マルグリット・ユルスナール「コンスタンディノス・カヴァフィス/批評的紹介」(茂木政敏訳)
イギリスの批評家ロバート・リデルの『カヴァフィス 詩と生涯』(みすず書房)が刊行された。四百ページの大著である。訳者名に中井久夫先生と並んで茂木政敏さんの名前があり、嬉しい驚きがあった。
茂木さんは、一九七一年群馬県にお生まれになり、神戸にある英知大学フランス文学科を卒業された方である。わたしは数年前に「同時代」の集いで茂木さんから話しかけられ、知遇を得た。茂木さんは、英知大学で教鞭をとられていた多田智満子先生の教え子であり、わたしが「三田文學」に書いた「薔薇宇宙の彼方へ――多田智満子論」を読んでくださっていたのである。
茂木さんと話し込む中で、多田先生が教師として厳しい一面もお持ちであったことを知った。でも、これは褒めてくださいました、といって、茂木さんは、マルグリット・ユルスナール「コンスタンディノス・カヴァフィス/批評的紹介」(「言語文化研究」第九号、二〇〇二年抜刷)を手渡してくださった。表紙を開くと、「本翻訳のきっかけを与えた山口喜雄様へ。退官された加藤智満子教授へ。感謝を込めて、訳者」と献辞があった。
訳註も含めて五六頁の訳業である。ユルスナールはかなり邦訳されているけれども、彼女のカヴァフィス論(これはカヴァフィスのフランス訳詩集の序文として書かれたものである)は、茂木さんの訳以外にはないのではなかろうか。ユルスナールといえば、彼女が小説中の人物名などを見返しに記した特装版『ハドリアヌス帝の回想』を神戸の多田邸で見せていただいたことなどが思い出され、茂木さんと二人で多田先生の思い出を語り合ったのである。
現代ギリシア詩については、中井久夫先生の翻訳や、ヘルソネス書房(大宮市)に相談して入手した対訳本などで親しんだ程度である。鷲巣繁男が、英訳でよいから読めとどこかで書いていたことによる。だが、カヴァフィスについては、ロレンス・ダレル『アレクサンドリア・クアルテット』を翻訳で読んだ十代の頃から、独特の光に包まれた詩人として気にかかる存在であったのだ。
茂木さんとはその後会っていないが、こんな素晴らしいお仕事をこつこつとしておられたのだなあと、嬉しい気持ちでいっぱいである。
*初出:「神谷光信のブログ」(二〇〇八年三月五日)