支持率を落とし政権交代を繰り返した明治(2023.2.18)
長く続いた幕藩体制から一気に近代国家に歩みを展開した明治維新。
近代国家をつくったことがない日本人は、なんとか欧米のモノマネをして、世の中全体を変えようと試行錯誤の連続だった。
これは、とんでもないことだ。
経験のないものを一から作り上げ、国を変えるのだから。
武士の世界を終わらせ、それまで、主役でもなんでもない民衆主役としなければならない。そこに、貴族階級や軍人の思惑まで入ってくる。
その裏で、多くの人が命がけで臨んでいただろう。実際に命を落とした人も多い。
国の根底を変えるというのは、そうしたことだと思う。
明治維新から数十年の政治の動きは、政変の連続で、ただ、私が思うに、各政府は支持率を落としながらも、少しずつ進んで、確実に歩みを止めないという方法を選んだのではないかと思う。
それまでの因習や利害関係を変える。
現代的に言えば、完全な規制緩和であり、構造改革だろう。
明治時代に準ずるならば、支持率など落ち、政権が変化することを厭わず、それが日本を変えるための道であると、政治家たちが覚悟を決められるか否かである。
当然、闘争ややむをえないが、その先に、国や国民の未来がかかっているのである。
私たちが今抱えている少子化とは、明治維新、敗戦と並び、第三の日本の危機(変革期)であると言われる場合もある。
こんな時に、支持率を気にしながら、建前と本音の中、右往左往してきた今日までの国政には、正直、期待などできないできた。
政策論でなく、常に政権争いという名の政党闘争、マスコミが揶揄しながらも面白がる政局報道も、表層の広告的なPR合戦にか見えず、結局、国や国民のための政治ではなく、限られた者の利害を守ることが本音ではないかとも見えてしまう。
地方も同じ。地方創生は自分たちの課題だ。国や県の課題ではない。
国や県にたてつく必要はないが、余裕があるうちに、トライ&エラーを繰り返し、自助力を付ける必要があるのではないか?
そのくらいのリスクは、首長に望みたい。
近い将来、自分の自治体はなくなるかもしれないのだから。
時代と状況認識を誤っていないだろうか?
今、私たちは瀬戸際にいるのだ。