1年の憂鬱
ロシアがウクライナへの全面戦争を始めてから1年が経った。
思い返せば、2021年末ごろからロシア軍の動きがあやしい、ロシアがウクライナに攻め込むのではないかという話はあった。勿論2014年のクリミア併合があり、ドンバス地域でロシアの強い影響下にある分離主義者との内戦が続いていたが、これまでのコンテクストとは一線を画す形でロシア軍の大兵力がベラルーシからクリミアにかけて展開しているという話だった。
2021年春にもロシア軍がベラルーシと共同で大規模な演習を行い、最初は今回もそういう演習でウクライナに圧力をかける目的なのではないかと思った。しかしながら演習とは思えないような兵站の動きを伴っているという話があったので、一応留意して状況を注視していた。
アメリカ政府による軍事侵攻への警告は年が明けてもトーンダウンすることはなく、むしろ全面侵攻もありうるという内容の発表が続き緊張した状況が続いていたが、個人的には広範囲への展開はウクライナ軍に兵力の分散を強要するためであって、直接的な軍事力の行使はミンスク2の履行を強要するためにドンバスでの紛争についてより一層の介入を行うのではないか、と考えていた。ミンスク2はロシア側に有利な内容であり、ロシア政府はこれまでミンスク2で合意した内容が履行されていない、ウクライナは速やかに履行せよと圧力をかけていたからだ。
しかし、2月18日にロシア政府がドネツク・ルハンシクの両人民共和国政府の独立を承認し、そうした考えは打ち砕かれた。独立承認によりミンスク2の枠組みが完全に崩壊したのを見てはじめて、ロシアは全面的な軍事侵攻を行う気だということに気づいたのだった。
実際2月24日にロシア軍はベラルーシからクリミアに展開した部隊を一気に動かして全方位からウクライナに攻め込んだ。この事態は悪夢そのものであり、クリミア併合のときのことを思い出してウクライナ軍の組織的な抵抗はすぐに打ち砕かれてウクライナ政府は崩壊するのではないかと思った。実際にはウクライナ政府はキーウに留まり、ウクライナの軍民を挙げた奮戦によってロシア軍は一時的な撤退と再編を余儀なくされた。秋のウクライナ軍によるハルキウ反攻とヘルソン解放後は主にドンバス方面で一進一退の消耗戦が繰り広げられている。
ロシア軍は市街地への無差別砲爆撃はもとより、ブチャをはじめとする組織的な虐殺や、占領地域での主に子供を対象とした拉致とロシア化教育を行っており、これらはジェノサイドの定義に該当する。こうした行為はいかなる理由があっても正当化することができない人道に対する犯罪である。ロシアはウクライナ政府をナチだというが、ナチスと同じことをしているのは明らかにロシアの側だ。
日本に住んでいる日本人であるにもかかわらず、ロシア政府の一方的な主張に共感している人が一定数いるのはとても残念だ。防衛予算の倍増と戦域打撃力の整備を行うことが決まったが、実際の有事への対応能力の確保と軍事的リバランスを目的とした防衛力整備よりも、こうした人が国民の中で増えることのほうがよほど軍国主義に近づくといえる。
我々は軍事的に圧迫を受けていてどんどん敵に収奪されている、だからこれ以上奪われる前に今持っているものを確実にするという身勝手な理由で侵略戦争を始めることに共感する人間が多数を占めている国は、勝てると思った時点で戦争に踏み切るからだ。逆に国民が戦争を始めてはいけないという意思をしっかりと持っていれば、彼我の軍事力がどうであろうと突然よその国に攻め込んだりはしないだろう。自分が侵略戦争をするための軍事力を持たなければ侵略戦争を始めることはないというのは事実だろうが、ワイマール共和国という先例が示す通り、なにかの拍子に拡張主義的な勢力が政権を握ったとたんに再軍備して侵略戦争を始める可能性を秘めているのだ。
ウクライナでの戦争はまだまだ続くだろう。ロシアはもとよりウクライナもまだ体力が切れていない。しかし、ウクライナは国内が戦地になっていることから経済に大きな打撃を受けている一方、ロシアは資源国であることと制裁が十分でないことからイランのような経済的打撃は受けていない。そのため、先に体力が尽きる可能性があるのはウクライナだろう。ロシア人がもう戦争はうんざりだ、政府は戦争をやめろという考えを抱くのがいつになるのかはわからないが、その時まで我々はウクライナを支えなければならない。