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富士の高嶺から見渡せば

「一帯一路」スリランカ港湾開発 C4ADS報告より

2018.05.14 03:03

<スリランカ・ハンバントタ港 借金の罠と民主主義の危機>

中国にとって、スリランカは「戦略支援国家」(strategic support states)だと言われる。当面は利益を生み出すとは思えないスリランカのインフラ建設に投資するのも地政学的、戦略的な価値を持つからだ。あまり意味のないプロジェクトに投資することで、中国はスリランカに対する財政影響力(フィナンシャルレバレッジ)を握るとともに、株式の譲渡や土地の取得、あるいは中国艦船の寄港などを通じて影響力を行使し、利益を得ている。この影響力は選挙で政権が代わっても継続することになり、スリランカが新しい政策を立案しようとしても中国が一定の制約をかけているようになっている。

民族対立による内戦が26年間も続いたスリランカに、中国は最初、大量の武器を輸出し、政権側との関係を築いた。2009年内戦の終結後には、コロンボの金融都市計画やハンバントタ港の建設などインフラ投資に積極的に乗りだした。ハンバントタ港はインド洋のなかでももっとも交通量の多い航路上に位置し、インドとの関係やインド太平洋戦略から見ると戦略的に重要ポイントに位置する。

2016年11月、スリランカ政府は中国からの借款150億ドルのうちの120億ドルを帳消し(Write off)にすることを交換条件に、中国の国営企業「中国招商局集団」CMGに、ハンバントタの99年間の賃貸借権を譲渡すると発表した。「中国招商局集団」は戦前からある中国最古の国有企業の一つで、中国政府の完全な管理下にある。ハンバントタ港の株式の70%は「中国招商局集団」が保有し、ハンバントタの治安警備を担当するスリランカ企業の大株主でもある。

<投資によって政治的影響力は高まる>

中国は2005年にスリランカの新しい大統領にマヒンダ・ラジャパクが当選するとすぐに関係構築に乗り出した。関係を築くために、中国は、ラジャパクサ政権に弾薬やジェット戦闘機、大砲、高射砲を提供した。それによって少なくとも2万人の民間人に死者が出る一方で、26年間続いた内戦をラジャパクサ政権軍側の勝利で終わらせることに貢献した。武器の輸出のほかに、中国は、ハンバントタ港の建設をはじめ、数多くのインフラ整備に対する資金提供を始めた。ハンバントタ地区はラジャパクサの出身地であり、中国がそこで行ったプロジェクトには国際空港や国際会議場、クリケットの国際競技場の建設などが含まれた。中国は、さらにコロンボ港の国際コンテナターミナルやコロンボ国際金融都市の建設にも融資した。すべて合わせると2005年から2012年の間に中国はスリランカに対し、47億6100万ドルの借款を提供し、2012年から14年にかけては、21億8000万ドルの追加融資を約束している。これら融資事業の多くには、ラジャパクサ大統領とその一族の名前がつけられた。ほとんどが見かけだけの意味のない建設事業だと言われ、スリランカの経済発展に結びつくと言われることはなかった。

中国の投資によるスリランカへの影響力は、結局2014年に地政学的な成果という形で現れた。その年の9月、スリランカ港湾当局は、ハンバントタの7つある係留バースのうち4つ、さらにコロンボ港湾都市のまとまった面積の土地について、それぞれ35年間にわたる使用権を中国招商局など中国企業2社に譲渡することになった。しかも、これら譲渡に関する合意は、中国海軍のスリランカ訪問に合わせて行われた。同じ年の9月、中国海軍の原子力潜水艦と艦船がコロンボ港に入港した。何の前触れもなく行われた中国艦船のスリランカ訪問は、インドの警戒を呼びおこした。インド側の懸念にも拘わらず、その翌月にも、2隻目の中国原潜と支援艦がコロンボ港に入港している。

中国とスリランカの間にはインフラ整備をめぐる合意が次々に作られている。2013年、スリランカ政府は、議会に対してあたかも既成事実であるかのように、マッタラ空港の建設にかかる借款の利息が1.3%から6.3%に変更されたことを報告した。翌年に合意されたのが前述のハンバントタ港のバース使用権の譲渡に関する合意だった。地元の新聞は、これらの合意の中身は調印の前日まで協議が続けられていたため、スリランカ政府の内閣において調印前に合意内容を精査する時間的余裕はなかったはずだと非難している。そのためラジャパクサ大統領と中国政府の間には、事前に何らかの妥協や裏取引があったのではないかと疑っている。

CM―Portsのリース契約には、ハンバントタ港の近く自由貿易区を開発するための土地15000ヘクタールも含まれていた。それは「Port-Parks- Cities」というモデルの一環だった。

一帯一路の開発パターンとして中国が提唱しているのが“Port-Parks-Cities” (PPC) という考え方だ。漢語では「港口+園区+城市」あるいは「前港-中区-后城」と表記される。つまり、開発の入り口としてまず輸送の窓口となる港湾(「港口」port)を建設し(「前港」)、次にこの港湾を利用して工場用地や物流団地など(「園区」park)を造成し(「中区」)、最後には港の後背地を含めて都市としての自由貿易区や産業都市(「城市」city) を形成する(「后城」)というものだ。

<中国からの借金はスリランカの政治を締め付ける>

中国からの借金問題は結局、ラジャパクサ政権の崩壊につながった。ラジャパクサ側が中国資本に頼って意味のないインフラ建設に熱を上げる一方で、反対派は、ラジャパクサ政権の公金横領などを追求し、新しい外交政策のもとでの新大統領の登場を呼びかけた。2015年の総選挙では、バランス外交を訴え「脱中国」とインドや西側諸国との関係強化を訴えた、反対派の大統領候補マイトリパラ・シリセナが大方の予測に反して勝利した。

シリセナ大統領は就任から1週間で、中国によるコロンボ港湾都市計画を中止させ、この計画を承認する過程で発生したと見られる汚職疑惑の捜査を命じた。中国からの戦闘機購入契約はインドからの外交圧力に応じる形で取り消した。中国企業が大統領選挙に際してラジャパクサ氏に200万ドルを渡し、選挙結果を操作しようとした疑惑についても捜査を命じた。

スリランカの外国からの借金はすべて合わせると2016年時点で600億ドル、そのうち80億ドルは中国からの借金だといわれる。スリランカの財政収入の95%はいまだに外債の償還に充てられていた。一方、中国への負債は、債務全体の8分の1に相当する。スリランカの債務償還の3分の1は中国に対するものだった。しかし、スリランカは外貨準備不足に陥って、ルピーが値下がりしたため外債は膨れ上がり、毎年200万ドルの外債返済が迫られた。

こうした窮地は、中国のインフラ事業に負うところが大きかった。経済的に自立できるのは利益があるからだ。ハンバントタ港の利用は少なく、投資額の割には利益が少なかった。ラジャパクサ国際空港は一日にたった7人の利用客しかなく「世界でもっとも閑散とした空港」だという評価が下された。一方で、コロンボ港湾都市に関する契約を停止させられた中国企業は、1億4300万ドルの賠償を要求している。

2016年3月、スリランカの首相が中国を訪問し、コロンボ港湾都市の建設再開を発表した。と同時に中国企業は賠償の訴えを取り下げた。スリランカは中国政府に対してハンバントタ港とマッタラ空港の株式と交換する形で負債の一部を差し引くように要請した。中国はこれを拒否し、代わりに、中国企業のリストを提示し、中国招商局CMGの子会社である中国招商局港口控股有限公司CM-Portsを含めて、こうした取引に参加できる資格を付与することを求めた。こうしてCM-Portsとその親会社である中国招商局は、スリランカにおける中国の借金による最大の受益者となり、2018年1月ハンバントタ港の運営権を手にした。

中国との債務の均衡を保つ努力にも拘わらず、スリランカの2大港湾が99年間のリースで中国の私企業CM-Portsに渡ることになった。

中国の国営企業にスリランカの2つの重要港湾を譲渡することはスリランカの主権を侵害し、国家の安全を損なうものだという批判が高まった。

国民の怒りを和らげるために、CM-Portsは港を所有する一方、港の管理と保全は、スリランカの主権を守るため、国の港湾当局と第三者機関、それに中国企業の3社で新しく作った合弁企業を指名することにした。

つまり、新しい合弁企業ハンバントタ国際港グループ(HIPG)が、港とターミナルの管理・運用を任され、ハンバントタ国際港サービス(HIPS)が保安管理を行うことになった。HIPSはのちに表向きはスリランカ港湾当局(SPLA)の管理に置かれた。表面的にはCM-Portsは合弁企業をコントロールしておらず、港湾管理は独立して行うという国の目標は達成されたように見えた。

しかし、各種の記録を総合すると、こうした調整は本来目指した姿にはまったく遠い状況になっている。SPLAの中国側パートナーは英国バージン諸島に法人登録されたGainpro Resourcesだとされる。しかし、「パナマ文書」によると、このペーパーカンパニーは表向きは独立法人だが、実際には中国のCM-Portsの下請け子会社であることを明らかになった。すなわち巧みにカムフラージュされ、その影が薄められているとはいえ、港を管理運営するHIPGの株の85%、港の安全管理を担当するHIPSの株の53.7%は中国の国有企業に支配されている。株式の取得は、一連の動きのなかの最新のものだが、借金を嵩に、中国はインド太平洋の一角に確実にその一歩を印し、その足跡を鮮明に見せつけることなった。

2018年1月、CM-PortsはGainproを通してハンバントタ港の大半の管理権を11億2000万ドルで手に入れた。かなりの巨額だが、これでもなおスリランカが負っている中国からの借金の15%に過ぎず、これはスリランカの2016年GDPの8.5%に相当する。スリランカがこうした借金の負担に打ち勝つことができなければ、中国はその影響力にふさわしい利益をスリランカから引き続き引き出していくことになるだろう。