【牛込 横町(横丁)】本多修理屋敷脇横町通リ
2018.05.05 10:54
横町(横丁)名:本多修理屋敷脇横町通リ
読み方:ほんだしゅうりやしきわきよこちょうどおり Honda-Shūri-Yashiki-Waki-yokochō-dōri
区分:横町(横丁)
成立:江戸期
廃止:不明
現町名:新宿区神楽坂三・四丁目
概要:現・本多横丁。江戸中期から明治初期まで、東側全域が旗本の本多家の邸地であったことで「本多修理屋敷脇横町通リ」と呼ばれた。その当時から「本多横丁」と呼ばれていたかどうかは不明。『御府内沿革図書第十一巻』切絵図説明に、「本多修理屋敷脇横町通リ」とある。なお、本多家は碌高1万5百石の大名格であった。1949(昭和24)年頃、「スズラン横丁」に名称変更。その後、定着しなかったこともあり、1952(昭和27)年頃に復活。
明治以降、神楽坂界隈は縁日と花柳界で知られ、関東大震災後より昭和初期には連日の夜店で賑わったことで「山の手銀座」と呼ばれた。太平洋戦争では米軍の空襲によって壊滅的な打撃を受けたが、その後見事に復興した。芸者新道と交差する。
撮影場所:本多修理屋敷脇横町通リ