三のつく作者の本を読もう
こんにちは。
熱くなったり寒くなったり、気温差が激しい毎日です。雨も多くなってきておりますし、全国的には咲き始めているという桜についても気になるところです。
ポラン堂古書店は夙川という桜の名所にございますので、来週以降の天候にはお店も多いに左右されそうですね。
そんな3月後半、世間はWBCで大いに賑わい、ドラマやアニメの最終回も続き、学校は卒業シーズン、会社は人事異動のシーズンでとにかく盛沢山です。
ブログテーマについてもあやかろうと思えば、何にでもあやかれる話題豊富な3月。
さて、となったところでもう表題に書いてしまっておりますが、今回のテーマは、「三」のつく作者の本を読もう、です。いやいや、と思われてしまうかもしれない。しかしふと思いつき、考えてみるとどんどん思い浮かんで面白かったのです。
去年の山の日を「山」のつく作者で、と特集したことがありました(8/10更新分)がその第二弾と言ってもいいでしょう。
では皆さま、何名思い浮かびましたでしょうか。
今回は少し趣向を変えて、「三」で思い浮かんだ作家の作品を、3作選んで読んでみました。どれも今月初めて読んだものですが、すごく面白く、満ち足りたものでしたので、どうぞこのまま紹介させてください。
三島由紀夫『夏子の冒険』
三がつく、をするのであればこの方は外せないの筆頭でしょう、三島由紀夫さんです。
大学時代、とある文藝の授業を受ける中で、誰かが「文章の巧い作家」について質問したのですが、「三島由紀夫」とその先生が即座に返されたことが記憶に残っています。当時の私は三島由紀夫どころか今愛読しているほとんどの作家を読んだことがなかったのですけれど、その授業の後に初めて三島由紀夫の文章に触れたとき、本当に、洗練された文章力に度肝を抜かれました。
とはいえ、我らが先生(ポラン堂店主)にこれは読むべしと勧められ続けている『豊穣の海』も未だ手付かずな私なのですが、三島さんと言えば一冊で終わる作品の数も相当なものがあります。
今回紹介する『夏子の冒険』ですが、とっても軽やかで読みやすく、可愛らしく、痛く、楽しい。
自由奔放で、あけっぴろげな夏子ですが、どんな男性も彼女を満足させる情熱は持っておりませんでした。退屈な俗世に愛想が尽きた夏子が家族へ「あたくし修道院へ入る」と宣言し、物語が始まります。家族は嘆き悲しみますが、一度言ったら聞かない子とわかっていますので、函館の修道院へ夏子、そして見送りの母、叔母、祖母で向かうことになります。
しかし道中で夏子は青年・毅と出会います。ある理由から一匹の熊を殺すことに執念を持つ彼の瞳に、これまでにないほど惹かれた夏子は、母叔母祖母(どうしてもこのように並べたくなる素敵な三人です)をおいて彼についていってしまうのです。
画像は2017年角川文庫の「カドフェス」で刊行されたスペシャルカバーです。人気手ぬぐい店「かまわぬ」の和柄スペシャルカバーだそうですが確かに本屋で、『こころ』や『檸檬』の和柄カバーが並んでいたなと思い出される人も少なくないと思います。『銀河鉄道の夜』も紺と白のチェックという落ち着いた柄で並んでいました。触り心地もいいのです。
そのカバーと、タイトルやあらすじの可愛さで手に取った一冊でしたが、とにかく夏子の造詣がいきいきしていて面白かった。辟易する毅を追いかけていき、別々の部屋をとりながらも逃がさないように彼の鍵を預かるなんて相当可愛らしいですよね。おすすめです。
三浦しをん『きみはポラリス』
今年に入って既に2冊目の紹介になります、三浦しをんさん。キャラクターが立っていて、読みやすく、何故か親しみと安心感を抱いてしまう作家さんです。
『きみはポラリス』は2005~2007年に、三浦しをん氏が各文芸誌などで恋愛をテーマに寄稿した短編を一冊にまとめたものです。ほとんどが「小説新潮」寄稿ですが、それ以外もあり、要するに各編完全に独立している作品たちになります。ただし、いえこれは後半に言いましょう。
あらすじにありますように、三角関係、同性愛、片想い、禁断の愛……など、全11編どれも関係性のパターンが異なります。ちゃんとオチはついて終わるのですが、それでもほとんどがこの話続きないんですが、もっと読みたいんですがいくら払えば読めますかという感想になります。それなのに、また新しい物語が始まると、そこで描かれる恋愛を察すると、ほーう、とまた口がにやけるのです。全編楽しかった。
「私たちがしたこと」なんて最も続きが読みたい、というか連ドラにしてほしい、某ドラマの名前がたぶんネットで連呼されそうだけど絶対違ったテイストになるはず、と思いましたし、「森を歩く」と「優雅な生活」は、読後感もよくどちらもお気に入りです。
そしてなんと言っても「永遠に感性しない二通の手紙」と「永遠につづく手紙の最初の一文」という前後編、最初の章と最後の章なんですが、これだけは繋がっております。
高校生男子二人の物語で、視点は前後編とも一方側だけ視点です。最初の章は正直、ベタなんですけれど、最後の章とセットにすれば素晴らしくよい。それでもベタなんですけれど、三浦しをんさんがちゃんと繊細さがわかって書いていて、騒々しくて眩しくて沁みるのです。
寺島は無論、隣にいる男のなかの嵐を知らぬ。
恋愛小説愛好家としては思わず深々と頭を下げてしまった文章です。
三上延『同潤会代官山アパートメント』
三上延さん、と言えば『ビブリア古書堂の事件手帖』で大ブームを起こした作家さんとしておなじみです。デビュー作から電撃文庫で活躍するライトノベル作家さんでもありますが、確かな文章力と古書店で勤務された経験もあるからなのか豊富な知識で、すごく読み応えのある作品を書かれる作家さんです。
一方で、同潤会代官山アパートメント、というのは皆さまご存知でしょうか。私もこの本を本屋で見かけた際、先生(ポラン堂店主)から説明を受けなければ知らなかったのですが、実際にあったアパートです。
同潤会とは関東大震災の復興支援のために設立された団体で、同潤会アパートとは耐震・耐火の鉄筋コンクリート造の当時だと最新の設備がされたアパートでした。戦争を経て、東京都の都営アパートとなっていくのですが、1926年からの歴史を持った代官山アパートメントはそのレトロで森のような外観、住民たちが繰り返した独自の増築の跡などもあり、代官山がお洒落な街となった後も観光名所のように有名でした。1996年に解体され、今は別の建物が建っています。
三上延さんの『同潤会代官山アパートメント』は震災で被災し、最愛の妹を失った女性、八重がその妹の婚約者だった竹井と結婚し、当時完成したばかりだった代官山アパートメントに住むところから始まります。10年ごとに進む8章の章立てとなっておりまして、1927年から1997年までの70年の物語となります。代官山アパートメントの実際の歴史と照らし合わせてみてもお洒落な構成ですよね。
陽気な妹とは正反対に口下手で内気な妻と、生真面目で無口で妹の元婚約者だった夫、この二人から始まり、子ども世代、孫世代、曾孫世代まで物語は続きます。そうして積み重なる思い出は、代官山アパートメントを華美ではなく静かに、強く、彩っていくのです。
文庫版では解説を、北上次郎さんがしています。北上次郎さんといえば、先日亡くなられた『本の雑誌』の発行人・目黒考二さんのペンネームです。帯にも一部が抜粋されていますが、彼が三上さんの文章で遠い記憶を懐かしむ文章などはなかなか感慨深いものがあります。一番好きなところに後半の孫・進の結婚相手・奈央子が登場するくだり、を上げるところには、私も同じように思ったので勝手ながらテンションが上がりました。
70年といっても頁数としての厚みはなく、読みやすく、読後感もいいです。同潤会や当時の暮らしなど、ちょっと勉強しながら読めたのも良かったです。
以上です。
書き手の意識としてはこうも読みたてほやほやだと読書日記という気がしますが、記事を書くにあたり再度調べたりもしまして、結果とても豊かな読書になったという気がします。
三がつく作家、皆さまだといかがでしょうか。
実は一番最初に浮かんだのはホラーが苦手ゆえに読んだことがない、三津田信三さんだったのですが(だって「三」が2つもあるのです)、そのあたりはポラン堂店主が大変詳しいので、気になった方はお越しの際にきいてみてください。
今回に限らず、機会にこじつけて読むというのはこの一年、結構お得で素敵な経験に繋がるなと実感があります。もし気が向いたぞという方がいらっしゃれば、三がつく作家読書、ご一緒にいかがでしょうか。
ではまた。