不意に触れた過去
【詳細】
比率:男1:女2
現代・青春
時間:約10分
【あらすじ】
夏休み。
千都は本を借りに2つ隣の駅の私立図書館へと足を運ぶ。
はじめて行く土地。
道に迷い、図書館への道のりを訪ねるために入った喫茶店で千都が出会ったものは……
*こちらは『君の世界の色』シリーズの4話目、『空のアトリエ』の続編でございます。
【登場人物】
千都:白石 千都(しらいし かずと)
高校二年生。
昔は絵を描いていた。コンクールで賞を取ったことがある。
今はあることが原因で絵は描いていない。
先輩の絵美からは「せんと」と呼ばれている。
絵美:廣瀬 絵美(ひろせ えみ)
高校3年生。美術部部長。
昔、千都の絵を見て感動したことがある。
もう一度千都に絵を描いてほしいと願っている。
千都のことを「せんと」と呼んでいる。
蘭:戸松 蘭(とまつ らん)
30代。
夫と小さな喫茶店を営んでいる。
絵美の母親と仲が良く、彼女を小さい時から知っている。
千都:(M)久しぶりに嗅いだ懐かしい匂い
もう嗅ぐことはないと思っていたあの匂い
それは俺の感覚を呼び覚ます。胸の奥にしまい隠していた思い出と共に
自分のせいで誰かが不幸になるのは嫌だ
そうなるくらいならと、俺は夢をあの日捨てたのだから
●夏・午後・絵美のアトリエ
扉の前に佇む千都。
千都:……来たのはいいけれど……本当に来てよかったのか? う~ん……
絵美:(アトリエの中から)いい加減にしてくれ!
千都:っ! ひ、廣瀬先輩?
絵美:(アトリエの中から)何度も言うが、私はここを出るつもりはない! ここはじいちゃんが私にくれたアトリエだ、絶対に渡さない! おばさんには関係ないだろ!
千都:先輩?
千都、アトリエのドア越しにもっと会話を聞こうとドアによる
すると、鍵が掛かっていなかったため、スッと扉が開く
そっと中に入る千都
部屋の中では絵美がちょうどドアに背を向けて電話をしている
千都:……
絵美:だから! 何度も言ってるだろう! 私は、……っ! うるさい!
千都:っ!
絵美:そうだ! 全部私のせいだ! 私が父さんや母さんを、兄さんを殺したんだよ!
千都:(息をのむ)
絵美:……そうだな。兄さんじゃなくて私があの時死ねばよかったんだよな! 私みたいな出来そこないじゃなくて、兄さんが生き残ればよかったんだよな! そんなのもう聞き飽きた! わかってるよ! っ!(電話を切る)……
千都:……廣瀬先輩……
絵美:っ! 白石千都(せんと)……
千都:えっと……
絵美:(サッと切り替えて)いつから来てんだ!
千都:え?
絵美:来てくれたなら声くらいかけてくれ。びっくりしたじゃないか!
千都:……いや、その、お取込み中だったみたいなので……帰ろうかと思ったんですけど、ドアが開いてしまって……
絵美:あぁ、ここのドアは古いからな。鍵をかけないとすぐに開いてしまうんだ。いつものことだから気にしないでくれ
千都:……
絵美:それで?
千都:え?
絵美:今日も絵を見に来てくれたんだろ?
千都:……はい
絵美:じゃあ、好きなだけ見て行ってくれ!
千都:……
絵美:千都(せんと)?
千都:……はい……
●夕方・アトリエからの帰り道
蘭の店の前を通る千都。ちょうど、店のメニュー黒板を代えている蘭がいる。
千都:……
蘭:あら? 千都君!
千都:……蘭さん、こんばんは……
蘭:こんばんは。今日も絵美ちゃんのアトリエからの帰り?
千都:……はい……
蘭:……
千都:……
蘭:千都君
千都:あ、はい
蘭:(微笑んで)よかったら、今日はうちでご飯食べて行かない?
千都:え?
蘭:ちょうど今日はお客さんも少なくてお店の中が寂しいの、サクラってわけじゃないけどお客さんのふりをしてもらえないかな?
千都:えっと……
蘭:あ、もしかして、お家でもうご飯の準備とかしちゃってるかしら?
千都:いえ、この時間ならまだ……
蘭:じゃあ、決まり!
千都:え?
蘭:お家の人に連絡しちゃって。あ、千都君って嫌いなものあるかしら?
●蘭の喫茶店・店内
カウンターの端の席に座る千都。
蘭:今、うちの人にお願いしてきたからちょっと待っててね
千都:……すみません……
蘭:なんで謝るの?
千都:……
蘭:千都君
千都:……はい
蘭:絵美ちゃんのアトリエで何かった?
千都:……どうして?
蘭:やっぱり……
千都:……
蘭:何があったのか聞いてもいいかしら?
千都:……
蘭:いいのよ
千都:え?
蘭:きっと今日貴方が見たこと、または聞いたことは私も知っている事だと思うから
千都:どういうことですか?
蘭:私、実は絵美ちゃんのことを、彼女が小さい頃から知っているの。それこそ、彼女が大きなランドセルを背負って元気に学校に通っていた頃から
千都:そう、なんですか……
蘭:えぇ。絵美ちゃんのお母さんとは大学の時代の友だちでね。卒業してからも交流があって。私はある程度、彼女の事情も家庭環境も知っている。だから、何があったのか話しても大丈夫。ね?
千都:……電話を、聞いてしまったんです……
蘭:電話?
千都:アトリエに入ろうか迷っていたら、先輩の大声が聞こえてきて、何だろうって思ってドアに近づいたら、たまたまドアが開いて……
蘭:うん
千都:……先輩は誰かと電話で話してて、いい加減にしてくれ、この場所は渡さないって……
蘭:……そう
千都:……それと……
蘭:ん?
千都:……
蘭:千都君?
千都:……
蘭:(優しく微笑んで)いいの
千都:え?
蘭:千都君が聞いたこと、そのまま吐き出しちゃいなさい
千都:……
蘭:私は彼女の事情を知ってるって言ったでしょ? この歳の私ですら彼女の事情や環境は辛くて重いものだと思うもの。だから、吐き出しなさい。貴方が一人で抱えて悩む必要なんてない
千都:……
蘭:知ってしまったからにはなかったことには出来ない。知らなかった頃には戻れない。でも、貴方が一人で抱え込む必要なんてない。一緒に背負わせて?
千都:……自分がご両親とお兄さんを殺したって……
蘭:……
千都:出来損ないの自分じゃなくて、兄さんが生き残ればよかったんだろって……
蘭:……なるほどね……
千都:蘭さん、これってどういうことですか?
蘭:……
千都:蘭さん
蘭:ねぇ、千都君。この先のこと、もっと深いところまで貴方は知りたい?
千都:え?
蘭:千都君、貴方は私が考えていた以上に、今日あのアトリエで深いものを知ってしまったのね
千都:深い?
蘭:……正直に言うわ。ここから先は知らない方がいいと思う
千都:え?
蘭:ここから先はとても気楽に話せることじゃないの。それこそ興味本位で近づくことはしてはいけないし、してほしくないの
千都:……蘭さん
蘭:千都君のためにもね
千都:……知りたいです……もちろん、興味本位とかじゃないです。知らなくちゃいけないと思うんです。俺の絵を、俺が好きなことを好きだと言ってくれた先輩のことを知りたい……
蘭:……
千都:救いたいとか、力になりたいんなんて烏滸がましいことは言いません。ただ……
蘭:ただ?
千都:……話を聞ける距離にいたいんです
蘭:……わかったわ
千都:蘭さん……
蘭:千都君のその顔。嘘をついているようには見えないもの。それに……
千都:それに?
蘭:……貴方も何か背負っているものがあるのね
千都:……
蘭:これから話すことは絶対に誰にも言わないで
千都:はい
―幕―
2021.04.22 ボイコネにて投稿
2023.03.31 加筆修正・HP投稿