共感の意図
2017 JAPAN IIT
10.08PM Robertのクラスメモ。
「私はバイブレーションであり、楽器である。そして、誰かと共に響きあう。」
その事を思います。
自分が誰かと座っていて、共感をもって相手と共に居たいと思ったら
「意図」が大切です。
共感の意図は、何であり、何でないのか。
これは体験ですが、概念を説明しますね。
これらは全て相互作用していて、すべて同時に起きます。
一つ目の意図と、二つ目の意図は絡み合って訪れます。
そこに在る命のエネルギーと繋がること、受け取る事。
命のエネルギーは、根源的な神聖なエネルギーと呼んでもよい。
共感が他と何が違うかと言うと、その人を癒したり、直したり、正す意図が無いのです。
その人の全体性を持って癒されることは大切にしているけれど、それは自分の意図ではないのです。
正す、癒すことのない意図を持ちながら、言葉、体、非言語、全てを使って表現されるものを受け取る事です。
そのためには、私が、今ここにすべてをもっていることが大切です。
エネルギーは、過去にも未来にも存在しません。
それは今現在のみ受取ることができます。
三番目の意図は、フォーカス。
エネルギーはさまざまな形を取ります。
命のエネルギーを定義すると、「感情とニーズという形のエネルギーを含む、ある種の、命が別の命にタッチするという事です。」
私が受け取ると同時に感じ取るという事が起きます。
受取る乗り物である、心と体。
ここに誰かと一緒に腰かけて、誰かを受取るとき、開かれた場所から訪れる振動に気づいています。
これがエネルギーを受容する第一のステップになります。
感じ取ることにセンスがあります。
われわれの頭と理論で考えることが、圧倒的に私たちを支配している。
頭と理論に支配されることで、感じ取るセンスが塞がれてしまう。
誰かと共に座るとき、私は、彼らとともに旅をします。
非言語メッセージは
「あなたと共にいます、あなたが私に投げかけるすべてのものと共にいます。直そうとせず、正そうとせず、ただ共にいます。」です。
このワークをすればするほど、体は楽器であると気づきます。
体は、意識とエネルギーが生きたダイナミックな楽器だからです。
あなた自身が生きた人間として、生きたエネルギーを受取る楽器である体験しているでしょうか?
受取りながら、同時に返している。
私が生きている、私の生きているプレゼンスを相手に与えている。
自分が受け取っている行為を相手に与えている。
少し時間をおいて、私の話が皆さんに届いたか、聞いてみたいと思います。