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気温上昇→落雪恐れ→当面運休(只見~大白川) 2023年 冬

2023.03.03 13:37

国内屈指の豪雪地帯であるJR只見線の“会越国界”’(只見駅~大白川駅 間)が、今年も気温上昇により落雪が発生する可能性があるため運休されるとの発表があり、現地の様子を見たいと会津若松~小出間の全線乗車することにした。

 

一昨日、ネットで只見線の只見~大白川間が『気温上昇による落雪の可能性があることから』3月3日の会津若松17時発の小出行から区間運休となり、只見止まりになる事を知った。*下掲出処:東日本旅客鉄道㈱「只見線の運転計画について」(2023年3月1日) URL: https://www.jreast.co.jp/ass/2022/niigata/20230301_ni01.pdf

 

翌3月2日の地元紙も、その情報を伝えていた。*下掲載記事:(左)新潟日報 (右)福島民報 ともに2023年3月2日付け紙面

 

この落雪の恐れによる計画運休は昨年も行われていた。*下掲出処:東日本旅客鉄道㈱「落雪の可能性に伴う只見線の運転計画について」(2021年2月25日) URL: https://www.jreast.co.jp/ass/2021/niigata/20220225_ni02.pdf


ただ、今年は全線再開通しているため、この『当面の間、運休』により全線乗車が不可能となり、春休みなどで只見線乗車を計画している旅行者に大きな影響を与える事になり、事情が違っている。

安全運行は第一だが、只見線の只見~大白川間は雪の量も多く車窓から見える雪景色は見ごたえがあり、更に、ほぼ平行している国道252号線が降雪期通行止めということで他の移動手段が無いということで、『当面の間、運休』は観光面での痛手は大きい。

 

今まで積雪期に只見~大白川間に乗車したことは何度かあるが、気温上昇による落雪の可能性を考えて車窓からの風景を見たことは無かった。そこで、仕事が休みとなった今日、急遽只見線を全線乗車し、往復して『当面の間、運休』予定区間の積雪の様子を見てみようと考えた。

*参考:

・NHK:新日本風土記「動画で見るニッポンみちしる~JR只見線

・産経新聞:「【美しきにっぽん】幾山河 川霧を越えてゆく JR只見線」(2019年7月3日) 

・福島県 :只見線管理事務所(会津若松駅構内)

・拙著:「次はいつ乗る?只見線」カテゴリ -只見線の冬- / -只見線全線乗車-

 

 


 


今朝、前泊した会津若松市内の宿から駅に向かった。

 

切符を購入し改札に行くと、「只見線の運転の見通しについて」というJR東日本のプレスリリースと同じ内容の掲示物が貼り出されていた。

 

そして、改札脇には受験生を応援する「ぽぽべぇ神社」が創建されていた。神にまで“昇格”したぽぽべぇに驚かされるとともに、受験生には答案用紙を前にベストを尽くして欲しいと思った。

 

自動改札の向こうには、各路線の行き先案内があり、只見線の始発列車の行き先は「小出」になっていた。この始発列車は、明日から当面の間行き先が「只見」と表示されることになる。

 

改札を通り、連絡橋を渡り只見線の4-5番ホームに停車中の始発列車を見下ろした。今朝は通常通りに単行(1両編成)で、車両はキハE120形だった。

ホームに降りて車内を覗くと、驚きの光景が。全てのBOX席に、1人以上の客が座っていたのだ。今日は平日で『空いているだろう』と考えていたが、甘かった。

区間運休(只見~大白川)がいつまで続くか未定のため、「青春18きっぷ」や「鉄道開業150年記念ファイナル JR東日本パス」を利用する場合、今日が只見線全線乗車可能な“最後の日”になる可能性があるとすれば、普段の平日とは違っていると考え、もっと早く駅に来るべきだった。私は、空いているロングシートに座る事にした。


6:08、小出行きの始発列車が会津若松を出発。乗客は28人に増えていた。

  

列車は、七日町を経て、西若松で1人乗せて大川(阿賀川)を渡り、会津本郷出発直後に会津若松市から会津美里町に入った。
会津高田を出ると、右大カーブから進路を西から北に向けて進んだ。空はだいぶ明るくなったが、会津盆地は鼠色の雲に覆われていた。

 

根岸新鶴を経て、若宮手前から会津坂下町に入った列車は会津坂下に停車。上りの始発列車(会津川口発)とすれ違いをした。構内踏切の新設工事は終わったようで、スロープと遮断機を持つ形状に変わっていた。

 

 

会津坂下を出発し、列車は会津地域と奥会津地域の境となる七折峠を登坂。木々の切れ間から会津平野を見下ろすと、一面が雪雲に覆われていた。

列車はこの後、塔寺を経て“七折越え”をし、会津坂本を出発後に柳津町に入った。 

 

会津柳津で3人の客を乗せて、郷戸手前で“Myビューポイント”を通過。「飯谷山」(783m、会津百名山86座)は、頂上付近が雲に覆われていたが、周辺には青空も見えていた。

 

 

滝谷を出発直後に、滝谷川橋梁を渡り三島町に入った。渓谷の木々はほど良く着雪しているようで、見応えのある眺めだった。*以下、各橋梁のリンク先は土木学会附属土木図書館デジタルアーカイブス歴史的鋼橋集覧1873-1960

 

未明に降った雪が、今朝気温が上がらなかったため枝木に程よく着雪しているようだった。後刻、会津宮下駅のホームの木を見ると、その様子が分かった。今日の車窓からの景色に期待が持て、良い日に只見線に乗られたことを嬉しく思った。

 

 

会津桧原を出て、桧の原トンネルを潜り抜けると「第一只見川橋梁」を渡った。ここも両河岸の木々は新雪を纏い、只見川の水鏡も冴えていたため、なかなか良い眺めになっていた。*只見川は東北電力㈱柳津発電所・ダムのもの

 

会津西方を出発直後には、「第二只見川橋梁」を渡った。正面に見えるはずの「三坂山」(831.9m、会津百名山82座)の山塊は、雲に隠れていた。*只見川は東北電力㈱柳津発電所・ダムのもの

 

列車は減速し、「アーチ3橋(兄)弟」の長男・大谷川橋梁を渡った。眼下の渓谷は、雪を纏った木々が、見事な“咲き”っぷりだった。*参考:三島町観光協会(観光交流館からんころん)「『みやしたアーチ3橋(兄)弟』のビューポイント」(2013年6月16日) https://blog.goo.ne.jp/mishimakankou/e/e93620f5690ee4e3adf6d1124b2f46e5

 

会津宮下では、まもなくキハE120形単行(1両編成)でやってきた上り列車と、すれ違いを行った。

 

駅では、構内踏切の新造が行われていて、工事の様子から会津坂下駅と同じような形状になるようだった。

 

 

会津宮下を出た列車は、東北電力㈱宮下発電所の裏を通り過ぎ、宮下ダムの脇を駆けた。春に乗客を楽しませてくれる県道沿いの桜の並木に、今日は“雪の花”が咲いていた。

 

宮下ダム湖両岸の木々の“咲き”っぷりも、素晴らしかった。枝木の着雪が絶妙なようで、冴えた水鏡に木々の細部までも映り込み、秀逸な眺めだった。もし、上空に青空が広がり、水面が濃紺であったなら、より一層素晴らしい風景になったであろうと思った。

  

第三只見川橋梁」上か見える下流側の眺めも、この“樹雪”のおかげで素晴らしいものになっていた。*只見川は宮下ダム湖


車内では、この“樹雪”に見入る方が多く、カメラやスマホを向ける姿も多く見られた。

 

 

早戸を出て金山町に入り、会津水沼を経て「第四只見川橋梁」を渡った。*只見川は宮下ダム湖

 

架道橋を潜り抜け国道252号線と並ぶと、道路改良工事(水沼工区)の様子が見えた。工事に合わせて電柱・電線が無くなり車窓から見える景色が良くなった場所だが、高所作業車が置かれていたため『まさか、“再電柱化”してしまうのか』と心配になった。

 

会津中川を出た列車は大志集落の背後を進んだ後、右に大きくカーブしながら速度を落として進んだ。車窓から振り返って只見川に突き出た大志集落を眺めた。*只見川は東北電力㈱上田発電所・ダムの上田ダム湖

 

 

8:05、会津川口に到着し。小出発会津若松行の始発列車とすれ違いを行った。

 

会津川口を出て只見川沿いを走った列車は、西谷信号場跡を過ぎて復旧工事で2間の橋桁が架けられた「第五只見川橋梁」を渡った。*只見川は上田ダム湖

 

本名出発後には、下路式トラス橋に変更された「第六只見川橋梁」を渡った。上流側にある東北電力㈱本名発電所・ダムはゲート1門を開けて放流していた。

 

 

8:25、只見線135.2kmの中間点を示す看板が立つ、「民宿 橋立」の裏を通過。

 

会津越川会津横田を経て下路式トラス橋に変更された「第七只見川橋梁」を渡った。*只見川は本名ダム湖

 

 

会津大塩を出ると、町境を貫く滝トンネルを抜け只見町に入り、会津塩沢出発直後に左側に只見川を見ながら「第八只見川橋梁」を渡った。*只見川は電源開発㈱滝発電所・ダムの滝ダム湖

 

会津蒲生を出でしばらくすると、只見線最長(372m)の叶津川橋梁を渡った。晴れていれば姿を現している「浅草岳」は、雪雲に覆われ全く見えなかった。

 

 

9:07、只見に到着。細かい雪が舞っていた。

 

停車時間が23分もあることからか、多くの乗客が降り、ホームで写真を撮ったり駅舎に向ったりしていた。客の乗降は数名で、車内の様子に変化は見られなかった。

 

 

 

 

9:30、只見を出発し、県境にまたがる『当面の間、運休』区間(只見~大白川,20.8km)に突入した。車窓からレールに接する切り立つ斜面と、そこに積もる雪の様子をよく見る事にした。

直後に潜った上町トンネルの出入口付近は、そこそこの傾斜に積雪もあったが、列車を運休させるほどの危険性があるとは見えなかった。そして、その後に続くレール脇の状態も、同じく気温上昇による落雪で列車に危害が及ぶとは思えなかった。

 

列車は田子倉トンネル(3,712m)を抜けて、余韻沢橋梁を渡った。電源開発㈱田子倉発電所・ダムの田子倉ダム湖の貯水量は少なく、水面がかなり後退し、余韻沢と只見沢が湖面の雪原を長く割っていた。*参考:只見ユネスコエコパーク推進協議会事務局「只見ユネスコエコパーク

 

 

 

 

会越国界(福島ー新潟 県境)となる六十里越トンネル(6,359m)を、7分ほどで潜り抜け新潟県魚沼市に入った。直後に出入口の上部を見ると、2m近い積雪があった。この雪塊は、斜面の形状から、十分に落雪の危険性があると感じた。

この六十里越トンネルの大白川口の30mほど上部には、国道252号線が通っているが、例年降雪期(11月末~4月下旬頃)は通行止めになっていて除雪をされていない。そのため国道に積もった雪も、只見線に影響を与えているのでは?、と考えた。

  

新潟県に入り大白川駅までの間、只見線は末沢川の細く狭隘な渓谷に沿って延びているため、福島県側とは車窓から見える風景が一変する。この車窓眺望の変化が、“観光鉄道「山の只見線」”の重厚さになっている。

第14末沢川橋梁を渡ると、国道252号線の毛猛平スノーシェッド(SS)が見えた。柱の大部分に使われている真っ赤な鋼材が、雪景色の中で映え美しかった。

 

路盤の脇は、広葉樹の二次林が目立ち、“樹雪”が綺麗に見えた。秋も紅葉の回廊を創り、見応えのある区間になっている。

 

そして、列車を挟むように続く、無垢の積雪面は心静まる眺めだった。

前述したように、この区間は只見線以外に除雪されている場所が見られないため、無垢の雪景色を堪能できる。ここが、『当面の間、運休』となることは惜しいと思った。

 


だが、車窓から積み重なった雪の塊が落ちている現場が見えて、この区間が危険な場所でることが分かり、『当面の間、運休』は致し方ないと考えを改めた。

 

断面を見せ、斜面下や崖下に落ちんばかりの雪塊は、大半が国道252号線上や、そのスノーシェッドに見られた。

 

崖を穿ち国道を通した区間の雪塊は、不気味な迫力があった。

 

只見線の路盤に国道252号が近付く場所では、こちらに落ちてくるような感覚があった。

 

雪塊は多層で、かなりの重量があることが察せられた。

 

 

さらに、国道の斜面上に雪崩防止柵が見られたが、雪塊がごっそりと載っていた。

 

国道が無除雪のため、斜面に雪崩があった場合、只見線までストレートに落ちてくるのではないかとも思った。

 

 

 

 

9:59、列車は大白川に到着。往路では右側の車窓から『当面の間、運休』区間の雪の様子を眺めたが、JR東日本の対応が適切であると思えた。復路では、反対側の様子を、じっくり見てみようと思った。

 

 

大白川を出ると、入広瀬で2人の客が乗り、上条越後須原を経て魚沼田中越後広瀬でも3人ずつが乗り込み、1両編成の車内は混雑した。

 

 

10:41、藪神を経て、定刻に終点の小出に到着。向かいのホームには、私が乗る予定の13時12分発の会津若松行がエンジンを止めて停車していた。

 

列車の発車時刻まで2時間半あり、当初の予定では小出駅前にある「藤権現」(233.5m)に登り、今日から私選“只見線百山”の検証を始めようと考えていたが、往路の列車の混みようを見て変更。早めにホームに戻り、席を確保するため並ぼうと思った。

 

駅舎を出て、昼食と地酒を求め、スーパー「サカキヤ」に向かった。魚沼川に架かる小出橋から見える「越後三山」は、「八海山」(1,778m)がはっきりと、「中ノ岳」(2,085.1m)は山影だけ、「越後駒ヶ岳」(2,002.7m)は八合目までが、それぞれ見えた。

 

 

 

買い物を終え小出駅に戻り、12時頃に再び只見線のホームに向かうと、キハ110形2両編成の4つのドア前に並んでいる方が居た。

私は後部車両の後ろのドアに並ぶ方の後ろに並び立つと、ぞろぞろと客(全員が男性‼)がやってきて列を作った。12時40分頃に車掌が列車に乗り込みドアを開けるまでに、30名近くが並ぶという盛況だった。

私の後ろに並んでいた方の話では、只見線が明日から乗り通しが出来なくなる(只見~大白川 間の運休)ということで、急遽会社の休みを取って訪れたとのことだった。

 

 

13:12、会津若松行の上り列車が小出を出発。前後の車両ともそれぞれ30名ほどの乗客で、地元客数名を除いて、大半が旅行客だった。

 

列車が魚野川橋梁を渡ると、陽光を浴びた「越後三山」がよく見えるようになっていた。

 

復路、列車内では会越の地酒を呑む事にした。越後の酒は、只見線・越後須原駅近くに酒蔵のある「玉川酒造」のワンカップ、吟醸にごりを選んだ。吟醸酒の香りとにごりのコクが楽しめた、旨い酒だった。

 

この酒は、「サカキヤ」のあと数件の店を巡り、コンビニで調達することができた。地酒といえども、地元の全ての店に置かれているものではないが、列車を乗って現地を訪れる身からすると、主要駅の近くで手にしたいものだと改めて思った。

  

 

 

 

13:56、列車は大白川に到着。末沢川が合流する破間川の清流は、春に向けて雪解け水で勢いを増すのだろうと思った。

 

 

大白川を出て『当面の間、運休区間』に入り、往路とは反対側の車窓から雪の様子を眺め続けた。 

最初に国道252号線と交わる第3末沢川橋梁から仲宿橋を見上げた。只見線の直上の雪は除けられていたが、欄干にせり出している雪塊が落ちてきそうな状態だった。

 

山の斜面を見上げると、2mをゆうに超える雪塊の断層も見えられた。

 

第4末沢川橋梁を渡り、末沢川左岸の斜面を見ると、雪塊が崩れ落ちた痕跡が見られた。

 

無除雪の国道を挟んだ山の斜面に積もった雪が、末沢川に落ち込む斜面に雪塊を押し出しているように見えた。



国道252号線に並ぶと、ぶ厚い雪に覆われている様子が分かった。*(注)以下、新潟県側の写真は順不同で掲載

 

国道と只見線の間に、雪塊の断層が見える場所もあった。

 

国道の位置が高くなると、雪塊が列車に落ちてくるような圧迫感があった。


第12末沢川橋梁を渡ると、末沢川左岸の切り立った斜面には、雪崩の筋が見えた。

 

 

復路でも、『当面の間、運休』区間に落雪による相応の危険性がある事が実感できたが、同時に良い景色にも出会えた。

早春の陽光を浴びた無垢の雪面や、


国道252号線の上路式アーチ橋・茂尻橋の、雪景色に映えた真っ赤な鋼材、

 

そして、福島県側の8本の“只見川橋梁”上からのものとは明らかに違う、末沢川に架かる16本の橋梁からの眺めなど。

雪の危険性は理解したものの、雪の観光力も捨てがたく、安全運行と観光鉄道の両立はできないものかと考え続けた。

 

 

列車は電源開発㈱末沢第2取水ダムに続く毛猛平踏切付近を通過し、第15末沢川橋梁、第四毛猛トンネル、第16末沢川橋梁と進み六十里越トンネルに入り新潟県を後にした。


  

六十里越トンネルを抜け、福島県に戻った。田子倉ダム湖の上空には青空が広がり、往路とは違った眺めになっていた。

  

余韻沢橋梁を渡ると、福島県側の『当面の間、運休』区間で最も落雪の可能性がある場所と思えた、田子倉トンネルの出入口上部を見上げた。

この場所も六十里越トンネルの大白川口同様に、トンネル口の上に国道252号線が通っている。国道は余韻沢の渓谷を穿ち通されているので山側の斜面は急で、落雪や雪崩が発生した場合、無除雪の国道を越えて只見線上に雪塊が落ちる可能性があると感じた。

 

 

只見町の市街地が近付き、第一赤沢トンネルを潜り抜けて振り返ると、電源開発㈱の只見ダムと、その奥に田子倉ダムが見えた。

 

 

 

  

14:25、只見に到着し、『当面の間、運休』区間を終えた。

 

 

10分の停車後に只見を出発し、県立只見高校の脇を通り過ぎて振り返ると、「会津朝日岳」(1,624.3m、只見四名山、会津百名山27座)の山塊を見る事ができた。

 

会津蒲生付近で、会津の酒を呑む事にした。今回は「ほまれ酒造」(喜多方市)のにごり酒(300ml)を選んだ。濃厚ながら爽やかな味わいで、陽光を浴び眩しすぎるほどの雪景色との相性は良く、一層旨く感じられた。

 

 

15:25、会津川口に到着。先頭車両(キハ110形)が東北地域本社色にラッピングされた、小出行の列車とすれ違いを行った。この列車を最後に小出行は“当面の間”運行されないということで、平日にも関わらずこの列車も多くの客が乗っていた。

 

 

この後、列車は快調に進んだが、往路で見られた美しい雪景色は一変。今日は気温が高かったようで、新雪は融けて“樹雪”は全く見えなかった。

 

「第一只見川橋梁」の上流側では、“樹雪”が無いおかげで、只見川右岸の急斜面に延びる廃道となった旧国道252号線(川井新道)の筋がくっきりと見えた。難所・駒啼瀬の様子が分かり、供用中の苦労が偲ばれた。

 

 

列車が七折峠の登坂を終えディーゼルエンジンの出力を抑え下り進むと、木々の間から会津坂下町の市街地越しに会津平野が見通せた。

 

七折峠を越えると、列車は会津平野の刈田の間を進んだ。前方に見える「磐梯山」(1,816.2m、会津百名山18座)は鼠色の雲に覆われたままだった。

 

 

会津高田に停車すると、小さな男の子が保護者と一緒に立っていて、列車が動き出すと手を振って見送ってくれた。

 

 

大川(阿賀川)を渡ると、上流側に「大戸岳」(1,415.9m、会津百名山36座)の山塊が見えた。

 

西若松では、行き先が「只見」と表示された下り列車とすれ違った。『当面の間、運休』措置が適用された“1番列車”だ。小出行の列車が、できるだけ早く復活することを願った。

 

 

 

17:24、終点の会津若松に到着。無事に、往復の全線乗車を終えた。

この後、磐越西線の列車に乗り換えて、自宅のある郡山に向かった。

 

 

今回は『当面の間、運休』区間を往復し、席を変えて車窓から両側の積雪の状況を見て、特に新潟県側が只見線路盤への落雪の可能性を十分に感じさせてくれるもので、JR東日本の判断は妥当であると思えた旅となった。

と同時に、長く雪を残し、無垢の雪面や末沢川に落ち込む雪塊が見られる『当面の間、運休』区間は、“観光鉄道「山の只見線」”にとって貴重な場所でもあることも再確認した。


本文でも触れたが、素人考えではあるが、『当面の間、運休』区間を見て、只見線と並行する国道252号線の無除雪も影響が大きいのではと思った。山の斜面と国道に積もった雪が一体であるため、除雪している只見線の路盤に向かって雪塊が押し出されるのではないかと考えたからだ。

降雪期通行止めということで除雪をしない国道252号線六十里越区間(只見町~魚沼市大白川地区)を、只見線の運行のために除雪するのは、費用的技術的に難しいかもしれないが、運休を回避するために検討する余地はあると思う。*『当面の間、運休』区間はJR東日本㈱の新潟支社の管轄になり、『当面の間、運休』を回避するためには新潟県を含め、「只見線利活用計画」を中心となって進める福島県と沿線自治体も交えて、JR東日本㈱との協議や協業が必要になると思われる。

 

実際、どの場所で落雪(雪崩)の危険性があり『当面の間、運休』するのかは分からないが、関係者には列車が安全運行できる対策を模索し、運休しない又は運休しても短期間で済ませる体制を築き“観光鉄道「山の只見線」”の価値を高めて欲しいと思った。

 

 

(了)

 

 

・  ・  ・  ・  ・

*参考: 

・福島県:只見線ポータルサイト

・福島県・東日本旅客鉄道株式会社 仙台支社:「只見線全線運転再開について」(PDF)(2022年5月18日)

・福島県:平成31年度 包括外部監査報告書「復興事業に係る事務の執行について」(PDF)(令和2年3月) p140 生活環境部 生活交通課 只見線利活用プロジェクト推進事業 

 

【只見線への寄付案内】

福島県はJR只見線全線復旧後の「上下分離」経営での維持費や集客・地域振興策の実施費用として寄付を募集中(クレジット可)。

 

①福島県ホームページ:只見線復旧復興基金寄附金・只見線応援団加入申し込みの方法 

*現在は只見線ポータルサイト「只見線応援団」URL:https://tadami-line.jp/support/

 

②福島県:企業版ふるさと納税

URL:https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/16005g/kigyou-furusato-zei.html

[寄付金の使途]

(引用)寄附金は、只見線を活用した体験型ツアーや周遊ルートの整備、只見線関連コンテンツの充実化等に活用させていただきます。 沿線地域における日本一の秘境路線と言われる観光資源を活用し、更なる利用者の拡大と認知度向上を図ります。


以上、宜しくお願い申し上げます。