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紅く色づく季節

貴女の夢、俺の筆

2023.03.31 15:26

【詳細】

比率:男1:女1

現代・青春

時間:約10分


【あらすじ】

夏休み明けの屋上。

一人で空を眺める絵美。

彼女が作品展の絵を描くのをやめたと聞いた千都は……


*こちらは『君の世界の色』シリーズの6話目、『哀色の空』の続編でございます。



【登場人物】

千都:白石 千都(しらいし かずと)

   高校二年生。

   昔は絵を描いていた。コンクールで賞を取ったことがある。

   今はあることが原因で絵は描いていない。

   先輩の絵美からは「せんと」と呼ばれている。


絵美:廣瀬 絵美(ひろせ えみ)

   高校3年生。美術部部長。

   昔、千都の絵を見て感動したことがある。

   もう一度千都に絵を描いてほしいと願っている。

   千都のことを「せんと」と呼んでいる。



千都:(M)強い人だと思っていた

   ずっと、俺の先にいてくれていつまでも変わらずあってくれるものと思っていた

   俺はいつからか支えられていたのだ

   ずっと呼ばれるのが嫌だった名前

   それすらも、心地よく感じてしまっていた

   俺の心は気が付かぬ間にぬくもりに触れていたのだ




●夏休み明け・学校・放課後

   屋上で一人空を見上げる絵美。

   バタバタという荒い足音がして、屋上のドアが開く。


千都:(息を切らしながらドアを勢いよく開ける)

絵美:(ドアの方を振り返り)ん? おぉ、白石千都(せんと)

千都:ひ、廣瀬先輩……こ、ここにいたんですね……

絵美:あぁ、私を捜していたのか?

千都:……そうです

絵美:そうか! では、ようやく!

千都:違います!

絵美:なんだ、違うのか……

千都:先輩!

絵美:なんだ?

千都:……

絵美:ん? どうした?

千都:……展覧会の絵、描くのやめたって本当ですか……

絵美:……あぁ

千都:なんで!

絵美:千都(せんと)は誰から聞いたんだ?

千都:……蘭さんから昨日、聞きました

絵美:(苦笑して)そうか。蘭さん、あれほど秘密にしといてくれってお願いしたのに……

千都:……なんでですか?

絵美:なんでもなにも……アトリエも絵もあんな風になってしまったしな。手の怪我もまだ完治していない。この手では長い時間下書きをしたり筆を持ったりできないからな

千都:……

絵美:神様からのお達しだ

千都:え?

絵美:お前みたいな奴は家族の絵を描くなってことなんだろう

千都:そんな!

絵美:いや、そうなんだよ。それが、「まだ早い」からなのか「一生描くな」なのかはわからないけどな

千都:……

絵美:(悲しく微笑んで)きっと、自分のどうしようもない願いのために絵を利用した私への罰なんだ。しっかり受け止めるよ

千都:……

絵美:そうだな。手が治ったらまた空の絵から始めよう。千都(せんと)が好きだと言ってくれた青から始めようか

千都:……わかりました

絵美:え?

千都:先輩、その展覧会っていつ納品ですか?

絵美:え?

千都:いつですか?

絵美:えっと……開催日の前日だよ。準備の時に持ってきてほしいって言われてる

千都:そうですか

絵美:千都(せんと)?

千都:……じゃあ、間に合いますね

絵美:え?

千都:俺が描きます

絵美:え?

千都:先輩の家族の絵、俺が描きます

絵美:えぇ! ちょっ、何を……

千都:これで問題が解決するとか、そんな甘いこと考えてはいません。これは、あくまでも先輩自身の問題ですから

絵美:(苦笑して)……君は、容赦ないな……

千都:でも、それでもいいんです

絵美:え?

千都:……あの、絵を

絵美:あの絵?

千都:コンクールで描いたあのひまわり畑の絵を好きだと言ってくれた。俺のあの絵が救いになったと言ってくれた先輩の力になりたいんです

絵美:……

千都:本当に俺で力になれるかなんて分かりません。あの時から絵を描くのをやめてしまったから、自信だってない。だから、これは本当に俺の自己満足です。俺からの感謝の気持ちなんです

絵美:感謝?

千都:……俺が絵を描かなくなった理由、言ってなかったですよね

絵美:あぁ

千都:あの絵が全部を壊したからなんです

絵美:それは……

千都:ここから先は絵が出来上がったら教えます

絵美:……

千都:廣瀬先輩。俺に絵を、貴女の思い描いた家族の姿を描かせてください。先輩と一緒に

絵美:え? 一緒に?

千都:そうです。先輩のあのアトリエで、先輩の家族の話を聞きながら描かせてください

絵美:……

千都:……ご家族のお話をされるのは辛いかもしれませんが……

絵美:そんなことない!

千都:え?

絵美:聞いてほしい。私の家族のこと、いっぱい……

千都:はい。もちろんです

絵美:……アトリエ、まだ散らかってるけどいいか?

千都:かまいません。じゃあ、ササっと片付けます

絵美:……バスもあまり通ってないぞ?

千都:あの時よりは本数増えましたよね? 最終のバスの時間も確認しておきます

絵美:でも、本当にこんな短期間で……

千都:そこは、俺も怖い所です。この短期間で納得のいくものが描けるのか。不安ではあります。でも……

絵美:でも?

千都:描かなきゃいけないと思うんです。今動かなかったらきっと後悔すると思うから

絵美:……千都(かずと)……

千都:(微笑んで)

絵美:え?

千都:こういう時はちゃんと本名の方を呼んでくれるんですね

絵美:え?

千都:なんでもないです。でも、先輩の口から本名の方を聞くとちょっと不思議な感じですね

絵美:うっ……

千都:先輩のおかげでこの名前も好きになれそうです

絵美:え?

千都:なんでもありません。さぁ、さっさと帰りましょう。とりあえず、アトリエの掃除からですね

絵美:お、おぅ!




千都:(M)自分でも不思議な気持ちだった。でも、動かなきゃ後悔すると思ったんだ

   過去に押しつぶされそうになっている俺を救ってくれた人

   その人のために俺の力が活かせるなら使わない手はない

   俺はあの日、先輩の絵に救われたんだ

   久々に心を動かされたあの絵を、それを描く先輩を失いたくはないんだ



―幕―




2021.04.27 ボイコネにて投稿

2023.04.01 加筆修正・HP投稿