花山の夜を語る1
天文同好会(現在の東亜天文学会)の大阪南支部長であった伊達英太郎氏は、1931年(昭和6)に「天文研究会」を再結成し、会誌「THE Milky Way」を発行しています。
伊達氏が「天文研究会」の顧問に依頼したのが、中村要氏でした。伊達氏より7~8歳年長の中村要氏は、伊達氏にとって敬愛する存在だったようです。その中村要氏の逝去は、伊達氏にとっても、痛嘆の極みであったでしょう。
これから2回に分けてお送りする「花山の夜を語る」は、「THE Milky Way」第4号に掲載された、実話か空想か分からない内容の物語です。発行は1933年(昭和8)10月5日で、中村要氏の逝去から丁度1年が経っています。
文中に出てくるn氏は、中村要氏を彷彿とさせる人物です。ちなみに、KKON生が誰なのかは、現在のところ不明です。
花山の夜を語る1 KKON生
a:天体写真なんて、素人だから出来るかしら。
n:出来るとも。最初は誰でも素人さ。君なんかはすでに望遠鏡を作って、観測もしておられるもの。星を追う要領を知っておれば上手く撮れるよ。
a:そうかなー。まあ、やってみようか。
n:私の机の上に鍵があるから持ってきてくださいよ。「ブラッシヤ反射鏡」と書いてありますから。
a:とても良いお天気だ。こんな経験は一生の思い出になるよ。東京では、こんなに美しく星は見えない。
n:そうかね。東京はどこで見ておられる?
a:うむ!ちょっとした親戚が早稲田の下宿の近くにあるんでね。望遠鏡もそこに預けてあるんだ。そこの庭で観測しているんだが。
n:下宿では見えないのかね。
a:てんで駄目だよ。
n:では、ちょっとお手を貸してください。この小屋を押してください。
a:ハアー、これがブラッシヤの10インチですか。fは何程。
n:fは5です。この焦点で写真が撮れるんですね。眼視と両用です。こちらのはカメラです。3インチとインチ半の二つ。私はあまり使ったことはないんですけれど。
a:何か星を入れてみてください。この屈折は、3インチ?ファインダーですか。
n:いいえ、4インチです。日本光学製ですからいいですね。案内(ガイディング)望遠鏡です。写真撮影の。
a:このクロスはクモの糸?綺麗に張ってありますね。
n:そうです。クモの糸です。多分、中村さんが張られたそのままなんでしょう。ーこれは抵抗器です。クロスの照明の豆ランプの光を加減するんです。明るい星なら、今の明るさで良いのでしょうが、微光星となると輝線のため星が消えてしまう。その時、これで暗くするのです。これは10インチの接眼鏡です。5個あります。それから、これが写真の取枠をはめる枠ですね。これを接眼鏡アダプターを外し替わりにネジ込むんです。
a:ピントはどうして?
n:別にこんなものが作ってあるんです。乾板取枠を応用してこんな安全カミソリ刃がつけてあります。この刃が乾板と同じ面で、星をフーコー試験の理で焦点を出す。固定をしたら刃の取枠を抜いて、乾板の入った取枠と交換するのです。
a:ああ、なるほど。
n:あなたが星を入れてご覧なさい。
a:このファインダーでも2インチはありますね。十字線は合ってますか。
n:ええ、いいです。経緯台のマウンティングを使っていると、ちょっと星が入りません。赤道儀は、自分の思う方に動いてくれませんからね。スローモーションを使えば、早く入ります。筒を手動して、星を十字線に持ってくるのは困難です。
a:ああ、入りましたよ。二重星の分離はきれいですね。
n:そう。星が視野に入れば赤道儀の有り難さが分かります。勿論写真には是非必要なものだがね。何を見たんです。
a:琴の二重星です。2インチを持っている僕のクラスの者が、これを長くなるの分離できるのとやかましいことだ。これで見ると、2インチであんなことを言ってるのが情けのうなる。
n:私はまだ二重星の分離と言って観測をしたことがないから恥ずかしいですな。琴が天頂を過ぎましたね。さあさあ、写真を撮ってみましょう。
a:何を撮るんです。琴?
n:ええ、琴を撮りましょう。この反射の焦点で星雲を一度撮りたいと思っていたんですから。
a:琴は環状星雲ですから面白いでしょう。
n:では星雲を視野に入れてみてください。
a:中央に入りました。反射ではきれいに見えますね。
n:中央に入っているんですね。するとこのガイディングは狂っているんでしょう。十字線よりずっと離れて見えるでしょう。
a:修正したらどうです。
n:もうこれ以上修正できないようです。まあ、やってみましょう。この少し離れたところにある、明るい星を追うことにしましょう。
a:星雲をガイディングはできないのでしょうか。
n:まあ最初は無理でしょう。一番近くの星を追えば確実ですから。彗星の時はやむを得ませんが。
a:環状星雲だと露出は如何でしょう?
n:さあーね。時間の長い方は悪くはないでしょうが。1時間かけてみましょう。あなたがガイディングをやるんですよ。どうぞ、この星を追ってください。
a:やってみましょう。
n:やはりスローモーションを使って、運転時計の不確かさを直していくんです。でも、時計があるから楽です。
a:蚊がたくさんいますね。
n:います。蚊に刺されるのが目覚ましですよ。眠いですから。
a:乾板は何を使っているんですか。
n:ここでは、イーストマン40です。この取枠は反射の焦点に、これはインチ半のカメラのです。これはテッサーでとても良いのです。銀河写真を4,5時間やってみたいと言っている人があるのですが。今夜はこの二つで撮りましょう。
a:楽に追えます。これだったら大丈夫でしょう。
n:取枠の膜を抜きました。タイムは10時23分。これから1時間の露出です。まあ、交代でやりましょう。いかが?写真を撮る気持ちは。
a:うれしい気持ちですね。末に幸運が待ってる様です。
n:そうでしょう。1時間後には出世する様な気持ちにもなれますよ。15分にもなりますから、替わってやりましょう。本当だと一人で1時間でも2時間でもやるんですが。
a:本当にいい経験ですよ。素人としてこんなことは誰もできないことです。東京へ良い土産です。
n:今夜に現像して、朝、焼き付けをやってみましょう。帰りに間に合う様に。
a:そんなに早く出来るかしら。
n:できるでしょう。
a:クックは今誰か観測しておられるのですね。スリットが開いています。
n:さあ、Tさんでも観測しておられるんだろう。あの方向だと土星だね。
(THE Milky Way 第4号 P.29-38 1933年(昭和8)10月5日発行)