―日本文化に及ぼせる神道の感化―
神道は、嘗て偉大な宣教者を出した事がない。政治生活の騒櫌を捨てゝ、神社の静寂に引き籠ろうとした天皇も無ければ、又神道が有益な知識の伝播者になった事も決してなかった。日本人は全体的に見て、深い形而上学的思索に適した国民ではない。……日本人は中国やインドの深遠な思想を、教えられた侭に受け入れ、一度も之を自分で徹底的に考え直してみる労を取らなかった。……そして直ちに之を一般化して、以て実際的効用を有する行為の原則と変じた。その発祥地に於ける理想は、最早この島国日本に於ては理想ではなくなった。思うに我等日本人は、眼前に形あって触れ得るゝものを喜び、真昼の陽の光をあからさまに見え得るものを愛する国民である。我々の歪み難い性向は決意断行に在って、熟慮・平穏の反対である。
元来、神道そのものが現実主義的なものだから、斯く外来思想に於ける思索的、神秘的概念の普及を阻止したのである。日本人は、中国印度の思想を既成品として受け入れ、これを分析方法に依ってゞはなく、本能的反応によって修正し、これを神道が日本人に深く刻み付けた心の鋳型に合うように、潜在意識的努力によって、或る部分はこれを強調し、又ある部分はこれを軽視したのである。そして、仏教も儒教もその発祥地に於けるよりも、一層実際的になり、又一層日本の創造的進歩に適するものになったのである。仏教はインドに於て死滅し、儒教は中国の於いて形式主義に堕してしまった。併し、日本に於ては神道の創造的感化力により、この二教は同じ運命に陥る事から救われたのである。
神道の考え方によると、物質は物質自体に根差すものでないという意味に於て、物質には根本的な物質的実在性がない。併し、物質及び物質的存在は、神霊の現実的な様相として実在性を有している。まことに物質は神霊であって、精神的幻ではないのである。客観は神道では神霊そのものであって、非実在的なものではない。客観は神霊の創造的発展力によって、物質化された神霊である。然るに本来の印度仏教では、個人及び物質の客観的宇宙は幻覚に過ぎない。仏教のこの一面が強調される時、厭離の念と寂滅無為とが心を支配してしまう。何となれば、もし人が自分をも人間生活をも、物質生活的進歩をも実在と認めなければ、努力する効もなくなるからである。神道の現実的考え方は、何故仏教が日本に受け入れられたかの理由の中に明らかである。
「仏教は初め、彼岸への憧憬を満足させる為に、日本人に採用された。」…霊的交通と救済の思想とが…仏教の極楽に於て親族同胞と共に享受し得る永劫の生命の約束として、この国民に訴えたのである。神道は決して、人生哲学になった事はないから、斯かる自覚的憧憬を満足しなかった。日本仏教では、減我という事が幾ら教え込まれても、普及し得なかった。何となれば神道の創造的精神が、個性は実在なりとの考えを、潜在意識に永久に植え付けてしまったからである。因みに比叡山には、潜在意識的神道の影響を受けた天台宗に、その神を発する八宗にその源を有する八宗派の始祖の彫像に囲まれて、伝教大師の彫像が立っている。その八宗派中には禅宗・浄土宗・真宗があり、これらは独立に発達した。真言宗と共に、日本近代仏教の最も進歩的な宗派に属するのである。
九世紀に於て高野山に真言宗を建てた善知識弘法大師は、仏教と神道とを融合せんとした。斯かる運動は全て、全包括的又永久的な融合の基礎を発見し得ずに終ったが、それでも尚、神道は少なからぬ影響を及ぼしている。弘法大師は、各個人の肉体は其の侭、仏陀であり、修行に依って発展するものと主張した。人は神なりとする神道原理が直観的に、この考えに影響しているのである。高野山は生ける実在についての、神道的直観に呼応せる、神道主義及び進歩的教理の中心地となった。十三世紀に於て、親鸞上人は真宗を興し往生極楽には宗教的題目を繰り返す必要はなく、それは摂取不捨の阿弥陀仏の本願を信ずるのみで、自らにして来るものと唱えて、法然の説をその神学的極点にまで推し進めた。
仏陀によって、我々に与えられた救済は、疑念なく無条件に承認され、信頼されるべきものであるが故に、我々は之が為に努力も、修行も、新生もする必要はないとする点に於て、親鸞の宗教は、一種の自然主義と称し得る。……我々の運命は全く仏陀の掌中にあり、彼の本願に現わされたような、衆生済度の計画の中に含まれている。否、それどころか仏陀は既に、永劫の苦に衆生を彼の極楽に迎い入れる計画を完成しているのであるから、我々の救済は予定され、殆んど完成されたも同様のものでる。……「仏陀の名号を唱える」事は極楽到達を期待して、寧ろ彼に感謝する為よりも、寧ろ既に完成された、仏陀の本願を想い出す縁に過ぎない。
(43 43' 23)