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ひな祭り企画「人形」特集 ~梅子さん編~

2023.03.05 01:41

 こんにちは。

 3月になったわけですが、気持ちはまだ冬のまま。しかし「てりたま」のCMが流れ、多方で花粉症が苦しむ方の声がどんどん深刻になるにつれ、温かい季節は迫っているのです。春はもう間近。

 さて3/3、ひな祭りでございました。

 説明するまでもないメジャーイベント、ブログのテーマにしなくてはと考えましたが、即刻思考は行き止まります。「ひな祭り」をテーマにした小説……浮かばない。

 「人形」をテーマにした特集、はどうか。

 おおとそのかっこよすぎる着眼点に私は振り返えれば、そこにいたのはポラン堂古書店サポーターズの読書魔人、梅子さん。しかし、おお、とリアクションしてから先、私は口ごもってしまいます。読書量が足りな過ぎて全く浮かばん。「たまさか人形堂」シリーズをもう一度特集するしか、私は「人形」に太刀打ちできない。

 そんな私に、書こうか、と梅子さんは言いました。その神々しさに、いつか彼女を読書神と呼ぶことになるだろう自分を予感しながら、ぜひぜひと何度も頷いたのでした。

 ってことで梅子さんによる「人形」特集、始まります。どうぞです。





 人形が出る物語で脳に検索をかけた時に、すぐ流れてきたのは跳ねるような音楽、コッペリアでした。人形のワルツの軽快で角張った踊りを初めて見た時は、その奇妙で命を感じない動きに心惹かれました。『プリンセスチュチュ』というアニメのごく短いシーンでしたが、数十年経っても記憶に残っています。

 どんなにお金を積んでも、頭からきちんと見ようとすれば寝てしまうに違いないので、人が踊るのを見たのはYouTubeだけという、どこに出しても恥ずかしいにわか者ですが、それでも踊る人の命を疑うほどの技量に魅せられます。


 多少の暗さはあっても、愛に溢れた喜劇コッペリアの原作となったのは、笑う隙なんて1ミリもない怪奇幻想小説「砂男」。

 一冊丸ごとのお話ではないのですが、今回のテーマに甘えて、ホフマンの短編集から1話だけを紹介させていただきます。

 宛先の違う3通の手紙から始まる「砂男」は、相手を人形と知らないまま恋をした男が狂い落ちていく様を、哀れみを込めて描く。作者らしき第三者が途中で男を哀れ哀れと言いに登場するのだから間違いない。

 作者が直接読者に語りかけてきているとしか思えない文章が、突然現れた時どう思うか……驚く。何かを読み飛ばしたのかと焦る。探偵小説なら、古畑任三郎のピンスポ独白ばりに話しかけてくることもあったが、登場人物同士の手紙を読み終わった後で急に「読者よ」なんて話しかけられると、距離感を見失う。確かこの時が、私とホフマンの初対面だったのだから、余計に。

 読書で感じたことのない緊張を仕方なく抱えたまま、主人公に視点を戻すと、婚約者と婚約者の兄との協力で、幼少期のトラウマを乗り越えた後、向かいの家を覗き始めていた。正確には、その家に住む美しい娘を、時間の許す限り眺めている。

 なんだかやばそうだからあの娘はやめておけと、読者の気持ちを代弁する友人の忠告も耳に入らず、婚約者のことも忘れるほど、物言わぬ娘への思いを深めていく。

 言うまでもなくこの娘は人形で、人形でしかなく、主人公の朗読を欠伸一つせず、刺繍や子犬に気を逸らすこともなく、黙って聞いてくれていたのではなかった。人形はただそこに置いてあっただけ。

 人形の声は主人公自身の心の底から出てきた言葉。では、人形の眼差しに主人公が感じた愛は、何処からきたのか。

 人形に何を感じるかは、見る人の内面次第だ。自分の心の内側に、本当に何があるのか、誰がいるのかを見るためには覗く必要があるのかもしれない。


 人形の出てくる小説、ホラー多いですね。 とポラン堂で先生方が話しているのを聞いて、あらそうかしらと思った私でしたが、怪奇幻想ってホラーファンタジーですよね、おそらく。いけない、あらそうかしらと言ったからには、底抜けに明るく素敵な人形達を紹介する責任がある。小公子、小公女で有名なバーネットの「オンボロやしきの人形たち」を、紹介しなくては。

 少し前に、人形に何を感じるかは見る人次第と書いたが、もちろんそれは、人形に心が無い場合に限られる。殺人鬼の魂が入り込めば、包丁を持って追いかけてくるだろうし、持ち主の少年に思い入れがあれば、誤って捨てられても悪意ある人間に盗まれても、大冒険の末に子供部屋のおもちゃ箱に戻ってくるだろう。またはてんで好き勝手、人形同士でただただ楽しく暮らしているかもしれない。

 シンシアの子供部屋にいたのは、楽しく暮らすだけの部類な人形達。可愛い女の子なら、持っているのを隠したくなるくらいぼろぼろの人形たち。古びた服に、折れた足、パーツの無い顔、住んでいるのはこれまたぼろぼろのオンボロやしき。新しいおしゃれなドールハウスとおしゃれな貴族人形がやってくれば、人目に触れないように部屋の隅に追いやられ隠されてしまう。

 けど、当の人形達は全てを明るく考える。古びた服でも笑顔は絶えず、折れた足で軽快にステップを踏み、手書きでヘンテコな顔で声高に歌う。おしゃれな隣人に見下されていても、彼らを見上げて素敵な人達ねと良いところだけを見て笑い合える。

 足や顔を失くした悲しみも、未来への恐怖もきちんと感じた上で、何とかなるさと笑い飛ばす古びた人形の家族の明るさは、こちらもひねくれずに受け止めなければという気にさせる。

 大団円のハッピーエンドを一度も疑うことなく読み進め、予想通りの楽しい幕切れに大いに満足して背表紙を閉じる。30分後にそうなる本、として紹介する。





 梅子さん、ありがとう。

 今年既に彼女に3回頼っているのですが、正直頼りにするたびまた頼りたいと思ってしまうのです。

 『プリンセスチュチュ』を導入に持ってくるところとか、ウッディやチャッキーを想起させるあたりも楽しい。 

 私自身、暗く、怖いみたいなイメージを持ってしまっていましたもので、そのあたりの知識不足、読書不足も痛感させられます。「何を感じるかは、見る人の内面次第」。不思議な、幻想としての奥行が人形のもつ可能性なのだとちょっと敬虔な気持ちになりました。


 こうしてこのブログを通して、近年スルーしてしがちだったイベントごとにあやかれるというのはなかなか充実感があり、ありがたいものです。

 ひなまつり当日は過ぎ去ってしまいましたが、皆さまもぜひ、本をきっかけにひなまつりを味わってみるのはいかがでしょうか。