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SAIJYU Days

方言のこと

2018.05.16 08:13

私の父は、沖縄出身だ。

私の母は、女川出身だ。

そんな二人がひょんなきっかけで知り合い、結婚をし、夫婦となった。

父は、沖縄から出て来てから溶接工として各地を仕事で転々としてきた。

母は結婚後、父と共に福島県へ。

浪江や富岡などに住んだ。


父の方言は沖縄の方言

母の方言は女川の方言


言葉の壁はだいぶ高い。

故に、比較的家庭内では方言は出てこなかった。

父は努めて標準語に近く、母も、関東に本社のある会社に勤めていたため、やはり方言はあまり使わない。


そんな二人の子供である兄は、やはりそんなに方言を使わない。


兄は母が言葉を教えたのと、2歳ごろまで福島の新興団地にいたので(当時原発の建設などもあり様々な土地から集まって来ていたらしい)そんなご近所さんの中で育ったのも影響してか、あまり方言は使わなかったらしい。

問題は私である。


✳︎鈍るのと方言はまた別物✳︎

私が母のお腹の中でぬくぬくと育っていたころ、宮里家は福島から母の実家である女川へ引っ越した。

母は1歳の頃心臓が弱かった父親を亡くし(私の祖父)、以後母子家庭で育った。

女川には当然、祖母が一人で暮らしいていた。

父は単身赴任となり、私が生まれる。

その後、私が9ヶ月くらいのころ、母は結婚前に勤めていた職場に頼まれたので戻り、私の事は祖母が育て始めた。

方言の英才教育である。


雄勝町水浜出身の祖母は、20代半ばで女川に来てから、どこにも出てない。

他所の土地で暮らさず、他所の土地の人ともそんなに関わる事なく生きてきたため、祖母との会話はおそらく、ほぼ方言で構成されていたのかもしれない。


私はおそらく同じ年頃の人よりも方言に強い。

それは、祖母が連れて歩くので、祖母のお友達に囲まれ、彼女たちと話すうち自然と身についたのだろう。


その方言スキルは幸いなことに、その後FMで存分に活かされた。

しかし、そこで方言スキルが生きたのでよかったと思うのだが、それまでは母に良く注意されていた。

汚い言葉を使うなと言われたこともあるし、兄との違いを嘆かれたこともあるw


私は方言が好きである。

暖かい、柔らかい、土地ならではの言葉

普通の言葉では笑わない事も、方言で話す事で笑いになる事もある。

適切な感情表現も可能だ。

全国的に有名な「いづ(ず)い」なんて特に顕著に現れる。

「あー、なんだかしっくりしないなぁ」

「変な感じがする」

というより


「いづい」

と一言で済むのだ。

実に便利な方言。

もはや、標準語に組み込んだ方が良いのではないかと思うほどだ。


他にも好きな方言がある

響きが可愛い

「してこび」これはおでこのこと。

体の部位は、理解していないと完全に何をいってるか分からない

ぶのごど

し(ん)じゃかぶ

おどげ

くぴた


上から

後頭部


冬が近づき寒い日は、しゃしゃする

しゃしゃっつい [ひやひやっつい]


ラジオでも度々話していたが、inがよくつく。

ing ではない、in。


あがいん(食べなさい)

いがいん(行きなさい)

はいらいん(入りなさい)

あがらいん(上がりなさい)

ございん(来なさい)



短縮することも


け(食え)

く(食べる)

しゃね(知らない)

しゃれ(去れ)


怒ったように聞こえる

口の悪いおじさんはよく人のことを


いす と言う。

いすら

うぬ

うぬら


うの

なんて、うちの祖母は言ってた。

思うに、いす(お前)うぬ(てめぇ)と語気次第だけど、怒りレベルでも変わるのかもしれない。


でも、ただ、口が悪いだけの気持ちは優しいおじさんは

「いす、さがな 、もってげ」

なんてお魚くれたりする。

この時、小さめのボウルなんか持っていくと

「ばがっこの!どごさもたんねーべ」

と、ちょっと怒られるが、ビビることなかれ。

おじさんは優しいのだから(*´-`)



と、ここまで方言について書いたけど、このネタは沢山あるので定期的に書こうと思う。


しかし、今日はいぎなりあづくて、まぐれっかどおもった(今日はすごく暑くて、具合悪くする(倒れる)かとおもった


んでまず。