オーガズムから見る快活の解釈
オーガズム?オーガムズ?
どちらか若干自信がないのだけれど、
先日、街を歩いていると衝撃が走った。
長年考えていた
「快活」という性質がどんなものかわかったからだ。
昔から割と考え込むし、
決断力にかけてうじうじしてしまうタイプだったので、明るい人に憧れていた。
爽やかに挨拶が出来て、あまり他人と関わるのに億劫にしないで、すらすら自分の話が出来たりするクラスメイトを見て
「ああなりたい」と、思っていた。
また辞書に載っている「快活」という言葉を遅れて知ったのだけど
あのクラスメイトの事を人気者と思っていたけど、僕は人気者に憧れてるのではなく、この言葉が指す状態に惹かれているような気がした。
快活
朗らかに生き生きしている、明るい性格(のさま)
その雰囲気であったり、心構えなどを取り入れようと四苦八苦したのだが、
はっきりとわかったきっかけは、操体法という健康体操に触れた事だった。
先日、即興音楽家 巻上公一さんの読んだ本にこの操体法が
出てきていたのだが、
仙台のお医者さんが考案した健康法で
ざっくりいうと人間の体に不快や不調があるときは、気持ちいい方に動かせば、不調が緩和されるというものだった。
例えば首を寝違えたとして、右に顔を回すことが痛くて出来ないときは、
反対側の左に顔を回す。
(気持ちいい方向と説明されていたが、動きにくい、痛い方向とは逆の
動きやすい方向と認識してもいいのでは。と思う。)
そして、左を向いたまま、ゆっくりと何度か呼吸して最後に大きく息を吐く。
すると、右の寝違えが若干ましになっているという具合だ。
個人的に何度か実践したことがあるが
効果覿面!とまではならなくても
何度かやってると確かに楽になるので不思議だった。
「人間気持ち良い身体の使い方をするだけで、身体の調子が良くなるなんてすごいな。」と思うと同時に
僕は、セックスの事を考えた。
飛躍するように感じるかもしれないが
セックスも体が気持ち良くなる行為で、(スキンシップや、愛情表現など目的は幅があるかもしれないが)
とりあえず気持ち良くなる事を目指すものだ。
この気持ち良くなる事、
オーガズムを目指して二人であれこれするのだが、
気持ち良くなるときに
多くの人が「ダメ」とか、「嫌だ」と言う言葉を使うのはなぜだろう。
(ここは個人的な経験による事が多いのだが、創作物に触れても割とそのように言っているものが多いように思うので、とりあえずそうだ。として話を進める)
普通に考えれば
「いやらしい自分でははいけない。」と世間体や常識的な発想からこのような言葉が出て来るのかもしれない。
ただ個人的にも、
こういう時は、
身体の方が気持ちよさに対して、
「嫌がってしまう。」
反応が先に来る気がする。
その後に続いて「いやだ」という言葉が出て来るのではないか。
このセックスをする二人の間で生まれている心地よい状態を目指しながら、嫌がるという構図は、
実は冒頭の快活という状況とにているのかもしれない。と気づいたのだ。
朝、クラスメイトに挨拶をする時も、
本当はお互い気兼ねなく挨拶したいのに、いつすれば良いのかと、うじうじしてる間に
タイミングを逃してしまう事が多かった記憶がある。
変な挨拶をして、嫌われないか、
他者に挨拶がちゃんと届いて帰って来るかが不安だったのだと思う。
この体験から
人は快と、不快な事があったら、
意図的にならなければ、
快の事を嫌ってしまう(遠ざけてしまう)のではないか。と思うのだ。
浜辺を歩いていて、
風が吹いた時にこそ心地いいと感じるのであって、
人はいまこの瞬間に「風が吹いたら心地よいだろうな」とはあまり思わない。
外から入ってきた五感を統合して
「気持ちよさ」があるわけで、
決して頭で考えて「心地いい」というわけではない。
(頭で考えている場合は、
過去の経験からか、他人の経験談からの想像しているだけだ)
未知の外からの心地よさを体感しようとする姿勢は若干前のめりにならないとわからない。
そして、
その後に快を選び続けるのは簡単なように見えるのだが、ここで社会的な規範や他人の目が気になり「嫌がり」だす。
ある朝、起きてまだ寝ていたいけど遅刻をしてしまうだとか、
ここで、シラけた話をすると嫌われるとか、
小さな快を追求するにしても、
どこかで「こんな風にしていいのだろうか」と他者の事を気にするのだ。
ここで、
「それを悪びれるわけでもなく、快を選べている人」かつ
「他人にも悪い気分にさせず、その快を選んでる様が爽やかさを与える人」が、快活なのだ。と思った。
あまり、周りの目を気にしないで
自分がいいと思う事をして
ご機嫌な人。
これが辞書に載っていない快活という言葉の意味と、
なぜそれが難しかったかという仕組みが明らかになった。
先日読んだ本にはこうもあった
即興を上手にやると
新たな自分と現実、夢と自己嫌悪が待っている。
この四つのバランスを整えて
他者と上手に付き合える人になりたいと思った。