていたが、やがてふぅ…と長い溜息をつくと「…知ってますよ、散々吠えられたので。弱い犬って良く吠えますね。」
春日、フッと笑って(…なかなかと気概のある…)と思いつつ、「じゃあ行こうか。立って。」と総司を立たせる。そして総司と共にブリッジを出ようとして、横に居たジェッソを見ると「あ。ちなみに」と言い人差し指を自分の額に当てて「場合により、俺を、上手く、使うんだぜ?」
ジェッソ、不敵な笑みを浮かべ「…なるほど。」
春日は総司の腕を掴み、引っ張るように通路を歩いて行く。ジェッソや満たちがその後に続く。