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Gravity_Heaven

交通事故に遭ったつもりで

2018.05.08 04:43

一連の酒とパワハラと男と女騒動、わが家でも激震が走りました。とてもわが家的な形で。

「メンバー、朝の仕事が終わって帰宅してすぐ焼酎一本開けたんだってさ」と夫氏。

「これは、アレだな」とわたし。

「そだな」と夫氏。

それから数時間後――

「メンバーが呑んだの、1リットル瓶だって!」と夫氏。

何だと! 四合瓶じゃなくて?」とわたし。

自分たちのキャパシティーから想定し、わたしたちはてっきり四合瓶の本格焼酎を開けたのだと思っていたのです。人にはそれぞれ尺度というものがあるのです。自分の尺度でものを考えてはいけません――ってそういう問題じゃなく。


 わたしたち夫婦、仲間内では大酒飲みと認識されています。ふたりとも大酒飲みの一族の出ですので、もうこれは遺伝子レベルでしょうがないことだと諦めております。

 ただここ1~2年、ふたりともめっぽう酒が弱くなりました(当社比)。もう一生分呑んじゃったんだねと、最近は特別なことがないかぎり呑まなくなりました。おかげさまで酒で記憶をなくすという経験がなくなり、とても健康的です――ってそういう問題じゃなく。


 酒で記憶をなくすといえば、昔こんなことがありました。


 まだ会社に勤めていたころ、残業仲間の女子社員数名とオフィスそばのカプリチョーザでパスタを食べ、カラフェのワインをグラスで1~2杯飲み、スイーツでお腹にフタをしました。帰る途中、駅構内で同じ会社の管理職勢に会いました。

 その日はオフィスで管理職会議があり、地方の営業所や研究所、工場からも人が集まっていました。その会の流れでしょう。管理職の皆さんはもうすでにかなりできあがっていました。

「X生産部長と会ったことないよね?」残業仲間のひとりがわたしに言いました。中途入社2年目ぐらいだったでしょうか、工場のスタッフは開発部以外誰とも面識がありませんでした。

 で、X生産部長に自己紹介し、頭を下げたそのときです。その日わたしはパンツスーツを着ていました。ボーナス一括払いでちょっと気が大きくなって、普段よりいいブランドのスーツを買い、とても気に入っていました。

 X生産部長はわたしに手を伸ばし、パンツ(ズボン)のジッパーをおろしたのです。

 わたしをはじめとする全員が一瞬凍り付きましたが、数秒で残業仲間がわたしを彼から遠ざけ、管理職勢もX生産部長を取り巻いて苦笑い。「Xさーん、ヤバいよ。飲み過ぎだよー」「ごめんねー」と口々に言いながらその場を去っていきました。

「信じられない」

「こんなことして、笑って逃げるわけ?」

 残業仲間は口々に悔しさを吐き出します。わたしはただ、呆然とその場に立っているだけでした。「ひとりで帰れる?」と、みんな声をかけてくれましたが、もう夜の10時過ぎ、片道1時間以上かかるわが家まで送っていくのは不可能です。ひとりで帰るしかありません。わたし自身、ものすごく気を張っていたので、「だいじょぶ、だいじょぶ」と、うわごとのようにつぶやいて電車に乗りました。

 驚くほど落ち着いて帰れました。お風呂に入ってお化粧落としてベッドに入ったら――眠れない。急に怖くなってきて、歯がガチガチいうほど震えがきました。そして、過呼吸。生まれてはじめて過呼吸を起こしたので、自分は心臓発作で死ぬのかと思いました。まだ「過呼吸」という概念が世間で一般化されていないころの話です。わたしの部屋から変な物音がするのに気づいた母がドアを開けたら、娘がゼイゼイしている。今なら、過呼吸は袋を口に当ててスーハーすれば落ち着くという対処法がテレビで何度も紹介されていますが、母はそんなこと知りません。速攻119番通報で、わたしは救急車に乗せられました。

 乗ってすぐ「あ、過呼吸ですね」と隊員さんに言われました。指示にしたがって袋を両手で持ってスーハーしながら近所の総合病院へ。同年代の女医さんが話を聞いてくれました。

「それは大変でしたね。過換気症候群になるのも無理はありません。鎮静剤を打ちましたから、しばらく寝てから今日はお帰りください。会社は1日休んでください。お母さん、会社に休むことをお知らせするとき、昨夜あったことを上司の方に説明してくださいね」

 翌日出勤するなり、部門の総責任者である常務に呼ばれました。

「おととい、大変だったんだってね」

 常務はねぎらいの言葉から話を切り出しましたが、その内容は「お前さえ我慢すればすべてが丸く収まる」というものでした。X生産部長には妻子がいる、コトを大きくしたり、警察やマスコミに流せばご家族に迷惑がおよぶ。きみはご家族の苦難を背負う覚悟があるのか? ないのなら、交通事故に遭ったとでも思って忘れなさい――


 交通事故に遭ったら保険がおりるでしょう。でもセクハラには保険はありません。もしわたしとX生産部長が同じ会社に勤めていなければ、タチの悪い痴漢として駅員に取り押さえられ、警察沙汰になったはずです。

 その後、当のX生産部長からメールが届きました。その文面は、最近よく目にする謝罪コメントそのものでした。酔っていてまったく記憶にございませんが、不快に思われることをしたようで申し訳ありません。これからはこのようなことがないよう気をつけます――。

 X生産部長とは、その後一度も顔を合わせることなくわたしは退社し、今にいたります。


 お酒で記憶をなくして、いいことなんてひとつもありません。