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イケず旅暮らし vol.4<村上大輔>

2018.05.23 03:00

 先日六本木から渋谷に帰った時のこと。日曜で夜遅かったこともありバスの本数も少なく、次のバスが来るまで20分ほど待たされることになった。一つ所にじっとしているのが苦手な性分なのでそれならと、ひとつ先のバス停まで歩くことにした。日曜の深夜とは言え週末の華やかさを失わない六本木の交差点から、世界各国の言葉を聞き流しつつ巨大な六本木ヒルズの足元を通り過ぎると次のバス停に着いた。

 最近都心のバス停には「バスの到着まであと何分」といった表示がされるようになっている。5分ほどかけて歩いてきたがそれでもバスの到着まであと15分以上。道が混んでいるのもあるだろう。再びそれならと、さらに先のバス停へ歩き出す。ほどなくして着いたがやはりバスはあと15分来ず、縮まらない僕とバスとの距離。雨の西麻布、降ってないけど。また次、また次と、繰り返してるうちに青山トンネルを抜け、ついに渋谷駅に着いてしまった。追いかけて追いつかないバス、なかなか健気なキャラクターではないか。

 混んだり空いたりする道路を、定刻通りに目的地に着くように走るのは難しいことに違いない。子供の頃からあまりバスに乗る必要のない環境で暮らしてきたせいか、バスが遅れているのか、はたたもう行ってしまったのか、そもそも本当にくるのか、この小さな鉄の標識のもとに?いやちゃんと来るんだろうけど、それが何となく信じられないでいた。

 地元を走るバスに浅草行きの路線があった。浅草に実家から行く場合、通常なら最寄り駅からJR に乗り、上野で地下鉄に乗り換える。それがここからバスに乗るだけで行けるということで大変な興味をそそられた。初めてその路線を利用したのは、ある年の大晦日に友人と浅草で年を越そうという話になったときのことである。駅前から乗車し、西日暮里から山手線の外に出たあたりから見知らぬ通りに入り、そこからは方向感覚も失ったまま気付けば浅草にいる。日が暮れていたこともあり、ほとんどワープしてきたような感覚だ。ただ普段より高い場所から街を眺めつつ、ぼーっと揺られているのが心地よく、以降浅草に行くときにだけバスに乗るようになった。

 高さはバスに乗る醍醐味のひとつである。さらに言えば一番前の左手側にある二段ほどステップを上り座るシートは、座席の中でも一番高く、さらにフロントガラスからの眺めも楽しめる特等席だ。その高さゆえに「足の悪い方、お年寄りはお断り」という旨の表記も、気を使わずにすむので大変ありがたい。

 目的地が近づくにつれて湧き上がる、誰がボタンを押してバスを止めるのか、この早押しクイズのような緊張感も楽しみたい。大抵ライバルは好奇心旺盛な子供ということになるが、ここは大人気というものを捨てて真剣勝負をしてほしい。ボタンを押してピンポーンとなるシステムは、動物としての本能をくすぐる偉大な発明だ。

 先日バンコクに出かけた際に街で見かけた路線バスは凄まじいものだった。まず窓が全開、暑い国ゆえ当然といえば当然だが、ドアも全開なのには驚いた。さらにこのバスは乗り降りする時に減速はしてくれるものの、基本的に止まってはくれない。バス停で「乗りますよ」とアピールをしないと減速すらしてくれない時もある。ゆっくりと走っているバスの揺れに合わせてバタバタと動くドアをつかまえ、バスに飛び乗るのだ。無事に乗り込んだ後は、常駐している集金係のおばちゃんが来てくれるので行き先を告げ運賃を支払う。揺れの激しい車内を身軽に行き来するおばちゃんの体幹の強さも大したものである。

 行き先の表記はもちろんタイ語。全く読めず、トライできたのは滞在四日目のことであった。乗る路線を間違え、おばちゃんに何度か降ろされたりしたが(飛び降りるのだが)、板張りの床に扇風機だらけの天井のあのバスはまさにアトラクションだった。


文:村上大輔