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gentleflow atelier

人生幾つか目の節目だったんだと思います。&お待たせしてごめんなさい。

2018.05.09 02:37

5/5の富士山です。



見返しましたら、前回は、香港に行った日とその翌日に、実家の父を心配しながら、その前の3月の香港を振り返っていますので、それから、ここをまたお留守にして、1ヶ月近く過ぎてしまいました。


生活を振り返って、何か喋る余裕が持てなかったです。


もうね、毎日毎日、よく重なるなぁ、と思うくらい、色んなことが重なって、とにかく必要最低限のことを取りこぼさないように、と思って過ごしました。


えと、

ブログの日記の続きとしましては、あの後、実家の父が敗血症だと聞いて、飛行機の便を変更、急遽、結局二泊三日で帰ってきたのでした。夫の帰国の引っ越し荷物を整理する時間が少し持てたのは良かったかな?その数日後の日曜に航空便で荷物を出さなきゃいけなかったので。まぁ、私が居なきゃ、夫が一人で何とかしたんでしょうけれど。


↑ プラスチックのケースに整理しているところ、と、その日の夜の夜景。↓ 4/13ですね。


慌てて帰った後からは、父の病状が落ち着くまで病院にやはり毎日通い、落ち着いてきた頃娘とお孫ちゃんに付き合って、新幹線に乗って日帰りで曾祖父(私にとっては義父)さんに会いに行き、

その翌日、疲れたなあと思ったら夫の帰国に合わせるように自分が肺炎になり、丸4日ダウン。治る頃に父の介護認定調査やら退院やら、我々夫婦の東京の家への引っ越しやら、毎日何かしら進めて、連休も過ごしていたのでした。

引っ越しは、大物家電やベッドなどはこの度新たに購入したので、BカメラとIKEAとニトリが新居に搬入してくれることになりまして、細かいものはまあ引っ越し業者さんを頼むまでもないように思い、自分達で車に乗せて運ぶこと6往復。あと1回運んだら終わるかな?と思っていたさなかにですね、

端午の節句、五月晴れの日、数年の海外単身赴任を終えて帰国した息子(私の夫)が、一泊の予定で訪れて、娘(私にとっては義妹)一家も集まって、皆で晩餐の会の、その晩に、そのピンポイントを逃さないかのように、義父が逝去しました。点滴の管一つ付けず、晩には「ノンアルコールはノン、だ」と言ってビールを口にして、その数時間後に逝く、という義父の最期の流儀に、私は感服しております。悲しいけれども。

凄いわ、お父さん。




この度は、やはり、私の人生の、幾つ目かの節目ではあったのだろうな、と思います。








それにしても、毎日ずっと気に掛かっているのは、フェルトのオーダーを頂戴している件です。バッグと、コースターと、うさ耳帽子が一つずつ。

普通なら2週間もあればお納め出来ますのに、お言葉に甘えて、何ヶ月もお待たせしてしまっています。

本当にごめんなさい。m(._.)m