最近の講義が暇って話
最近五月頭が普通に大学関係で忙しかったのとか酒飲む日々が続いてたのとかでちょっと滞ってました。
では今日は講義が暇って話とかを少しだけしようかと思います。
この春から三回生になってやっとGWも終わって今期の講義の感じも大体掴めたところでこの話でもと思った次第です。
私は今回の記事の中で私が興味がない講義を取っているとか担当の講師が悪いとかいう話をしたいというわけではありません。これだけは先に言っておきます。
ではどうしてこのような話になったのかというと、講義の中で今までに受けてきた講義と同じ内容の講義をしている講義が今年に入って多くなったという話です。
これは、講義を進めて行く上で必要な情報を共有するとか講義の内容がそもそも被っているとか色々あります。
この考え自体は特に問題はないのですが私は講義の中で暇な時間を過ごしているという意味で不利益を被っています。ではこれはどうして起こってしまうのでしょうか。
これは大学の制度の根幹に関わる話になってきます。
全ての大学がそのようになっているのか私は検証していないので定かではないのですが、大多数を占める大学では基本的に生徒が受講する講義を選択することができるようになっていると思います。
この、各生徒が自由に講義を選択することができるというのが今回の問題に関わってきます。
自由に選択できることによって学んできた内容に差が生じます。その結果として年数がかさみ、講義内容が発展的な内容になるにつれて基礎知識の有無に差異が生じるので振り返らないといけないということです。
私としては自由に講義を選択できるというのは非常にいい制度だと思います。しかし、その副作用としてこのような問題を生んでしまっているというのは事実です。
ではこれはどのように解決するのがいいのかということです。
それは義務教育と同じように生徒が取得する単位を固定するということです。しかし、それはおそらく現在の大学では存在してませんしこの先にも現れるというのは難しいのではないかと思います。
私としてはこのようになるという世界も非常に面白いかと思いますが難しいでしょう。
現在、少子高齢化の波がきていて、すでに大学も厳しい状態になっているというのとすでにレッドオーシャンであるというので今後大学そのものが増えるというのが難しいかと思っています。
しかし、このように義務教育のように取得する単位を固定するであったり、少し話は逸れますが、担任制を導入するというのは私は可能性はあって面白いのではないかと思っています。
少子高齢化がきているということは当然ですが子どもの数が減っているということです。現状は核家族が増えている聞いたこともあります。
ということは、親の目線で考えると子ども一人にかける費用などの力が非常に大きくなるということです。換言すると、子どもを非常に大切に育てていくという時代がきているということです。
少し前にモンスターペアレントとかの単語も流行っていましたが、それも元を辿れば子どもを思ったが故の結果であると思います。
そのように子どもに対する力が大きくなっていく世界で、このように担任制などを導入した手厚いサポートをする大学というのも私は需要があるのではないかと思います。
しかし、実際どこまでの需要が存在するのかが未知数なので正直難しいのかなとも思います。ただ、こんな大学が出てきたらいいのになと私は願っています。
今日はこの辺りで。 また近々と思ってはおります。 では。