学位取得とキャリア in ドイツ~「ドイツにも学歴差別 博士や修士号、昇進に影響」(日経新聞)~
1.はじめに
先日、久しぶりに喫茶店にて、置いてあった新聞を読んでいると、だいたい、どれも就職活動のコーナーが定着しているようだで、「就活は学生や転職者向けの情報提供だけでなく、読み物としても定着しているんだな~」と実感しました。
さて、昨日と今日、Twitter上で話題になっていた、ドイツにおける学位と昇進について、日経新聞の次の記事が話題になっていました。少し、ここで紹介したいと思います:
(2018.5.8_日本経済新聞の夕刊、海老原嗣生)
ちなみに、この新聞記事は、「就活のリアル」と題した連載シリーズで、海老原さんという「雇用ジャーナリスト」が執筆しているようです。前回は、フランスの学歴事情について取り上げ、今回はドイツの学歴事情を紹介した連載回とのことです。
2.ドイツの大学事情と高い学位取得による社会的地位の上昇
そのドイツの大学事情について、書いてある内容を整理すると、こんな感じでしょうか。
・多くの大学で、入試による選考がなく、大学は序列化していない
・学歴評価では、「専門大学<一般の大学」となる傾向あり
・一部の分野では、研究室や大学ごとの序列はあるらしい
以上のような味方から、ざっくりと「ドイツには学歴差別がない」と言い張る研究者もいると、海老原さんは書いています。序盤を読んだ時点で、私は「ほんまかいな?」と思いましたが、あくまで、うわべの話のようです。
海老原さんによると、ドイツでは職を得たり、昇進について「大卒<院卒(修士課程卒)<博士課程修了」のように、学位のレベルが高いほど、採用や昇進で優遇されるということです。この雇用ジャーナリストさんは、「学歴差別がある」と言われています。
しかし、移民や難民を多く受け入れている多民族社会の昨今のドイツと、基本的にEU加盟国の多くは未だに階級社会であることを感情に入れれば、また見方が異なってきます。実際にドイツで生活されている日本人の方によると、文化や生活ルールやマナーの異なるコミュニティが共存している場合、一緒に仕事や生活していく人を選ぶ上で、「どれだけ、採用・受け入れる側と共通の知識や教養があるか」がポイントになるそうです。言い換えれば、ドイツへの移住者にとって、持っている学歴によって、採用・受け入れが決まるということ。同じ文化や規範の共有は、信頼関係を築く上て重要になってくるのは、確かに納得のいくものではあります。
それに加えて、海老原さんによると、「ある程度の規模の企業」で出世が期待されるようになった人たちは、周りから「修士号を取ることを勧められる」そうです。さななる昇進を望むなら、「博士号取得が必要になる」ようです。ドイツの大学や大学院は制度上、必要あ単位を取り、学位論文(卒論、修論など)を書いて認められれば、「超特急で修了することも可能」とのこと。そういった事情から、「余暇に商工会議所の継続学習に通ったり、大学院に入りなおしたりする」人が多い社会だと、海老原さんは書いています。
ここで、私は上記の自分の理解に基づき、「どれだけ、採用・受け入れる側と共通の知識や教養があるか」がポイントになるか、というのがドイツ社会であると仮定します。高学歴になることは職場やコミュニティにおいて、そこの構成員の「幹部」(お偉いさん)たちと、共通の知識や教養をより多く持つことになるでしょう。つまり、職場や共同体に高評価を受けることが採用や受け入れ、また昇進に必要なのであれば、社会的な慣習上、出世に必要な「資格」がより高い学位に当たると考えられます。
だから、「出世したければ、学歴をアップさせなさい」と言われるのは、差別というより、ドイツで働く上ではキャリア上に必要になってくる資格なのではないでしょうか。日経新聞の今回の記事によると、「ドイツの超大手企業を対象にした「社長の最終学歴」の調査」では、1996年と2013年の調査において、どの大手企業の社長も約5割が博士号ホルダーだったそうです。それだけ、ドイツ社会のある職場やコミュニティにおいて、高い地位を得ようとすれば、ある分野において高度な知識と教養の共有が重要視されているといってもよいでしょう。
なお、メインブログ『仲見満月の研究室』で何度も書いてきましたように、博士課程を修了したからといって、博士号は授与されるわけではありません。日本では博士課程を修了しただけのことを、「単位取得退学」や「満期の退学」と呼ぶことがあります。博士号取得と、単位取得は別々に分かれていると言って、よいかもしれません。海老原さんが言うように、「博士号は博士論文を提出し、厳しい査読を受け、論文審査を通った人しかもらえない」ものだということは、書き添えさせていただきます。
3.「ヨコの学歴」と「タテの学歴」~終わりに~
ところで、海老原さんが言っていることで、気になるのが「ヨコの学歴」と「タテの学歴」です。もとは、ドイツの労働研究がご専門で、同志社大学客員教授の山内麻理さんが指摘したことで、山内さんは、
・日・英米・フランス:学校によるランク付けを「ヨコの学歴」
・ドイツ:修了レベルと速さによるランク付けを「タテの学歴」
と呼んでいるそうです。
この「ヨコの学歴」と「タテの学歴」による学歴の分類は、単純化し過ぎだと思います。まず、「ヨコの学歴」でまとめられている4つの国は、それぞれ、大学や専門学校などの乞うと教育機関には複数種類があり、複雑な背景のもと成り立っています。詳細な説明は省きますが、例えばフランスでは、政治学院や音楽院、工学の学校等の教育機関から各業界のエリート人材が輩出されています。
ドイツもそうで、博士号を持っているからといって、その誰もが希望の職を得て、高給であるわけではないと聞きます。確かに、博士号を持っているほうが社会的地位を得やすく、それが自分の身の安全を確保しやすい傾向はあるようです。しかし、そのことが必ずしも雇用や経済的豊かさと結びついているわけではなく、厳しい競争は存在します。
今回の日経新聞の記事を読み、高学歴と仕事におけるキャリアの関係は、自分が大学院にいた頃に考えていたよりも、国や地域、また職場やコミュニティによって、多様なんだということでした。それから、あまり高学歴だと給与が高くなりがちなせいか、採用側に敬遠されるらしき日本(や東アジア地域)の企業(一部の業界を除く)に比べて、ドイツは博士号を持ち、仕事をしている人が比較的多いイメージがあります。そのあたり、ドイツの労働状況や教育が専門の方々に聞いてみたいと思っています。
おしまい。