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かがみ屋/しだれ庵

七月三日 雷雨の話 一

2023.02.20 08:45

 朝から降り続いていた強い雨が、庇やアスファルトを打ちつけている。時折、窓の外が明るくなったかと思うと、すぐに大きな音が響く。こんな夜は眠れなかった(正確には「眠らない」だが)。

 理由はひとつ。あいつが来るかもしれないからだ。臆病だが、変なところで大胆な可愛い子。隣の部屋に住んでいる愛しい人。今頃はきっと、ひとりで布団にくるまって震えているのだろう。そして恐らく、ここに来るために外に出るべきか、一人で耐えるべきか迷っているのだ。どうせ来る羽目になるのだから、早いうちに来ればいいのに。ほんとうにばかだなあ。くつくつと笑いがこみ上げてくる。

 そんなことを考えていると、案の定、焦るように鍵を開ける音がした。それから勢いよく中に入ってそのまま寝室に駆け込んできたのは、例の「あいつ」だ。後ろ手に扉を閉め、寝台に横になっている俺の布団を剥ぎ取って、股座に跨る。そして前に倒れ、俺の胸に頭を乗せた。

「やっぱり来たな」

 にやにやとした顔で言ってやると、一瞬睨まれてから形のいい唇で口を塞がれてしまった。塞ぐだけ塞いで離れることもその先もなにもしないから、じれったさと息苦しさに耐えかねて、両耳を覆うように顔に触れ、舌を唇の隙間に差し込んでみた。

 拒絶するように閉じられた歯列と歯茎を舌でなぞる。上下の顎は次第に開かれて、ゆっくりと中から下が差し出されたので、わざとらしく音を立てて吸ってやった。耳を覆いながらこれをやると、「脳内で音が響く」と言って普段嫌がるのだが、こんな夜は却って外の音が紛れるからいいのだと。その証拠に自分から舌を絡めてきた。

 快感を得ることよりも、恐怖心を打ち消すための激しい音を求めるために拙い動き。正直なところ、それだけならイヤホンをして音楽でも聞いていれば、と思わないでもないのだけれど。でも、そうじゃないことはわかるからなにも言わなかった。

 人にされている最中はきっと、思考もまとまらず、理性が飛んで自分自身を制御することができないから、目の前のことを処理することで精一杯になるのだ。だからこの寝室が世界の全部みたいで、それに安心するのだろう。まあ、つまり。こいつが求めているのは交わりというわけだ。奇襲紛いの押し入りと、気を起こさせるつもりのない口付けでは、色気がないが、それも愛らしい。

 そろそろか、というところで俺は右手をこいつの背中へと回す。首筋をそっと撫で、肩口を通り、背骨に這わせるように手を下ろすと、彼は体を震わせた。そのまま右手は服の上から一定のリズムで尾骨を軽く叩き、左手はTシャツの裾から滑り込ませて胸に触れる。

 口付けも口蓋を舐めるなどしてそれっぽいものに変えた。明らかに先程までとは異なる熱が、吐息に含まれている。かろうじて自重を支えていたこいつの両脚に力が入らなくなってきたのを確認すると、一度愛撫を止め、体位を反転させてこいつを組み敷く体勢をとった。