2023年3月1日
「いらっしゃいませ」
お店に入ると店員さんが声を掛けてくれます。
「ありがとうございました」
お店を出る時にまた店員さんが声を掛けてくれます。
たった一言ですが、この言葉に時に清々しさを感じる事があります。
言葉は自分の思いを伝える便利な手段なのですが、ただの手段ではありません。
そこに思いを込める事で、同じ言葉でも、全く違うものになるのです。
清々しさを感じるのは、「いらっしゃいませ」や「ありがとうございました」という言葉に、出会えた喜びを込めているからなのです。
人はそれぞれに宿命を持っていると言いますが(正確には人の宿る魂が宿命を持つ)、その宿命が何であるのかはそれぞれに違っても、たった一つ、共通しているものがあるのです。
それは、生きている間だけ、他人と接触できるという事です。
どういう宿命を持とうと、生きている限りは、誰かに認識され、誰かを認識でき、存在を実感できるのです。
店員さんが、ただのお客さんに対して、その一瞬だけでも「出会えた」という喜びを感じ、それを言葉や表情、態度にのせる事ができれば、清々しさを感じるのです。
信じたくないかもしれませんが、人は亡くなれば、たった一人の世界になります。
「自分はここにいる」という感覚はあっても、自分以外の存在を認識することも出来なければ、他から自分を認識される事もないのです。(時に存在を感じ、感じられる事はあります)
孤独、それは亡くなれば嫌と言うほど味わえます。
生きている限りは、誰かに認識される、存在を認めてもらえるのです。
それがどれほど嬉しい事なのか、人はどこかで知っているのです。
知っているから、無視されるのがとてつもなく嫌なのです。
何も人のために生きろとは言いません。
ただ、「あなたに出会えて良かった」と思わせる事ができるような自分というものを作って行く事ができれば、本望なのかもしれません。