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紺碧の採掘師2

第7章 02

2023.03.07 12:00

ハッチの階段を降りて船内通路に出たウィンザーは、クラリや春日に「サイタンを探して!」と言いつつ通路を走ってサイタンの船室へ。ノックをするが返事がない。ドアを開けて不在を確認すると元来た通路を引き返すが、途中の洗面所に誰かが居るのに気づいて、ふと見る。

ウィンザー「輪太君。」

輪太「あれ。皆、戻ってきたの?」

春日は「俺、採掘準備室を見て来る」と走っていく。

ウィンザー「うん。あ、そうだ黒船で…彼の名前を聞き忘れたな…。」と言うと「ブリッジで、君がイェソドに行きたがってる事を話したら、黒船の人が、ここに来ればよかったのにと。」

輪太、目をぱちくりさせて「…黒船の人が?」

ウィンザー「うん。ところでサイタンどこにいるか知らない?」

輪太「さぁ…?」

ウィンザー「そっか。」と言うと中央階段へと走っていく。階段を降りようとした時、下から春日とバーントが「こっちにはいない!」

春日「機関室方面かな…あ、食堂?」

クラリセージ「洗濯室とか」

ウィンザー「とりあえず食堂を」と言って食堂の方へ走って行きドアを開けて中を覗くと「いた!」

サイタンが食堂の隅に椅子を並べてその上に寝転がっている。

ウィンザーはサイタンに近づきつつ「採掘監督!」

サイタン少し驚いた顔でウィンザーの方を見る。

ウィンザー「今から船長を説得に行くので付き合って下さい!」

サイタン「うるせ」と言いかけた所で

ウィンザー「貴方はレッドの採掘監督なんですから我々を助けて下さい!」

その言葉にサイタン思わず唖然として「は?」

ウィンザー「…俺達は…。」そこで暫し黙ると「黒船に俺達を置き去りにするような船長なんて、嫌なんです!」

サイタン「…。」目を丸くしてウィンザーを見つめる。暫しそのまま怪訝そうな顔で周囲の春日やクラリ、バーント達を交互に見ていたが、やおら上体を起こして椅子に腰掛けると、ウィンザーを見て「…大丈夫かテメェ。」

ウィンザー「正常です。…俺は、イェソドに行きたい。でもそれは、管理の命令で行くんじゃダメなんです。」

サイタン「何があったんだか知らねーが」

ウィンザー「ブルーも黒船もイェソドに向かってます、レッドも続かないと!…お願いします、採掘監督!」

サイタン「…。」

ウィンザー「俺には力が無いので…。」

サイタン「…なら縄持って来い。」

ウィンザー「えっ?…縄?」とキョトンとする。

サイタン「あいつと話すんのはめんどくせぇ。縄で縛って監禁すりゃ管理とはお別れだ。あとはテメェが指揮を執れ。」

思わず春日、声を殺して笑ってしまう。

ウィンザー「ええ無理です俺!」

サイタン「つべこべ言うんじゃねぇ!今までずっとやってるだろうが!」

ウィンザー「でっ、でも!…監禁した船長どうすんですか…。」

サイタン「知らねぇな。監禁されたくなかったら、こっちの話も聞けって事だ。…とにかくやるなら縄持って来い。」

ウィンザー「えぇ…!」



輪太は一人、誰も居ない採掘準備室の片隅でボケッと椅子に座って物思いに耽っている。

(…イェソド行きたいな…。だけど、レッドは、行けないし…。)

さっきウィンザーに言われた言葉を思い出す。


『黒船の人が、ここに来ればよかったのにと』


(…ブリッジなら上総さんか、静流さんかな…。でも僕は…)そこで苦し気な顔になると「もー…。またトイレ…。」とお腹を押さえる。「お薬飲まないと…」と腰に着けたポーチの中を探して「あ。…さっき洗面所に置き忘れた!」と慌てて階段室へ走る。階段を上がりかけたその時、上階から声がして、ふと止まる。

「テメェが先だウィンザー!」「…結局、俺なんですか…」

輪太、おずおずと上に上がって様子を見ると、ウィンザーやサイタン達がブリッジ方面へ歩いて行くのが見える。

(…何だろ…うぅ、トイレ…。)階段を上がって洗面所の方へ走る。



ブリッジの扉の前で立ち止まるウィンザー達。不安げな顔で静かに溜息をついたウィンザーは、グッと右拳を握り、それから意を決したように扉に手を掛け思い切ってブリッジの引き戸を開けると、その場に立ったまま硬い表情で「…ただいま戻りました!」

南部は戸口のウィンザーを一瞥して「おかえり。」

ウィンザー「本船はこれから、どうするんですか…。」

南部「それは管理次第だなぁ。」

そのまま暫しの沈黙。ウィンザーが何を言うか必死に考えている一方で、南部はウィンザーを気にも留めず何かを思案している。

南部(…しかし管理が銃撃するとは…。なぜ…。もし大事故でも起こしたら、どう考えても管理の責任。あれはやり過ぎでは…。)

ウィンザー「あ、あの…船長。」

南部「ん?」

いつものように操縦席の隣に立っているクォーツは、不穏な空気に気づいて戸口のウィンザー達の方を見る。

ウィンザー「…どうして船長は、管理の事しか見てくれないんでしょうか。」

南部、怪訝そうに「というと?」

ウィンザー「俺達を黒船に残してレッドは引き返すって、…酷いと思うんです。」

南部「それは君達の意思を尊重して」

ウィンザー「だったらこのまま黒船と一緒にイェソドに行きませんか!」

南部「私はレッドの船長なんだ。管理の命令に背く訳には行かない。」

ウィンザー「でもブルーも黒船と一緒に」

南部「彼らは後々、管理に処罰されるかもしれない。私はレッドの皆を、そんな目には遭わせたくないから」

ウィンザー「でも、…駿河船長なんて黒船の上に来てくれたんですよ!」

その言葉に南部は暫し黙り、それから「…彼は、まぁ、せっかく黒船の船長になれたのに、それを捨てて行くような人だからな。」

ウィンザー「…船長!」と叫んで「俺達はイェソドに行きたいんです!」

南部「なぜ?」

ウィンザー「なぜっ…、て…。」と悩んで「そもそも黒船を止めるのは、黒船に、イェソドへの先導をしてもらう為だった気が…。それならこのまま黒船に付いてイェソドへ」

南部、心配げに「…どうしたんだウィンザー君。黒船で何かあったのか?」

ウィンザー「…。」言葉に詰まる。

南部「そんなにイェソドに行きたいのなら、黒船に残っていても良かったんだぞ?」

途端にウィンザー、唖然として言葉を失ったまま南部を見つめる。

南部「私は別に戻って来いと無理強いはしていない。」

ウィンザー、呆然としたまま掠れた声で「つまり、俺達は要らないと…。」

南部「とんでもない!そんな事は言っていない。」

そこへウィンザーの背後からサイタンが「だから言っただろ、コイツには話が通じねぇって。」

ウィンザー、南部に「何で、戻って来いと、言ってくれなかったんですか!」

南部「それは、君達の意志を尊重しようと」

ウィンザー「嘘だ!」

サイタン「無駄だからやめようぜ。」

ウィンザー「だってもしも本当に俺達が必要ならば、俺達が何を言おうと黒船に対してメンバーを返せと要求してくれてもいいじゃないですか!…だって春日さんは、俺達を助けに勝手に来てくれたんですよ!」

サイタン、ビックリして「えっ!?」と目を丸くする。

南部「しかし私はレッドの船長なんだ、勝手な事は」

そこへ春日がサイタンとウィンザーの背後から「ちょっといいかな」と言いつつ出てきて「船長。…貴方自身は、イェソドへ行きたいんですか?」

南部「…と言うと。」

春日、南部を真っ直ぐ見据えて「船長とか何とか関係無く、貴方という個人は、イェソドへ行きたいんですか?」

その瞬間、南部は愕然と目を見開き凍り付いた表情で春日を見たまま、動きを止める。

南部「…。」

そのまま時が止まったかのように、ブリッジが静寂に包まれる。

やがて内心の激しい動揺を悟られまいと何か言いかける南部だが、言葉が出ずに奥歯を噛み締め、春日から目線を逸らす。そして苦し気な短い吐息を漏らして目を伏せる。

春日「…貴方は管理に、貴方自身を殺されたんですね。」

南部「えっ」と喉の奥から小さな声を発して、春日を見る。

春日「管理に処罰される事を壮絶に恐れているからこうなる。逆に言うと、それだけ管理に利用されてるって事ですが。」

南部、信じられないという体で「…私、が?」

春日「うん。」

南部「…私はただ、皆の為に…。」

春日「違うなぁ。貴方がやってたのは管理の為だ。レッドの為じゃない。」

南部「…。」掠れた声で「…そんな、ことは…。…私は、…皆の役に立とうと…。」

その言葉にサイタンがフン!と呆れた溜息をつくと「めんどくせぇ!おい、縛るぞ!」と言って南部の元に駆け寄り、ガッと胸倉を掴んで船長席から引きずり出すと壁にその身体を押し付け、ブリッジに入ってきたクラリから縄を受け取って南部の手首を後ろ手に縛る。

それを見たクォーツ、思わず「そこまでしなくても!」

ウィンザーの悲痛な声「こんな事はしたくなかったんですが、仕方がありません!我々は、管理の支配から離れねばならないんです!」

南部、必死に「…君達、…こんな事をすれば君達が、管理に…!」

その時、ブリッジの入り口から「大丈夫です、安心して下さい船長。」

思わず全員、声の主を見る。

輪太がブリッジ入り口で微笑みながら「知ってます、僕。船長が、皆の為にって、本気で思ってた事…。だって僕の製造師もそうだった。僕がボロボロになっても、輪太の為にって…。」

クォーツ焦って「輪太!…周防先生が、誤解されてしまう…!」

輪太「あっ、ごめんなさい。…僕の製造師、ホントは周防先生じゃないんです。僕のホントの製造師は、いなくなっちゃいました。」

クォーツ以外の全員が、驚いて唖然とした顔をする。

輪太は淡々と「僕のホントの製造師、いいひとでした。僕の為に色々やってくれて、それで僕は病気になりました。友達を作らせてもらえなかったので、長い間独りぼっちでした。でも製造師は本当に僕の為にそれをしてくれたんです。だから僕、製造師から引き離されて周防先生に引き取られた時、凄く悲しかったけど、凄く安心したんです。…だって製造師にとって、僕という存在は、居ないのと同じだったから。…あの人は僕を、管理に認められるような人工種にしたいって、それだけしかなかったから。」

南部「…!」衝撃を受けたように目を見開く。

輪太、南部の目を見て「前に船長が、輪太を守りたいって言ってくれたの、僕、凄く嬉しかったです。船長が、皆の為に頑張ってたの、分かります。でも、本当は、船長がそんなに頑張らなくても、全然大丈夫なんです。」と微笑む。

南部「…。」魂が抜けたような表情で、呆然と輪太を見つめる。

サイタン、そんな南部に「…こんなウゼェ船長、要らねぇ。」と言うと「とりあえずコイツを船長室にブチ込む。中でコイツが変な事しないように誰か見張りしろ」

輪太「僕やります。」

サイタンとウィンザーは南部を連れてブリッジから出て行く。他のメンバーも続いて出て行く。

春日は深い溜息をついてから「…何はともあれ、黒船を追いかけよう。」

操縦席のティーツリーも大きな溜息をついて「はぁ…。…なんか、色々ショックで不安ですが…。」

春日「まぁでも変化が起こった事自体、いいことだ。」

そこへブリッジに相原が入って来ると「副長、交代の時間です。」

ティーツリー「あ、そうか。忘れてた。」と言いつつ相原と操縦を交代する。

クォーツ「ずっと停まってたので、話をしている間にレッドだけ取り残されました。黒船どころか、まず管理の船を追わないと…。」

ティーツリーは腕組みをして、しみじみと「しかし輪太君の話にも驚いたなぁ…。」

クォーツ「…むしろ吐き出せて良かったと思う。」と言うと「相原さん、全速力でこのまま直進です。」

相原「急がないとね。では出発します。」