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Botanical Muse

日出処の美女、現る

2018.05.28 08:03

美人かどうかというのは、遠くからでもすぐわかる。すごく顔が小さくてスタイルがいいのだ。顔が小さいからスタイルがいいのか、スタイルがいいから顔が小さいのか。とにかく顔はデカいが脚が長い、という人を私は見たことはない。


目にしみるようなカシスローズ色のミニドレスを見事に着こなしているSさん。額を出してあっさりしたアップヘアーにしている。ノーアクセなんだけれども、それが素敵なボディを引き立ててため息をもらさずにはいられない。“美女はシンプル”という一条があるが、彼女はまさしくそうであった。


一緒にいたAちゃんもSさんにすっかり圧倒されたようだ。

「やっぱり本物はすごいわ。カッコいいわ」とやたら興奮していた。

「恵美子さん、一緒に行ってちょっと挨拶してくださいよ。私も近くで見たいから」

「そんなの無理よ。あんな人気女優さんのとこ、初対面で近づけないわよ」思いがけない依頼におびえた私は、ついとがった声が出る。

「恵美子さんなら大丈夫ですよッ」Aちゃんの言葉に励まされ、私はSさんに近づいていき、ごくさりげなく話しかけた。実はものすごく気が小さい私だから、勇気がいったわ。

Sさんはにっこり笑って「じゃあ、ご一緒します」と言った。


美人は横顔が整っているというのはご存知のとおり。鼻が前に出て、アゴも出て、口がぐっとひっ込んでいる。よく言うEラインというやつだ。すぐ間近から見ると、Sさんは完璧なEライン。神さまというのは、骨をつくる時点でこれだけ差別しているのね。私のこのぶっとい骨と違い、あっちは細くて長い上等の骨でできているって感じ。

女優さんというのは、やはり選ばれた人々なのだと実感した。このような人物は、皆の共有財産なのだ。

Sさんの頬に、夕べの雨に色を添える緑の隙間から春の日差しが射すと、そこのうぶ毛が金粉のように輝く。透きとおるような肌がその光にまぶしい。まるで砂糖菓子みたいな女性である。


ここのテーブルには桜餅が用意されていた。桜餅を食べる楽しみなくて、どうしてこの春を越せるだろう。私とAちゃんはガツガツ食べ始めたが、Sさんは「私はまだお腹いっぱいだから」といっさい手をつけようとしなかった。やはり私ら並みの女性とは、心がけが違うのである。が、とても感じのよい彼女は、そこのピッチャーで私たちみんなにハーブウォーターをついでくれようとするではないか。

「あーやめて、やめて」私が手を出すより先に、Aちゃんが悲鳴を上げてひったくった。

「Sさんに、そんなことは似合わないわ。私がします」

私もそう思った。私らがデカいピッチャーを持つのはよいが、Sさんが持ってはいけない。やはりグラスしか似合わない方である。


美人でうんと頭がよくて、シニカルなところもいかにも女優さんっぽくて、好ましい。早々に私のリストに入れた。

「さぞかしモテるんでしょうね」さっそく水をむける私。

「私って性格が男っぽいから、いつも女扱いされないんです」Sさんはいじらしいほどやさしく答えた。

私はこの答えから、彼女の長くつらい道のりを想像する。こんなに美人だと、少女の頃からかなり苦労したはずだ。男の人から騒がれるあまり、女の人からはかなりいじめられたろう。美女たちは今でも同性を敵にまわすまいと身構えているところがある。並みの女性たちといるときには、ものすごく気を遣っている。もうかわいそうになるぐらい。


「お休みの日は何をしているの」根掘り葉掘り聞く私。

「家でゲームをしています」という情けない返事があった。

「美女たるもの、ひとりでこそこそそんなことするもんじゃない」と叱りながらも、私はSさんと次の約束をしっかりとしていた。


私たちは長い椅子に並んで座り談笑した。が、窓ガラスに映ったおのれのその姿を見ると、ヘンなのだ。その差はあまりにもはっきりと出る。私だけが三メートル前にいるみたい。遠近法が狂っている。体の単位が一人違うのだ。ひどい。悲しい。私はどうしたらいいんだろうか、、、。

少しでも努力して頑張ろう、というのがコンセプトである。私は決して泣き寝入りしない(何のことだ?)


Sさんをつぶさに観察した。そしてあることを私は発見する。体の単位は仕方ないとしても、私が長いこと美人からほど遠かったのは、顔のつくりだけじゃない。顔の動かし方が悪かったのだ。

Sさんのエレガントな喋り方もしぐさも本当に素敵で耽美さに満ちている。ちょっと小首をかしげる様子の可愛さは、技あり!って感じで、こちらの感情を波たたせるほどだ。Sさんを見るたびに、女性の魅力というのはパーツの動かし方だわと思わずにはいられない。


さっそくひとけのないところで真似てやってみた。が、まるっきり違うぞ。キレイになりたいが過ぎる私は繰り返し練習する。

後日、Aちゃんから聞いたのであるが「恵美子さん、お酒で悪酔いしていたみたいね」それを見ていたAちゃんのお母さまは、恐ろしいものを思い出すように言っていたそうだ。


私は美人に会っても決してめげない。少しでも得るものをもらい、明日への糧とする反省こそ、向上心につながるものである。真性の美女にはなれなくても、疑似となってその後の人生を変えていけると私は信じたい。