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【宮崎県】【都城市】【山之口町】【リラクゼーション】【癒し】【アロマトリートメント】〜癒し処〜Kuʻu Punahele 【クウプナヘレ】

私がナゼ福祉ネイリスト になろうと思ったのか

2018.05.16 22:02

おはようございます🌞

 

Kuʻu Punahele(クウ プナヘレ)の

くろき ゆかりです。

 

今回は、なぜ福祉ネイリストになろうと思ったのかを書きたいと思います!

 

もともとされるのも、するのも好きだったネイル💅

ネイリストという職業に憧れも抱いていた私。

でも結婚し、子育てをしながら資格を取るなんて

熱しやすく冷めやすい私にとっては続かない・・・と

尻込みをしていました。

ところが、ある日お友達のSNSで 福祉ネイリスト という活動があることを

知りました。

その内容を見ながら、私が10代の頃に祖母が入院していた時に

美容師のお友達(ふかっちゃん)が病院で髪を切ってくれて祖母が

すごく喜んでいた笑顔を思い出しました。

女性はいくつになっても、どんな状況であっても綺麗にされると嬉しいんだなと。

 

私の実家は農業を営んでいて、小さい頃から、祖母や曾祖母と過ごす時間も多くて。

おばあちゃんの作る煮つけが美味しくて美味しくて・・・

かぼちゃの煮つけでよくした、なんちゃって卵かけごはん😂(色が黄色いから)

すぐ泣く私に、「そんげ泣いちょると、本当に悲しいときに涙が出らんくなるが~」

と言ってくれたおばあちゃん。

小学生の時にパーマをしたくてお母さんからは反対されたから

おばあちゃんの行っていた美容室に連れて行ってもらい、しれっとかけてもらったり・・・笑

白いご飯にイチゴジャムをのせて(おはぎ感覚?)食べていたのには、幼いながらにもビビったけど😂

私は、おばあちゃんっこでした😌

 

けれど、祖母は早くから老人ホームに入ることになり、祖父もしばらくは

父と母が自宅で介護をしていたけれど、祖母と同じ施設に入れることになり

祖父母とも夫婦で施設に長くお世話になっていました。

毎日のように顔を合わせていたおじいちゃん、おばあちゃん。

施設に入ってから、しばらく経って、

私が結婚した時に、主人を連れて会いに行きましたが、よく分かっていない感じ・・・

ひ孫を連れて行っても、よく産んでくれたねと、自分の息子のお嫁さん(私の母)と勘違いしたり・・・笑

おじいちゃんは、毎回泣く・・・笑

そんなこんなで、私の事わかるかな?何話したらいいの?混乱させないかな?

と考えるようになり、会いに行くことに抵抗を感じ、徐々に会いに行く回数も

減っていきました。

おばあちゃんは、おととし亡くなってしまい、もっと沢山会いに行けばよかったとすごく後悔していたので、福祉ネイリストを知り、ネイルサービスを通じて利用者さんはもちろん、

そのご家族の方にも会いに行くきっかけも作れると思いました!

ネイルをご家族からの贈り物にできたらすごく素敵だな✨

と思い、資格を取ろう!と思いました。

 

が、しかし・・・😨(続く)