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『棄てられし者の幻想庭園』第9章

2018.05.23 12:00

 建物内に定刻を告げる鐘が5つ鳴る。

 と同時に、地を這う塊がまた一つ蠢いた。

アカネ 「はっ……、はっ……、はっ……。っ、こぉ、のぉっ!」

 自分の足元へと幾百と伸びて来たそれを、『闇の業』アカネは同じく幾百と繰り返して来たように無作為に蹴り飛ばす。

 室内を埋め尽くす血だまりを掻き分けるようにバシャリと音を立てそれは倒れ伏してまた動かなくなるが、 僅かに響く別の声によって再び動きを取り戻した。

アカネ 「っ……!」

 望んでいた筈の行為。遺伝子に刻み込まれた本能が求める行為。殺人。

 自分が何もせずとも供給され続けるその快楽であるはずの行為に、アカネの体は各所に不快感を覚え軋み始めていた。

シルバ 「……ほら、どうした?まだ贄はあるぜ……」

アカネ 「   !」

 肩で息をしながら膝を付くシルバの言葉に逆撫でされ、アカネは周りを見回す。

 全体が砕け、焼け焦げ、溶けて、生々しい血の海が広がる見るも無残な有様の会議室に散らばる無数の人間。誰一人として立ち上がれる者はいないものの、微かにしかし確実に、こちらへと這い寄って来る。

 それらは二丁拳銃の長髪女性であったり、金髪のメイドであったり、ホストのような長身の男性であったり。顔を見ればそれに結び付く自分との映像が過る者達。

 その存在の全ての視線がアカネに向けて注がれ、どれも苦痛に耐え抜く表情をしていた。

イノリ 「アカネ、ちゃん……」

アカネ 「っ……!」

 静寂の中では、地に伏したままでの吐息に乗った程度の微声であっても明瞭に響き渡る。ましてや対象に向けた物であれば尚更の事。

ミコト 「アカネさん……」

シグレ 「アカネ……」

メグミ 「アカネちゃんっ……」

フタバ 「アカネ……!」

コヨミ 「アカネちゃん……」

アカネ 「ぅ、あぁ……。ああぁぁぁ」

 メンバーの呼ぶ声が、アカネの耳を、脳を、全身を突き抜けて行く。

 それに困惑し、頭を抱えて狼狽える様に、数時間前までの狂気に満ちた少女の姿は大きく陰りを見せていた。

シルバ 「さあどうしたっ……!昂るんだろう、血を啜りたいんだろう、命を喰らいたいんだろう!?」

 疲弊しきった体で、それでもシルバはマスターとしてアカネの前に立つ。全くの無防備に。

シルバ 「やれよ、やってみろよ、ほら、その手で!さあ!!」

 アカネの胸座を掴み、シルバは殆ど零距離でアカネと対峙する。

 そうして揺れ続ける瞳が一線に見つめ返して来る瞳と交差した時、アカネの内側が最後の大脈を打って大脳神経から電撃を駆け巡らせた。

アカネ 「あっ……!良イ。い、やだ……。あぅ、ウ、ぁぁ……」

 ビクンビクンと、恍惚と抵抗の痙攣を起こして人と獣の間でもがく。崩れ落ちたくても逃げたくても、シルバが胸座を掴んで離さない。『闇の業』による興奮と、殺人の本能的嫌悪感と恐怖感と罪悪感とがせめぎ合う。そして、

アカネ 「はっ、はぅ、あ……、ああああアアアアアああああアアあああっっ!」

 双方が最大限に達し、絶叫と共にアカネは短剣をシルバに振り上げた。

メンバー「マスター!!」

 しかし、その刃は高々と上げた頂点でぴたりと静止したのだった。

アカネ 「……っ、…………」

 アカネの中のありとあらゆるバランスが完全に拮抗して生まれた、飽和寸前の危うい均衡による天を衝かんとする選択の時間。その場の誰もが身動き一つせず固唾を飲んでその結果を待ち、やがて、

アカネ 「~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」

 その刃は真っ直ぐ地面へとアカネの手で叩き付けられ、硬質な音を響かせながら砕けるのだった。

アカネ 「………………………、嫌だ……。殺し……た、く……ないっ……!」

 その呟きに、シルバはようやくアカネから手を離す。解放されたアカネは膝から崩れ落ち、自分を包む凍えるような冷気に身を震わせた。

シルバ 「…………どうだ。痛いだろう?」

アカネ 「……はい。絡み付いて、離れない……」

 涙を溜めた瞳の色も、身体を抱いて震えながら絞り出した声の色も、『闇の業』が覚醒していた時のそれでは最早なくなっていて。

 そこにいたのは、半ば自分の物では無い記憶と確かな人殺しの経験のリフレインに怯えるただの一人の女性だった。

 そんな、人間としての独り立ちの祝いとしてはあまりにもな時間を過ごしたアカネに、まだ立ち上がれない共にその時間を過ごした者達からも声が掛かる。

ミコト 「それが、齎した者の罪の痛みですよ……」

シグレ 「そしてそんなもんが振り撒くのが、この有様だ」

イノリ 「たまんないよねぇ、急にこんなの押し付けられたらさ……」

アカネ 「……ごめん、なさい」

フタバ 「そう思えるんなら、お前はもう100%大丈夫だな」

メグミ 「アカネちゃん、いーこいーこ、です~……」

コヨミ 「今のキミの言葉なら、きっと人の心に届く」

アカネ 「……そうでしょうか」

 優しい言葉を掛けられた所で、目の前の惨状のせいで自身に対しては疑念しか持てそうもなかったのだが。

シルバ 「私が保証する、安心したまえ。理不尽に奪う者と奪われた者、どちらにも寄り添えるキミの存在を世界は見捨てたり出来ない筈だ。悲しみを理解し、終わらせるために不可欠な、自ら苦しみを受け入れる事をしたんだ。よくやったな、アカネ」

 そう言われて頭を撫でられる。その手の温かさが伝わってくるのを感じると、疑念と自分を苛む寒さも溶けて行くような心地になり自然と涙腺が決壊してしまった。

 勿論、わんわん泣き出すような失態までは犯さない。だってもう大人だもん。

アカネ 「…………はい。ありがとう、ございます」

 代わりに、そこでアカネは気を失ってゆっくりと倒れた。少しだけ安心したように穏やかな表情で。

 それを優しく受け止めてあげてから、シルバは静かに、しかし力強く宣言する。

シルバ 「……『オペレーション・ラビリンス』、完了だ」

 そのマスターによる終息宣言を受けて、一気に空間の空気が緩んで全員がその場にぐったりと横になった。シルバ自身も、せっかく受け止めたアカネを床にごっつんさせて大の字にゴロンである。

フタバ 「いーのか、こんなんで……?」

ミコト 「当面は、ですが」

 体は動かせなくとも口は回る、だって疲れているだけだから。基本即死ばかりだったためスキルによる蘇生は大抵全回復だったのである。

コヨミ 「まあ、根本の解決には、なっていないけど」

シルバ 「一発でなってたまるか。お前達も分かっているだろう、私達が出来るのは未来の礎になる事だけだ。長い時を掛けて、人の手で理不尽な悲しみを終わらせられる世界になるように」

 苗木が根を張り、枝葉を携え、大樹となる。しかしその間に穢れ、折れ、枯れる事もある。しかしそれでも自ら生きる事が出来るよう、そのための支えとなる大地であらんが為。

 それこそが、人の世におけるギルドというものの存在意義なのだから。

イノリ 「アカネちゃんの事も、ですね。私達をきっかけに、いつかどこかで……」

メグミ 「見てみたいなぁ~、その時を」

シグレ 「ま、俺達には無理だあな」

 そして、その時にいる人類は自分達などでは決してない。

シルバ 「そう。私達は、誰も行かない敢えて苦しむ道を進むんだ。影ながら、陰の世界を……」

 全員がもう何度も聞いて刻み込んでいるその言葉はやはり重く、しかしこういう時はまた前を向き歩き出すための決意の言葉にも近い。

 そう、例えるなら映画の終わりにキャストが一斉に空を見上げてエンディング曲が掛かり出すような……。

 

 

ミコト 「……それはそれとしてマスター。疲れ果てて動けないんですけど、これどうやって収拾つけるんですか」

シルバ 「うい?」

 当然、これは映画のエンディングでも何でもないので話は続く。おかえり、現実。

ミコト 「『完全懲悪』、もう預金残高が底抜けで使えませんけど」

シルバ 「ホワット?ホワイ!?はう!!」

シグレ 「最後のはうはセルフツッコミのか?」

フタバ 「5W1Hにはならなかったと」

メグミ 「5W1H?」

シグレ 「義務教育受け直して来い」

イノリ 「今『闇の業』モードにまたなられたら、さすがにどーしようもないですね~?」

シルバ 「え~~~~~~~~~~と、だな……」

 絶対に細かい事までは考えが至らずにいたらしいシルバが寝転んだまま若干本気で唸り始めると、会議室の奥の壁、の左隅。そこから巨大な歯車が噛み合ったような重々しい音がガコンと響いた後、平らに見えた壁にスッと四角い切れ目が浮かび上がり、今度は機械音と共にその壁が迫り出して来た。

??? 「何じゃ何じゃ、情けない連中じゃの~」

 そうして人が一人通れる程の大きさの壁がウィンウィン横へスライドし切ると、その奥から満を持したタイミングとばかりにそう言って、派手な人影が悠々と姿を現した。

ソナタ 「お~ぅ、まっこと地獄絵図じゃな~」

 何故だか妙に長い黒髪を艶やかにしていたその小憎たらしい魔女は、入るなり会議室を見渡してから部屋の中央、アカネの倒れている辺りまでぴょこぴょこと移動して。

ソナタ 「にゅっふふ~。ほれほれ者共、健康優良美な儂を称えるが 良いぞ~?お代は体での☆」

 誰も動けないのを良い事に、あれやこれやとポージングを全員に見せ付けて楽しみ始めたのだった。首は動くけどその度に目ざとく発見してわざわざ回り込んでくるものだから全員、もう苦笑いしかない。そしてお代なんて払いたくても払えないしこんな押し売りに払いたくも無い。

シルバ 「ならもう好きに持ってけ~。しかしお前、やけに早いな。忘れものか?」

ソナタ 「う~わ、瀕死だと冗談もつまらんの~。う~わ、ぺっ」

シグレ 「そこまでディスる事かよ……」

 きっとこの魔女には物の価値が分からないのだろう。間違っても会計業務などさせてはいけないタイプだ。

 ひとしきりお楽しみを終えたソナタは再びぴょんこぴょんことありもしない飛び石を渡るように、入って来た場所の方へと移動しつつ話を元に戻す。

ソナタ 「残念ながらハズレじゃ。……何故か事務所前でうろうろしとっての、期せずして任務完了の報告と言う訳じゃよ~。ではでは、ご入場~!」

 ソナタがズバッと全身で全員の目線を例の入口へと向けさせ、何者かを招き入れフリを賑やかに完了させた。

 …………が。

ソナタ 「…………おや?」

シグレ 「誰も来ねーじゃねーか」

ソナタ 「おんやぁ~……?」

 本気で疑問に思っっているらしいソナタが外を覗き込むと、普通に会議室の正面鉄扉が突如バゴンと張り倒される音が響き渡った。

ソナタ 「うをぇそっちかい!!」

全員  (お前も知らなかったんかい……)

 おかげで分厚い鉄扉が開かないまま内側に倒された事へのツッコミを誰も入れられなかった。

 ちなみにソナタが入って来た奥の通路は本来有事の際の隠し通路となっている場所であり、かつてアカネが迷い込んだ地下通路へと繋がっている(アカネがギルドに入った扉はまた別物)。なのでメンバーは誰一人そこが動いたところで驚きはしなかったのだ。

 ならば今正面から堂々と入って来て逆に意表を突きまくってくれたのは誰なんだとメンバーが改めて正面入り口の方を見ると、それは誰にとっても、殊更イノリとフタバには意外過ぎる人物だった。

フタバ 「な……!」

イノリ 「え。トーコ、さん……?」

 いつかアカネと一緒に助け出した筈の被害者の女性。その人が純白のワンピースを纏い、更には大きな白い羽をその背に生やし、凡人なら飲み込まれそうになる程の異常なまでの神々しい空気を纏ってそこに存在していたのである。

 全員が呆気に取られている内に、目を閉じたままゆっくりと、しかし凛と室内へと歩を進めたトーコさんは倒れた鉄扉の上に乗ると立ち止まり、スッと目を開く。黄金色に淡く光るその瞳が倒れ伏すメンバーに更なる威圧感を与える中トーコさんが緊張の一言目を発する為ゆっくり大きく息を吸い込み、そして言う。

トーコ 「いやーやっと入れたわぁ!あ、皆お疲れちゃん!若者たちは初めまして~!!」

 めっっっっっっっっっっっっっちゃ明るい声で子供みたいに飛び跳ねながら。

 もう訳が分からんと言う状態でメンバー一同誰かの二の句を待ったが、やがてシルバが勘付いた。

シルバ 「……あ、お前神か!」

六人  「神!?」

 それもそれで予想外だったが。

トーコ 「神でぇ~っす!ドッキリィ~、大成功~☆」

 こっちはこっちで言いながら横ピースである。

 だがしかし、ここに至ってもシルバが茶化す様子の無い事からメンバーはこれがマジであるという認識に至る。そして何故かそれが分かったらしい神とやらはそのまま説明を始める。

トーコ 「あ、今はこの人間の体ちょび~っとレンタル中なのね?いや~何か知んないけどこの人降臨適正上がっててさ~」

シグレ 「それは、天命教のせいか……」

ミコト 「無駄じゃなかったですね……」

 あの出鱈目黒魔術組織の行為がこんな事に繋がるとは誰が想像しただろうか。もしこの状況を知ったらあの教祖が悦びで空まで飛んで行きそうである。

トーコ 「長時間人界に顕現するのは疲れるから大助かり。で、私の眷属天使ちゃんが5日前お散歩中にこの辺に引き寄せられちゃったらしくってさ?昨日帰って来たんだけど、どうやらこのカフェにも来たらしいんよ」

フ・イ 「あ」

ソナタ 「空白の3日間でおんしら、コソコソカフェで何かやっとったようじゃの~?」

 アカネの母親から情報が得られるまでの3日間、実の所もう一つの事件が起こっていたのだがそれはまた別の話。

トーコ 「ほしたら、その子からウチの銀ちゃんがま~たウチの力で新しい子を囲ったって聞いてさ?」

シルバ 「言い方!あと銀ちゃん言うな!!」

 万屋の男はそういう宿命でもあるのかもしれない。

トーコ 「最近ご無沙汰だったし良い機会だからギルドの様子でも見たろと思って来たら、なーんか表からでも物々しい空気してんじゃん?さてどこまで干渉したろかと考えてたら魔女ちゃんが来てさ~。話を聞いてこうして冷やかしに来たって訳☆」

 てへぺろり。

コヨミ 「神、軽っ……」

ミコト 「茶目っ気を超えて、チャラいですね……」

トーコ 「ちゃらりー、神様しょっく~♪」

 ドヤ顔で言った神のこの最後の冗談には全員が首を傾げ、神は若干本気で凹む羽目になった。

ソナタ 「……ま。かくして、『オペレーション・ゴッドオンリーノウズ』はあっさり完了な訳なんじゃよ」

フタバ 「神様探し、って事か。成程、ソナタさん向きっすね」

シグレ 「ああ、そんな捻くれたオペレーション、捻くれた奴にしか出来ないからな」

イノリ 「私達には無理だね、ピュアだから」

メグミ 「逆立ちしても無理~」

ソナタ 「おいこらお主等。特にそこの腹黒メイド、どの口が言うか」

 少しずつだがいつものギルドの空気に近付きつつある中、神がアカネに目を留めていた。

トーコ 「ねー銀ちゃんよ、この子があのその子なのかい?」

シルバ 「指示語が忙しいな、あーそうだよ」

 上体を起こしつつ生返事のシルバ。一旦抜けた力はそんなにすぐには全身に戻ってはくれないらしくまだその動きは鈍め。

トーコ 「へ~え。なかなか可愛い顔してそーじゃないかなぁ?」

 倒れているアカネの顔を見る為に神がアカネの額に手を伸ばす。

シルバ 「   、待っ!」

トーコ 「え」

 それに気付いたシルバが咄嗟に声を上げるが時既に遅し。

 神がアカネの前髪に触れた瞬間、アカネの全身を一瞬白い光が包んだと思ったらそれが一気にバリンとガラスのように砕け散り霧散して行ったのだった。

トーコ 「あ」

シルバ 「やりおった……」

シグレ 「な、何だ?」

 あちゃー、と顔に手を当てて項垂れるシルバに代わってミコトが引き継ぐ。

ミコト 「『原初への回帰(クロストゥオリジン)』。マスターの『覚醒』で生み出したスキルを回収する神スキルです。マスターがソナタさんに頼んだ、最後の切り札ですよ」

ソナタ 「早い話が、アカネの『精霊の盾』を触れるだけで無効化させたって事じゃな」

ミコト 「話には聞いていましたが、『精霊の盾』ですら本当に一瞬とは……」

 その説明でほぼ全員にある疑問が浮かぶが、

シルバ 「出来れば使いたくなかった……ってか、もう使う必要は無かったのに。アカネちゃんへの対応の順序がめっちゃくちゃじゃないか!」

 シルバが珍しくちょっと本気の怒り方を神に向け始めてしまったのでそれを言い出すのを誰もが躊躇ってしまった。

 そしてその神も神で。やっちまったらしい何かをしばらくは明後日の方を見て誤魔化していたが、

トーコ 「いや、めんごめんご。お詫びとして回復くらいはしてあげるからさ」

 そう言って一呼吸入れてから神が指を鳴らしアカネ以外の全員が優しい緑の光で包まれると、一瞬で全身から疲れも汚れも何もかもの悪い物が消え去っていた。メンバーそれぞれが飛び上がったり体を動かしたりしてその全快具合を確かめる。

フタバ 「マジか」

メグミ 「ふわ~」

シグレ 「反則だな……」

 起きた現象としてはおおよそミコトのスキルと差は無いのだが、メンバーが驚いたのはそれを見る限りノーリスクでかつ同時に複数相手に行ったという、明らかに質量保存の法則から外れたその完全上位互換っぷりに対するもの。それは人の世の理から外れたギルドと言う世界での数少ない理の一つであるはずなのだが。

シルバ 「そう、反則だ。こんなのほいほい使われたら人間社会が崩壊する   。はあ、もういいや……」

 確かちょっと前にこの神と結構な舌戦を繰り広げたっぽい話を全員聞かされたはずなのだが、何だか色々面倒になって神への説教を諦めたらしい今のシルバはそれと同一人物なのかそこそこ疑わしい  。神はなかなかの気分屋らしいから対応としては正しいのかもしれないが、そこはギルドマスターとして頑張って欲しい感もメンバーとしては無いでは無かった。

トーコ 「あー子供達よ、勘違いしないで欲しいんだけどね?神だけどあくまで、私は銀ちゃん達の決めたルールに乗っかってちゃーんと動いとるんよ。今回だって私のスキルなら一発で解決するのにそうしなかったでしょ?」

 まさかのその神からのフォロー。一応神様なので案外慈悲深いのかも知れない。

トーコ 「魔女ちゃんから聞いた時にはそれで上手く行くのかって心配だったけどねぇ。しとしとぴっちゃんする夜中に魔女ちゃんとこそこそ神界に向けてこの様子を生配信してたら案外ウケちゃって。それにこっちはマジウケたんだけどさ~」

全員  「配信!?」

 まさか過ぎるワードにシルバさえもツッコんだ。

トーコ 「いやだってただ見てるだけのこっちの身にもなれって話じゃん?」

ソナタ 「雨の中ほぼ5時間待ちじゃったしの~」

全員  「お前もかい!」

 だからあんなに良いタイミングで入って来れたのか、という結論に至る。そしてソナタの髪が妙に艶めいていたのは雨に濡れたからだったらしい。

トーコ 「神界チャンネルで430万柱視聴する異例の大ヒットだったよん。それにほら、神様にも活動報告的な?そゆことしなきゃなんないとこあんのよ、眷属いたってな~んにもしてないんじゃ神格落ちちゃうし。心配せんでもキミらの事が神界から人界に伝わったりはしないから。ぷらいばしぃは大事にするよ~、神様は」

 430万もの神クラスの存在に覗き見されるプライバシーとは一体。

トーコ 「でもさすがウチの銀ちゃんだよねぇ。まさか人間の殺人衝動を対象の幼さに目を付けてわんこそば方式で解決するなんて。神じゃあ思い付きもしない斬新さだったよぉ、うんうん」

メンバー「…………。え?」

 神の不意の発言にシルバ以外のメンバーが一様にキョトンとし、その事にまた神も意外そうな顔になる。

トーコ 「ん?おいおいまさか、『闇の業』にキミ達人間との素敵な思い出の記憶や絆とやらが感動的に打ち勝ったとでも思っているのかい?だとしたら随分とおめでたい脳ミソだねぇ」

シグレ 「いやいやいや、その為にこの1週間のエピソードがあったんじゃなかったのかよ!?」

コヨミ 「さっきも、仲間の絆の力みたいなシーンありましたよね?」

イノリ 「あと何か、私達の知らない所でアカネちゃんの心の葛藤とかあった気もするんだけど!?」

 本当にあったかどうか気になる人は、前回の断章を読み返してみよう!

トーコ 「そんなの関係無いだろ。『闇の業』の人間レベルでの対処法は、欲求と衝動を超える殺人を一気に経験させて拒否反応を起こさせ、自滅させることだ。腹いっぱいの胃に強引に食い物を入れ続けて内臓を破壊させるようなもんだね。この人間はそれこそ幼児だから器も脆いし、赤の他人でも精々2000も一気に殺せば収まったろう。キミ達人間は腐るほど繁殖してるのに倫理だとかいう下らない物に縛られて滅多に実行しない方法だがね」

 2000人と言えば、小さな町なら全員が消えるレベルである。どんな国であれバイオハザードとして取り上げられてしまうであろう事態であり、そんな事どんな組織だって許可するまい。

 そしてそんな提案を更って言ってのけるこの神は、やはり神であるらしい。

トーコ 「だからこそキミらにしか、私の眷属であるキミ達にしか出来ない方法としてちょっとは誇らしく思ってたんだけどさ~。……って言うか、そもそも銀ちゃんはそう説明したんじゃなかったっけ?」

 確か『オペレーション・ラビリンス』の発令前、そしてアカネへの解説の際にそういう話は間違い無く出てはいた。いたけれども。

ミコト 「それは体面上と言うか、そういう体で実は心に訴えかける的な物なのではなかったのではないのですか?」

コヨミ 「解説してたミコ姐さんですらそういう理解だった!」

イノリ 「どうなんです、マスター!?」

 話を振られて、一層頭が痛くなっていそうなシルバがはぁぁ~と深い溜め息をつきつつ。

シルバ 「神よ、仮にも俺らに寄ってるならもう少し愛のある見解をしやがれ。そしてお前達も、私が説明した以上でも以下でもない。狙いと概要は神の言った事で大した相違は無いが、そこにアカネと私達の関係性に期待していた事も嘘では無いのだよ。上手く作用すればそれで良し、しなければしないでひたすら地道な作業になるだけだ。今回はファンタジー作品よろしく割と上手く絆や記憶が作用してくれて助かった、と言う感じだな」

 『幻想庭園』などという名前の組織な割に、そこまで妄想めいた手法に頼り切っているわけではないのは元刑事だからか。それでもそういうキラキラした部分を否定しないのも人間らしいと言うか、中二病めいていると言うか。

シルバ 「それに言ってしまえば、直前に使った『希えばこそ』の影響もあったんだがな」

メグミ 「ほえ?」

 確かおまじない感覚で使っていた気のする合体スキルだが、関係して来ると思っていなかった二人は面を喰らっている。

シルバ 「あれは不可能に限り無く近しい事象を可能にする代わりに、その達成過程の難易度を上げるスキル。逆に言えば、目的達成の為の手法がキツくてヤバい程成功率が上がる。神に頼らなかったのも、殺人に対する人間的な心の揺らぎという不確かな望みを要素の一つとして盛り込んだのも、R18どころじゃない方法での解決を用いたのもそのためだ。ま、その前から手段自体は大体決めていたんだが決め手になったってところか」

 一応はスキルの特性を知っていたメグミとフタバではあったが、さすがにそんな所に噛んでいたとあればこれからは使用を若干控えようと心に決めたくなっていると言った表情になる。

 努力無くして結果無し。ある意味最も理にかなったスキルかも知れない『希えばこそ』だったが、それが神によって齎されたスキルというのも何だか皮肉めいているようだった。

トーコ 「ヒトとは自ら望んで苦しむことが出来る唯一の生物。そんな事をあの子も言ってたっけねぇ……」

 大き目の瓦礫の上にぴょんと居座りつつ、神もいつかを思い描き意味深に微笑む。

 シルバはここで大きくパンパンと手を鳴らし、ここでの話を強引に打ち切った。

シルバ 「さ、もういいだろう。そろそろお姫様を天蓋付きベッドに運んでやってくれ。私はここをどうにかしておくから」

 未だ気を失っているアカネを指され、メンバーもそれ以上は言及する事無くアカネを連れて、ミコトとソナタ以外は会議室を出て行くのだった。その際、誰がアカネを運ぶかという事で一悶着あったが、結局『持てる所を全員で持つ』という事で、アカネは狩られた獲物よろしく頭と四肢を支えに胴上げされる形で大の字に運ばれて行く羽目になったのだが、それを本人が知る事は終ぞ無かった。

 

ソナタ 「……ところでマスターよ、『生命判断』で刈り取った因果はまだそこにあるんじゃろ?」

 特別何の道具も使わず本当に純粋に瓦礫やごみを片付け始めたシルバに、ソナタは特に手伝う素振りを見せず何の気無しそうにシルバの鉄の爪を指して尋ねる。

シルバ 「ん?ああ。『精霊の盾』に効くかどうか試したかった所だったが、反射してどこにどう飛ぶかも分からなかったから迂闊に使えなかったしな」

ソナタ 「ふむ。ミコトの預金残高は尽きたそうじゃが、それでどーやってアカネの殺戮の精算をするつもりなんじゃ?」

シルバ 「え」

 流石に自分が死んでいたら自分の死の因果を刈り取る事は出来ない。かと言ってミコトの『完全懲悪』もミコト自身の預金残高が尽きている場合は使用することが出来ない。

 その場合、理屈では無関係な第三者に対して死の因果を解放すればいいだけの話なのだが(空撃ちは発動もしない為不可能)、それはギルドの矜持に反するために選べない方法な訳で。だからと言って別の事件が起きた際にこの殺戮の因果まで上乗せしてその使うべき相手に叩き付けてしまうのも道理に合わない、何せ数百回分の因果である。

 つまるところ、と言うよりそもそもいつも通りシルバ自身がこの因果を受けて帳消しにするしか無く、ミコトの預金残高が無い以上その分を然るべき補填をとあるところからしていただく事になる訳なのであるが。

ミコト 「国が傾かないと良いですね?」

 秘書として黙ってごみ掃除に付き従っていたミコトがサクッと言い放つ。シルバの持っていた使用済みグレネードランチャーが急に重量を増した気がして、その場に一度どっこいしょとばかりにそれを下ろさざるを得なかった。

シルバ 「……何百回分死ななきゃなんないんだろうねぇ?」

ミコト 「調子に乗るからですよ。ご自分でお決めになったのでしょう?敢えて苦しむ道を選ぶ、と。有言実行でお願いしますね」

シルバ 「あい、分かってます。分かってますとも!」

 ちなみに。溜まった因果を一気に解放するリベレイションだが、例え一つ目が即死級であったとしてもシルバに意識がある限りは次の物も感じ、喰らった因果を順序良く喰らわせてはくれるもののそれは機械的でありほぼ零時間。

 要するに、数フレームの間に即死級の攻撃を数百発シルバは喰らいその全てを体感させられる羽目になる訳であるが、シルバ的にも前代未聞のチャレンジでありどこまで意識を保っていられるかは定かではない。もしかすると全部をしかと認識するまで肉体は死んでも強制的に意識だけは保たされたりするのかもしれず、今の所どうなるのかはまさしく神のみぞ知る、である。

 ソナタのすぐ横でニヤニヤしている、この神のみぞ。

トーコ 「まあ今回は銀ちゃん達も体張りまくりの頑張ったで賞って事で、ミンチになっても特別に蘇生してあげる!だーいじょぶ。約束通り、干渉はここまでにしといてあげるよ~」

シルバ 「それはどーも。慈悲深き神様であらせられてわたしゃ嬉しいよ」

 いつかのアカネの時のようにミュージカルよろしく大仰に、しかし挑戦的な顔で神へ魅せてみせるシルバ。

 それに対する神の態度は、全く持って飄々として軽々しいままであったが。

トーコ 「うむ。これからもちゃーんと見ていて『は』あげるから。ま、頑張りやー」

 その刹那の瞳の妖しい輝きを見極められたのは、やはりこの場でただ一人だけだった。

 そうしてヒラヒラと神に手を振られ、ざっと会議室の瓦礫を片付け終えたシルバは部屋の中央で正座になり、覚悟をいったんは決めて大きく息を吸ったもののやっぱりちょっとアレだなぁ的な感じで緊張を崩し、また覚悟を決めては躊躇って~、という流れを数回繰り返した後、足の痺れとかも手伝って来たのでその手をいい加減どうにかこうにか自らの胸に当てがった。

 どんなに立派な志を持っていたとしてもそこはやはり一介の人間。これくらいの逡巡は許して欲しいし、踏ん切りが軽かろうか重かろうがやる事はちゃんとしてるんだから良いじゃないかと、誰に言い訳するでもなくちょっとだけ思ってから、解放の言葉をグッッッッと言い放った。

シルバ 「ジャッジメント・リベレイション!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後のシルバの提出した記述曰く。

 

『体が裏返ったかと思った』

 

 だそうである。