東南アジアで増殖する中国植民都市
<中国資本で開発される中国人移民都市>
マレーシアでは、92歳のマハティール氏が野党連合を率いて総選挙に勝利し、15年ぶりに首相に返り咲いた。マハティール氏が選挙戦のなかで前政権の腐敗の象徴として攻撃したのが、中国資本による巨大開発事業だった。
「フォレストシティ」(中国名「森林都市」)と名付けられた新都市開発は、シンガポールの対岸にあるジョホールバルの沿岸部に、4つの人工島を含めて14平方キロの土地を造成し、総額1000億ドルを投じてリゾート型のホテルや別荘、高層マンション、コンドミニアム、商業施設などを建設するもので、完成時2035年には人口70万都市を目指しているという。
開発の主体は中国第3位の不動産デベロッパー、香港上場企業の「碧桂園」(英語名Country Garden)で、「碧桂園」はマレーシアで建設工事を進めるかたわら、「マレーシアで第二の故郷を手に入れよう」をキャッチフレーズに、中国国内で大々的なプロモーションを展開してきた。マレーシアに不動産を購入すれば10年間の長期滞在ビザが入手できることを売り文句に、中国中央テレビCCTVでコマーシャルを流したり、各地の駅前などに大型看板を設置したりしたほか、専用の営業センター「碧桂園・森林都市展庁(展示室)」を中国国内数十か所には開設し、購入希望者を募っては現地見学ツアーを組織し、次々にマレーシアに送り込んだ。その結果、建設予定を含めて売りに出されたコンドミニアムなど、フォレストシティの物件の80%はすでに売り切れたと言われる。
フォレストシティの物件価格は、北京の4分の1の安さだといわれ、購入者は、将来の不動産の値上がりや子供に高いレベルの英語教育の機会を与えることなどを期待しているほか、いずれは家族全員が第3国の永住権を入手できる道につなげたいと考えているようだ。つまり、彼らにとっては海外逃避のための投資なのである。
ところで、碧桂園によるプロモーションは、去年2月、突如中止され、各地の営業センターも閉鎖された。中国政府が、不動産投資のための海外への外貨送金を禁止したためだ。中国の外貨準備高は2014年をピークに2016年には1兆ドル近くも失われたといわれる。外貨準備の目減りを懸念した中国政府がとった措置だった。これによってフォレストシティの購入予定者は、手付金は支払ったものの、その後の支払い送金ができなくなり、契約を解除して支払った預託金(デポジット)を取り戻そうと思ってもできなくなっているという事態に陥った。
(資本規制で壁にぶつかるマレーシア版「深圳」Bloomberg News 2017/6/26)
すでに完成したフォレストシティの高層マンションは、買い手がついても誰も住まない、誰も住まないから商業施設もオープンしないという悪循環に陥っている。中国国内にも砂漠の真ん中に作られたマンション群など、建物は完成しても人は住まないいわゆる「鬼城(ゴーストタウン)」があちこちにできている。フォレストシティは、こうした中国の「鬼城」がついには海外にまで進出した最初の例かもしれない。
そうした実態は、以下のYoutube 動画でも見ることができる。
https://www.youtube.com/watch?v=FMD8FnuHM90
https://www.youtube.com/watch?v=4Q5BGAksVhk
フォレストシティは中国人にとっては比較的安い物件なのかもしれないが、地元マレーシアの一般的労働者にとっては40年分の年収に相当し、とうてい手の届く存在ではない。今回の選挙でのマハティール陣営の勝利は、フォレストシティなど中国による巨大投資に対する有権者の反感が背景にあったという見方もある。
マハティールは「中国人がマレーシアに来て土地を買い、豪華な街を開発しても、われわれには何の利益もない」と批判している。そして皮肉を込めて「フォレストシティは本当の“森”になることを希望している。そこの住民はサルとヒヒ(醜い人)で十分だ」とも語っている。
マレーシアでは、このほか「一帯一路」の関連プロジェクトとして、中国の資金で東海岸鉄道計画ECRLの建設が始まっている。タイ国境から南シナ海側の東海岸を通り、クアラルンプルを抜けてマラッカ海峡まで東西630キロを結ぶ鉄道建設計画で、2024年の完成を目指している。しかし、当初予定された工事費は、中国の銀行からの借り入れ利息3.25%を含めると20年後には2倍以上に膨らむと見込まれている。将来、運用利益を計上するには現在の10倍以上の貨物需要が必要とされるなど、赤字経営になるのは必至で、さらに維持経費を含めると総工費は3倍以上に膨らみ、結局「負債トラップ」(借金の罠)に嵌まるのは目に見えているといわれる。マハティール氏はこの鉄道計画についても、「マレーシアにとって国益にならない。凍結するのが望ましい」と見直しを示唆している。
(「一帯一路のマレーシア東海岸鉄道計画中止か」JBPRESS18/5/21)
今回のマレーシアの選挙結果でも分かるとおり、選挙制度がある国には政権交代という「リスク」があるということを、海外投資を行う中国人は学ぶべきだ。われわれはそれを「リスク」とは言わないが、選挙制度と政権選択の自由がある民主主義国家では、国民は選挙を通して政治家を監視し、投票行動をもってその政策に賛否の意思を示す権利がある。独裁専制国家の中国ではありえないことだが、選挙で政権が交代すれば、政策も180度がらりと変わることもあるということを知るべきだ。さらに今回の選挙結果から中国人が学ぶべきは、中国による投資はマレーシアではけっして歓迎されているわけではないこと、むしろ中国への反発がマレーシアでの政権交代を後押ししたという事実だ。
東南アジアでは、中国人の大量進出で急速に変貌を遂げている街は、ほかにもある。ラオスの首都ビエンチャンの近郊では、ラオス政府が提供した300ヘクタールに及ぶ土地に中国人が新都市を建設している。中国の資金で建設されている高速鉄道などインフラ建設のために、中国から大量の労働者がラオスに流入しているためで、そうした中国人労働者の街が、首都のすぐ近く、メコン川の河岸にできることになる。インフラ工事が終わっても、中国人労働者の街はそのままチャイナタウンとして残ることになるに違いない。
<古都マンダレーは人口の半数が中国人>
ミャンマー第二の都市マンダレーは、1885年イギリスに併合されるまで、ビルマ最後の王朝コンバウン王朝の首都があった王宮都市で、多くの寺院を抱えビルマ仏教の中心地、ビルマの伝統と文化を残した中核都市と言われる。しかし今、かつての宮殿の堀がある市中心部では、毎朝、大勢の中国人が隊列を組み、大音量の中国の音楽に合わせて太極拳の練習をする姿が見られる。
中国雲南省の国境から300キロのマンダレーは、古くから中国との交易・交通の拠点であり、密輸ルートでもあった。陸続きの国境地帯は「黄金の三角地帯(ゴールデントライアングル)」と呼ばれる地域で、地元の山岳民族や麻薬の密売者などが国境を越えて活動してきた。またマンダレーは、昔から宝石の取引や麻薬の密輸に関わる華人華僑も多かった。そうした華僑のコネクション、同門一族や同じ出身地という繋がり=「関係」(クワンシー)を頼って流入する中国人は後を絶たない。また最近では、ただ単に自由な生活を求めて中国を離れ、陸続きの隣国に流れてくる中国人も多いという。現在、マンダレーの人口120万人のうち、実におよそ半数は中国系の住民だと言われる。
最近の流入者は1980年代に火事で焼かれた市中心部の安い土地をまとめて手に入れて中国人コミュニティーを築いている。外国人には土地の所有が認められていないため、国境で入国管理の役人に賄賂を渡したり書類を偽造したりして、不正な手段を使ってミャンマーの国民証明書を手に入れて移住する中国人が増えているとされる。中国人が簡単に市民権を手に入れるのに対し、イスラム教徒のロヒンギャは何世代にもわたってミャンマーに暮らしても、永住権はいっこうに認められないのとは対照的だ。
軍事政権が軍政を敷いた1990年代から2010年代はじめにかけて、欧米が経済制裁を科すと、華人がマンダレーの経済を支配し、マンダレーは国内最大の中国資本の拠点となった。中国人が経営するマンダレー市内の縫製工場では、衣類に「中国製」のタグを付けて香港経由で欧米に輸出する例もあったという。
中国人が増えた結果、マンダレーの不動産価格は高騰し、元からのマンダレー市民は市の中心部に暮らせず、郊外に追いやられている。その結果、ビルマの典型的な都市の姿を残してきたマンダレーは、古き良き伝統が失われつつある。中国からの大量の移民が中国での生活スタイルをそのまま持ち込むためだ。地元の人は「わたしはもはやマンダレーの住民とは感じていない。中国人のほうが元からの住民のような顔をして暮らしている。彼らにはお金がある、つまり何でもできる力があるということだ」と嘆く。今や地元の人々はマンダレーのことを「ミャンマー連邦中国共和国」とか「雲南省マンダレー」と呼んで揶揄するほどだ。
東南アジアの貧しい地域では大量の中国人の流入が、繁栄の起爆剤になることもあるかもしれない。しかしその一方で、中国人のアグレッシブさや地元文化に対する無神経さ、環境破壊などに対して、地元民の反感や怒りも高まっている。
<中国人専用カジノの街になったシアヌークビル>
カンボジアでは、フン・セン首相による長期政権がすでに33年に及ぶ。ことし7月末の総選挙でも、野党を選挙から排除した結果、再選されるのは確実となった。フン・セン政権は、公正な選挙や人権問題に対して突き付けられる欧米諸国からの非難を無視して、中国一辺倒の形に頼って経済発展を図ろうとしている。一方、中国は野心的な一帯一路構想を通して、アジア全域に政治的、経済的な影響力を及ぼそうとしている。そして、こうした中国とカンボジアの思惑と利害が完全に一致した姿がタイ湾を望む港町シアヌークビルである。
カンボジアで唯一のこの港町について、地元の人は「チャイナタウン」と呼ぶ。多くの中国人が不動産を買い占めし、定住しているからだ。人口9万のシアヌークビルを訪れる中国人観光客は、2017年には前年の2倍の12万人に膨れ上がった。レストランやホテル、銀行、質屋、免税店などの看板はみな中国語だ。シアヌークビルにある広さ4.4平方マイルの企業団地に、121社が進出しているがそのうち104社は中国企業だ。
一方、シアヌークビルでは、すでに30か所のカジノが開業しているが、さらに70以上のカジノが建設中だといわれる。シアヌークビルを訪れる中国人観光客のほとんどは、このカジノが目的だ。ビーチは閑散としていても、カジノは昼間から100ドル札の札束を握りしめた中国人客でごった返している。
カジノに併設されたコンドミニアムは一番小さい区画で14万米ドル、もっとも高額なものは50万米ドルで売りに出されている。カンボジア人の平均年収は1100米ドル。ホテルやカジノで働く人を除き、中国からの投資の恩恵を受ける人はほとんどいない。それだけに怒りや反感は高まる。
海鮮料理のレストランを経営するオーナーは「中国人が来て欧米の観光客が減ったおかげで、儲けは半減した」と嘆く。「西洋人は地元の料理や食習慣でも喜んで試してくれるが、中国人観光客は地元料理には見向きもせず、ここでも中華料理しか食べない」。「中国語が分からないので彼らとコミュニケーションをとるのは難しい。彼らと付き合うのは最悪の経験だ。なにより彼らは無礼だ」ともいう。ビーチで食べ物を売る屋台の女性は、大声で叫び笑い声をたてる中国人を横目に、「西洋人の観光客は現地の慣習を尊重するので値切ることはないが、中国人はすぐに値下げを要求する。中国人はとにかくうるさい。迷惑だ」と顔をしかめる。
地元の住民は、カジノが犯罪組織の暗躍につながり、売春など風紀の乱れや飲酒がらみの暴力事件の増加に結びつくことを心配している。中国による投資は、道路の改善や遅れている排水管工事など地元のインフラ整備にはつながっていない。建設されたビルは中国人に利益をもたらすだけで、普通の市民は関係がない。
中国からの投資に賛否両論があるなかで、カンボジア政府は中国人による破格の巨額投資を次々に許可してきた。建設中のカジノの看板は「中国の一帯一路の典型的なプロジェクトの一つ」だと謳っている。
民主的な体制は後退しても、中国からの投資にたよって経済だけは前進させたいというのがフン・セン政権の構えだ。カンボジアは、これまで西側諸国から受けてきた政治的経済的な援助を、中国の援助に完全に乗り換えている。一方の中国は、あきらかに米国にとって代わる地位を確保しようとし、それがうまく成功しつつある。この地域で示される中国のパワーは圧倒的だ。そして、中国による開発モデルの見本がシアヌークビルであるともいえる。
ことし1月現地を訪れた李克強首相は地元紙に対して、「ここは人民に真の利益をもたらす中国とカンボジアの新しい友好のシンボルだ」とコメントしている。しかし今のところ、シアヌークビルの市民の多くにはその実感はないというのが実情だと思われる。