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石川県人 心の旅 by 石田寛人

一秒の長さとピサの斜塔

2023.02.24 15:00

 最近、難しいことを書き過ぎると妻に怒られる。本稿もそのクチかもしれないが、どうかお許し頂きたい。

 「1秒」は、微妙な長さの時間である。「瞬く(またたく)間の時間」と言いたいが、自分で瞬いて(まばたいて)、時間を計測したら、瞬き2回で0.78秒だった。私の体内で1秒に近いのは、やはり起床直後の脈拍の脈打ちから脈打ちまでの時間である。血圧と脈拍測定で始まる私の一日は、「秒」の刻みの積み上げであるが、世の中、我が脈拍の時間などと違って正確な時間把握が必要な場合は多く、陸上や水泳の短距離競技では、小数点2桁100分の1秒まで記録され、トップ選手たちは1000分の1秒を争っている。

 時間の単位は、かつて、地球の自転時間、すなわち一日の長さから決められていたが、地球は完全に同じ速度で自転しているわけではないので、1967年から、大雑把に言えばセシウム133原子の吸収するマイクロ波の周波数で「秒」が定義されるようになった。このセシウム時計は3000万年に1秒の誤差しか生じない。我々の感覚では、まさに「超」がいくつも付く精密さである。

 ところが、その正確無比ともいえるセシウム時計を1000倍上回り、300億年に1秒以下の誤差しか生じない光格子時計が出現した。東京大学の香取秀俊教授が、科学技術振興機構(JST)の「ERATO(戦略的創造研究推進事業)」での研究等によって、この時計を発明されたのである。私にはこの時計の原理を述べる能力はなく、宇宙が誕生してからの138億年より2倍以上も長い時間で1秒の誤差しか発生しないことに驚くのみである。

 私は、アインシュタインの一般相対性原理から導かれる「重力の違いによって時間の経ち方が異なる」という事実を、この地球の上で、現実に計測することはとてもできないと漠然と思ってきた。しかし、300億分の1秒の誤差しか生まない超々精密測定が可能になったことで、それが実現した。地上450メートルの東京スカイツリーの展望台上と地上にそれぞれ置かれた二つの光格子時計の進み方を比較して、展望台上の時計は地上の時計より1日に10億分の4秒早く進むことが示されたのである。このインパクトは誠に大きい。アインシュタインの説くところが地上で現実に認識できたのである。

 本田財団では、この偉大な業績に対して、香取教授に本田宗一郎氏が創設した本田賞を贈呈することを決定し、昨年11月17日の同氏の誕生日にその式典が行われた。その時の写真と関係記事が月刊文芸春秋の今年2月号に掲載され、説明に「石田寛人本田財団理事長から本田賞を授与される香取秀俊博士」と書かれて大いに恐縮した。授与というより、謹んで贈呈させて頂いたのである。それはともかく、この物理の基礎に関する発明には、地球上の高低差の精密測定など、大きな応用分野が広がっており、実用面でも熱い期待が寄せられている。

 香取教授によるスカイツリーでの実験は、ピサの斜塔で行われたとされるガリレオ・ガリレーの球体落下の実験の21世紀版と言えないだろうか。ガリレオが実際にピサの斜塔で実験したかどうか、はっきりしないようだが、確かに斜塔は落下実験がしやすい。対するにスカイツリーは真っすぐに立っているが、基本的にこの実験は問題なく行える。私は青空に屹立する高さ634メートルのこの塔を仰ぐ度に、最近勢いがないと言われる我が国科学技術の底力に元気づけられている。(2023年2月18日記)