シーボルトのお星さま
「ふぃりっぷ・ふらんつ・ばるたざぁる・ふぉん・じーぼると」
それがその人の名前。
私ももはや記憶力が危うい年齢に差し掛かっているけど、外国人を見るのも初めて、外国語を聞きなれない人からしたら混乱の極みだったろう。
と、これは小説の中の人物像で実際のところはどんなだったかなんて知る由もないんだけど、
今まで手を出したことのなかったジャンルの時代小説にハマっているこの頃。
その一つ『先生のお庭番』の先生とはシーボルトのこと。
園丁として雇われた熊吉は「しぼると先生」と呼び、シーボルトは熊吉を「コマキ」と呼ぶ。
外国人の先生と、日本人の奥方、お付きのオルソンとの交流を通して見るひとつの日本の歴史。
庭好きが高じて読み始めた物語だったけど、次第に長崎という土地と歴史のほうに興味が移っていく。
で、行ってきました長崎、シーボルト記念館。
雪国から南国へ…アジサイの葉ももう出ている、桜もほころび始めてる…
3月上旬の長崎で見頃なのは椿の花。
すらりと背の高い木が多かった。
雪がないところらしく木々にはびっしりと着生植物が…
と、植物のことはまぁこのくらいにして、シーボルトの星を見てみようと思います。
類稀な才能を持ちながら、異国の地で数奇な運命を辿った水瓶座の人。
ドイツに生まれオランダを経由し医師として亜細亜に渡りついに日本にやってきた。その真の目的は博物学の探究とも。
さすがに小説だけで人物像を推定するのは気が引ける…というわけでもないけど、「長崎を知る、遊ぶ」がテーマのご当地マガジン(?)『樂 らく』のシーボルト特集号を買ってきた。
そこに、ちゃんとした研究者である宮坂正英氏の思い描くシーボルト像が端的な言葉でまとめられていて、なんとも強引だけどホロスコープに見事当てはめられそうだ。
非常に野心があり、自信家で、情熱家。少し変わっていて、これと決めたことにはとことんのめりこんでいく。個性の強い魅力的な人物だったのではないでしょうか。
「野心」というと現代では山羊座の代名詞だけど、人にわかりやすく伝わるのは明るい天体や火の性質というところで、「少し変わっ」たところのある射手座の火星から「情熱」が飛び火して水瓶座の太陽の「個性」を輝かせる。
土星が「これと決めたこと」が月を刺激しまた射手座の火星を煽って「とことんのめり込んでいく」。
ハードアスペクトがその人の輪郭をはっきりと際立たせていく。
まだ発見されていないどころか存在すら知られていなかったであろう冥王星が、太陽とコンジャンクション。
シーボルトの太陽と冥王星は水瓶座の後半度数にあるけど、今年2023年には、冥王星が発見されて以来、私たちが生きてる時代の中で初めて水瓶座に入っていく。
もしかしたらシーボルト以前の歴史を見ていくことで、これからの時代を生きるヒントが見えてくるのかもしれない。
私にそんなところまで読み解くチカラがあるのかどうか…
太陽/冥王星は射手座の火星とスクエアになっている。勢いはあるけれど、目的をどう果たすかは、作戦もきちんと練っておかなくちゃならない。
星を読むにも落としどころを見つけておかなきゃならない…
角度はズレるけれど柔軟宮にオポジションのクロスを持っていて、運命に翻弄されるさまを映し出しているよう。
渡航の際に持ち出し厳禁のはずの地図が見つかり、スパイ容疑をかけられたのが「シーボルト事件」と呼ばれるもの。協力者と思しき人々は捕らえられ拷問を受け亡くなったり、シーボルトは真実を語らぬまま、そのまま日本への入国を禁じられることとなった。
小説の題材も「庭」であったように、日本の植物への関心が高かったシーボルトのこと、地域により異なる植生やその地形、そして日本という国の全体像を知りたいから、自分の夢や探究心を満たす、とても個人的なものだったんじゃないかなぁなんて、獅子座の私は思うのだけど…
発見されたばかりの水瓶座の支配星、天王星は逆行で乙女座にあり、土星とタイトなスクエア。
特権的な立場にありながらも、同じ出島の外国人や日本の特権階級の人たちと好んでつるんでいる感じは小説の中にはなく、下手なオランダ語を喋ろうとする者を嫌った。女郎上がりの妻のお瀧との心のつながりを大切にし、医学生ら外国の文化や技術を熱心に学びたいものたちを受け入れた。
しかし、個人の自由な好奇心のためにルールを逸脱したことに対する制裁はあまりに重すぎた。
それでもヨーロッパに戻ってから日本の博物誌に関する書物を発行したり、研究を続け、その情熱は衰えることがなかった。
時代が変わって再び日本の土を踏むという悲願を達成することにもなった。
宮坂氏の研究の拠り所はシーボルトの書簡。
筆まめで下書きまでとってあったらしい。
欧州の家族や日本に残した妻お滝宛の手紙がたくさんある。
夢を追い続けるところや、自分が愛する者への惜しみない愛情表現は魚座の金星/水星っぽいのかもしれない。
そして、大きな事件を起こし国外追放となっても、決して日本を嫌いになることも意気消沈することもなく、日本についての書籍をしたためたりヨーロッパ各地に日本という国を紹介したり。
オランダにもシーボルトの博物館があるそうで、日本の記念館とは比べものにならないくらい立派な資料が残っていそう。
咲いている「おたくさ」も、いつか見てみたいものだ。