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紅く色づく季節

哀色の空

2023.03.31 13:48

【詳細】

比率:男1:女1

現代・青春

時間:約10分~12分


【あらすじ】

夏休み。

絵美のアトリエで衝撃的な事実を知ってしまい、自分はどうするべきかを悩む千都。

再び訪れた彼女のアトリエで、彼女の口から語られたのは悲しい過去だった。


*こちらは『君の世界の色』シリーズの5話目、『不意に触れた過去』の続編でございます。



【登場人物】

千都:白石 千都(しらいし かずと)

   高校二年生。

   昔は絵を描いていた。コンクールで賞を取ったことがある。

   今はあることが原因で絵は描いていない。

   先輩の絵美からは「せんと」と呼ばれている。


絵美:廣瀬 絵美(ひろせ えみ)

   高校3年生。美術部部長。

   昔、千都の絵を見て感動したことがある。

   もう一度千都に絵を描いてほしいと願っている。

   千都のことを「せんと」と呼んでいる。



千都:(M)手から暖かいものが零れていく感覚

   その後に襲ってくる虚無感を知っているのは俺だけだと思っていた

   でも、それは違った

   俺の感じた虚無感なんて大したことなくて

   俺よりももっと大きな絶望を抱えている人はとても近くにいて

   それでも、その人は俺とは違って、前を向こうと、あの花のように光を追いかけている人だった




●夏・午前・絵美のアトリエ

   数日前のように扉の前に佇む千都。


千都:……(ドアを開こうとして戸惑う)……俺はどうしたいんだ……ここに来たからと言って、廣瀬先輩の過去を知ったとして、俺に出来ることなんて……


   アトリエの中からガラスの割れる大きな音がする。


千都:っ! この音……廣瀬先輩!(勢いよくドアを開けて室内に入る)




●荒れているアトリエ内

   書きかけのキャンバスの前で花瓶の破片を握りしめている絵美。

   手からは血が流れている。


絵美:……

千都:先輩! 何やってるんですか! 手、血が!(絵美の手を掴む)

絵美:……

千都:先輩、手からそのガラス片、離してください!

絵美:……

千都:廣瀬先輩!

絵美:(ふと我に返り力なく)……あぁ、白石千都(せんと)……

千都:先輩、手からそれ離してください!

絵美:……あぁ……(手の力を抜く)

千都:(近くにあった布で傷を押さえる)何やってるんですか! 大事な手を! それにこの部屋、何があったんですか? 絵も画材もこんなに散乱してるなんて……

絵美:……今朝、伯母が来てな……

千都:!

絵美:……君も聞いていたんだろ? あの時の電話の人だよ……

千都:……

絵美:(嘲る様に笑い)この小屋からさっさと出ていけって。お前みたいな疫病神はさっさと私たちの前から消えてくれってさ

千都:……っ……

絵美:笑っちゃうな。私の顔なんて見たくもないといつも言っているのに、わざわざ私に会いに来るなんて

千都:……廣瀬先輩……

絵美:顔も見たくない、同じ生活空間にいたくもないっていうから、じいちゃんの家でも離れを私の部屋にしてもらって、長い休みの時はこのアトリエで生活して……あの人たちの生活には、私は一切かかわってないのにな

千都:……

絵美:なのにここに来て、ここをこんな風にして……吐き気がするほど嫌になるよ……

千都:……

絵美:(苦笑しながら)あ~ぁ、これは掃除が大変だな

千都:……俺がやりますから

絵美:千都(せんと)?

千都:俺が片付けますから、先輩は向こうの部屋で休んでいてください

絵美:いい

千都:え?

絵美:片付けは私がやる

千都:そんな傷だらけの手で何言ってるんですか! とりあえず、病院に行ってください!

絵美:これくれくらいの傷なら、縫うまでのものじゃない

千都:何言ってるんですか! そんなに血が出ていて……

絵美:(遮って)慣れているから分かるんだよ

千都:……え?

絵美:こんなの慣れてる。自分の身体のことは自分が一番よく知っているんだよ。それに、君には触ってほしくないんだ……

千都:……

絵美:千都(せんと)の手は綺麗でいてほしい

千都:え?

絵美:あんなに素敵な絵を描く君の手は、こんな汚いものに触れちゃいけない。それになにより、どこに花瓶の破片が飛んでるか分からないしな

千都:俺の手は綺麗なんかじゃないです

絵美:綺麗だよ、君の手は

千都:俺の手は! ……俺は、卑怯な奴なんです……

絵美:そんなことはない

千都:そんなこと!

絵美:(遮って)なぁ、白石千都(せんと)

千都:は、はい……

絵美:ちょっとだけ私の昔話に付き合ってくれないか?




●数分後

   慣れた手つきで手に包帯を巻き、椅子を引っ張り出す絵美。


絵美:待たせてすまなかったな

千都:いえ。それより、手、本当に大丈夫なんですか?

絵美:あぁ、ちゃんと消毒もした。さぁ、このまま立ち話もなんだ。座ってほしい

千都:はい(静かに椅子に座る)

絵美:さて、何から話せばいいかな……

千都:何からでも。先輩が話したいことを

絵美:ありがとう。でも、先に言っておく。気持ちのいい話ではない。だから、嫌になったら、いつでも止めてくれ

千都:……わかりました

絵美:ありがとう。私が絵を描き始めたのは小学生の時だった。何気なく夏休みの自由研究で描いた絵を大好きだった兄が褒めてくれたんだ。それが嬉しくて、私は時間さえ出来ればずっと絵を描いている子どもだった。父さんも母さんももちろん褒めてくれた。たまに、ちゃんと勉強しなさいとかご飯を食べなさいって怒られたけど

千都:……そうなんですね

絵美:あぁ、とても幸せだった。……あの日までは

千都:……

絵美:ある晴れた日の日曜日。私たち家族はいつものように車で出かけていた。その日は私がずっと行きたいと言っていた大きな公園に連れて行ってもらった。いろんな花が園内に咲いていて、毎年その公園に行って絵を描いたり、兄と遊んだりするのが楽しみだったんだ。めいいっぱい遊んで私は疲れ果てて帰りの車で眠ってしまった。車の心地よい揺れに揺られながらふわふわしていた時、突然、全身に強い衝撃が走った。そして、次に気が付いたときは病院のベットに上に一人で眠っていた

千都:……

絵美:夕方の渋滞で起こった事故だった。当時のことは覚えてないからよくわからないが、私以外は即死だったらしい。兄は私の上に覆いかぶさっていたそうだ

千都:……

絵美:家族がいなくなった私は、葬儀の後、父方の祖父母に引き取られた。そこで同居している伯母さんに初めて会ったんだ。伯母さんは自分の弟である父さんが大好きでさ。母さんのことは大嫌いだった。だから、それまで一度も会わなかったんだ。退院して祖父母の家に行ったとき、第一声で言われたよ。「人殺しの疫病神」ってね

千都:……っ……

絵美:じいちゃんやばあちゃん、伯母さんの旦那さんは伯母さんを止めてくれたけど、伯母さんはそんなのお構いなしだった。伯母さんから私を守るためにじいちゃんとばあちゃんは離れを用意してくれたり、もう使っていなかった小屋をアトリエにしていいからと私にくれたりしたんだ

千都:……そうだったんですね……

絵美:でも、しばらくは絵なんて描く気持ちにならなくてな。ずっと離れに引きこもっていたんだ。誰とも会わないように。そんな時だった。私のことを心配してたじいちゃんとばあちゃんが、病院の日だって嘘ついて、私を外に連れ出してくれたんだ。そして、連れていかれたのが絵のコンクールの展覧会だった。白石千都(せんと)、そこで私は君の絵と出会ったんだ

千都:あ……

絵美:夏の青空の下、家族が仲良く佇むひまわり畑の絵。凄く鮮やかで、透明で、綺麗で。そして、その絵の中の全てが生きているみたいで……私は胸を打たれた。幼い頃、自分が見た景色をそこに重ねたんだ

千都:……

絵美:私が殺してしまった家族が、もしかしたら、絵の中でなら蘇ってくれるかもしれない。そんな絵を描けたら、私はまた家族と一緒に生きられるのではないか。許されるのではないか。そう思って私はまた絵筆をとった

千都:……そうなんですね……

絵美:あぁ、でも結果はこの様だ。自分の欲のためだけに取った筆は自由には動いてくれない。家族の、いや、絵に人を描こうとすると手が止まるんだ。そして、何も出来なくなる

千都:……廣瀬先輩……

絵美:な、私は汚いだろ?



千都:(M)そう言って笑った廣瀬先輩の顔は、悲しみと自分への怒りと、この状況への諦めで歪んで見えた



―幕―



2021.04.22 ボイコネにて投稿

2023.03.31 加筆修正・HP投稿