何でも瞬時に自己同化してしまう自分を知る:他力と自力
「そこまで人を好きになれるってすごいよ」
この友人の一言で、ハッとした。
ゴールデンウィーク最終日のランチは、友人宅でリクエストされた料理を作り、食後のコーヒーで話題は私の直近の失恋についての考察になった。
友人の言葉は、前回の個人セッションでセラピストから言われたことと共鳴した。
「美しいものにも、汚いものにも、無意識に瞬時に自己同化してしまう。
体感感覚を伴って体験するから、余計リアルに感じてしまう。
だから、美しい体験もそうでないことも、ものすごく濃く体験する人生を送る。」
多分、今回の「好きな人に知らない間に彼女ができていた」という体験による衝撃も、人の何倍も凄まじいものなのだろう。
事実を知った瞬間は、脳の表面が沸騰して泡泡になる感覚を得た。
それくらいの衝撃だった。
帰宅後、父からのメッセージ。
「この世の人間社会、俗世間で起きている日常茶飯事の良いこと、悪いこと等、様々な出来事を知るには、テレビを見たり、新聞を読んだりして、視野を広げて、自己判断力と現実的に生きる力を身につけた方が良いよ!」
そう、私がテレビや新聞を見ないのは、この世の中の現実にある闇の部分、強盗殺人事件などに目を向けたくないからだ。
それは、現実逃避したいわけでは決してなく、シンプルに闇の部分の記事から体感するエネルギー感覚が怖くて仕方ないからだ。
瞬時に体感感覚でものすごくリアルに感じてしまうのだ。
その恐怖に耐え切れなくて、避けてしまう。
そう言えば、小さい頃からお化け屋敷が人一倍嫌いだった。
サスペンスドラマに出てくる殺人現場の映像なんて、見た瞬間脳裏に焼き付いて耐え切れなかった。
そう言う恐怖体験が何度も頭にリフレインして、一人でお留守番する時は本当に恐怖だった。
兄はそんな私の恐怖を煽って虐めた。
他方、旅行した時に目にする美しい景色や、美術館で好きな作品に遭遇した時などは、時間を忘れて魅入ってしまう。
「美しいものにも、そうでないものにも瞬時に同化してしまう」
そんな自分という人間が改めて分かってきた。
そんな自分を改めて知ることができたきっかけは、友人との会話だ。
とにかく自分の殻を破って自己開示し、人に話し、意見を聞く。
他者の意見に触れて初めて、自分の閉ざされた主観だけの世界に気付く。
それが、主観から客観への道であることを忘れてはならない。
この部分は他力。
他方、自力で主観から客観に視座を高く持つ努力もできる。
それは、腹式呼吸だ。
お腹に意識を向けて呼吸をすると落ち着く。
意識が思考から離れ、距離ができるため、スペースが空いてリラックスできる。
それに、幸せは小腸で感じると言う。
思考は二極の世界だけど、二極を超えた「ただ幸せ」の世界は腹で感じることができる。
今日からゴールデンウィーク明けの一日が始まる。
俯瞰的な視座を持って客観的に一日を過ごそう。