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Beautiful life

私が見つけた四葉のクローバー「なぜ生きるのか?」に悩まなくなった話

2023.03.28 13:10


最近久しぶりに

「何で生きているんだろう?と思って…」

という言葉を聞いた。


私も子供の頃から悩み続けてきたけれど、いつの間にか悩まなくなったなぁと思った。


結論から言うと、私の中ではその問いに向き合い尽くした感覚がある。私の答えはかなりマニアックなものだと思うけど、


所詮人生は

「魂が見ている夢なのだ」(睡眠・笑)

という感覚で今は生きている。


何というか、ドラマだよね。

ドラマを見て、面白くて笑ったり、感動して泣いたり、胸がキュッと切なくなったり。

それと、人生もほぼ同じという感覚。


特に、自分が実際に体験したものではない人から聞いた悩み話なんて、もうドラマ感増し増しです。笑


だからなのか、逆にあまり人生に囚われなくなったような…?

前はあんなに「どう生きるか」について、真剣に悩んでいたのに。


それは単なる若さが〜とかではなくて、

今生きてる自分が自分じゃない感覚や、本当はやりたいことがあるのに自分の願いを押しつぶされている感覚から来る、息苦しさだったと思う。



子供の頃から憧れ続けた

「何故人は生きるのか?ということに悩まなくなる日々」を、私は遂に手に入れたようです👏🏻✨



それは、完璧な幸せを得て初めて得られるものだと思っていたけれど、実際はそうじゃなかった。今だって、私は完璧に幸せなわけではない、むしろ悩みは今でもある。


でも、その生きることへの問いをする必要がなくなった今、私は絶対的な自分への信頼感を勝ち取ったとも言えるのかもしれない。これはあくまで結果論の、後付けのような感覚だけど。


自分に自信がなかった時は、自分を信頼しようと一つ一つ決めていた感覚があったけど、

いつからか要らないものの方が明確になり、どんどん手放していくことにシフトしていった。


今は昔のように死にたいとも思わないし、ただ苦しい時や辛い時があるだけ。  


でも生きる意味が分からなかった時、気付いた時本当に驚いたけど、私は積極的に自分を殺していた。

自分のことを殺し続けている、もう1人の自分がいたの。


「もう、そんなことしなくていいよ。あなたがこんなことする必要ない。」

と自分に言ってあげられて、ようやく解放されたような気がした。



生きている意味が分からない時、多分だけど多くの人が、誰かに自分の大切な何かを殺されたように感じて、その上でいつからか自ら自分を殺し続けてしまっているんだろうな、と今は思う。



この間、深夜3時まで友人と長電話で盛り上がり、”私たち大人になったね”って笑い合った。


その時に、生き続けるってこんなに楽しいんだ…!!って感激したんだよね。

あの頃知らなかった色んなことを今の私は知っていて、あの頃より成長した自分や友人たちに出会えることが本当に嬉しい。

そこにはもう、未来への希望しか感じられないなって思えたの✨


幼稚園の頃、パンツ一丁で一緒に水遊びをした幼馴染と、仕事とお金の話をしたり。

お互いに死にたくて危うくて支え合ってきた友人と、今はお互いの幸せについて真剣に話し合えたり。

仲間内のたわいもない冗談で笑い合った友人から、初めて恋の話を聞いたり♡


本当に、こんなに楽しいことが待っているなんて知らなかった!!!って昔の自分に教えてあげられるな〜って( ˊᵕˋ* )

やはり人生、生き続けることにドラマの展開は続くわけで、醍醐味がありますな。笑


あの頃の自分は何とかその日命を繋ぐだけで必死だったんだけど、それを褒めてあげたいな。

何もしなくても、出来なくても良いから、当時の私に必要だったのは、本当にただ年齢を重ねるまで生き続けることだけだったように思う。



今後の人生の心のビジョンとしては、

楽しい老後の隠居生活を送りたいです(本気・笑)

だってもう心は70年近く生きたから😂w

ある意味1人の人生を終えたような気持ちなので、極楽浄土から生きるような感覚を楽しむ人生にしたいなと。


今どんな地獄を生きていても、生きながら天国に行くことは出来ると思う。それは、昔の自分に確かに確信を持って言ってあげられることに、今は変わった。


そのくらい、今の私は私を信じてる。


この人生分、努力して努力して学んできた日々に、私に報いたい。あの頃の自分が、報われる人生にしたい。

それを形にしていくことが、今後の目標です^^



そしてね、保釈すると

この”魂が見ている夢”っていう感覚も、昔の自分なら「ならもう今死んでも良くない?」って思ったと思う。爆


でも昔の自分に説明するなら、

「身体がないと私の大好きなドラマが観れないんだよ…!!」と言っておきたい。爆


そのドラマを見ている私は、安心安全で光に満ちていて、いつもワクワクしているの。

そのワクワクしている私が、キュンキュンしたり、感動して涙したり、胸が苦しくなったり、大笑いしているんだよ、ということ。


つまり、私は既に死んでいて、あの世から生きている感覚なんだよね、これは…笑


だから、死ぬ必要もない。

最初から死んでいるし。

死にながら生まれることが出来て、生きられるってめちゃお得な話なんだよ、って言いたいかな👀✨

この表現はマニアックだけど、天から下界を眺めよう。笑



そもそも私は、お化けとか悪魔とかの浄霊オカルト沼にどっぷりだった親と共通の言葉で会話したくて、そんな親のことを理解したくて、

そして自分自身生きていることの意味や、救いを求めてスピリチュアルの世界に入った。

(※正直、かえって後から手放さないといけないものの方が多かったけど。)


私がこの感覚を得られるようになったのは、とあるクリスタルを作ったことがきっかけで、

結局「生きている意味」は自分の人生と向き合った道の上で、ちゃんと出会えるんだなって思いました^^


人生は、ちゃんとその道の上で求めたものと出会えるように出来ていて、ただ感じるだけ。

その度に選んで、より純度の高い自分の本音を追求し続けるだけなんだなって思います。


本当に物凄いガッツでよく頑張ったよね、私と褒め称えてあげたい・笑

これが分かった今は、「よっしゃ〜これからは良い夢見るぞ〜✊🌈」という気持ちです👀✨笑




そういえばこの間、

園芸コーナーで見かけた四葉のクローバーをお迎えして、家の中で育てる夢を見て🍀

その夢が、何とも言えない幸福感に包まれた夢で。


私は大事そうに鉢に植え替えた四葉のクローバーを運んでいて、それを日当たりの良い窓際に置こうとするところで目が覚めたんだけど、


何故だろう、その夢を思い出すと、今でも泣けてくるんだよね。

私にとっての幸せって、そういうことなんだなって。


それは、こういった小さなもの、ささやかな喜びを、慈しむことができる日々。


今までは邪魔され続けて、子供の頃は笑うだけで殴られて、微かな幸せを感じることも許されなかった。私が自力で得た幸せさえも、壊されそうになってきた。

だけどその過去も過ぎ去って、目の前の四葉のクローバーの鉢を慈しむように生きていきたいと願っている。


もう、私の大切な幸せを誰にも壊させないし、私も自らの手で壊したり、諦めることは絶対しない、させない。

もう、誰にも邪魔はさせないし、その幸せを守るためなら何だってする、という覚悟。

幸せになるって、ある意味覚悟が必要なのかもしれないけれど、私にとってその覚悟はこういうものだった。


そのくらいこの感覚を心の中に取り戻すには、あまりに壮絶な日々だった。

だから、ここまで来れて本当に良かった。



今年に入ってから激動過ぎて、最近は本当にやばい時の感覚だなって分かるくらい鬱になってたんだけど、その度にまた手放すものを見つけるんだよね。


自分がどんな道をこれまで歩んできて、

何が手に入ったのか。

今確かに、手に入れたものがあること🤝🏻🍀✨


それを振り返ってここに書いていたら、ちょっと元気が出てきたかも^^



最近は急にあたたかくなり、

桜の開花宣言も🌸


冬の間は育たなくて心配していた

ベランダの花も一気に咲き、

木も芽吹いてきた今日この頃。

 

2023年、

また新しい春がやってきました^^