ジャンルを背負うという意味
まだコロナ禍前の2018年。
格闘技イベントRIZINがTV生中継をされていた時代。
あれから4年半しか経っていないのに遠い昔のように思う。
2018年9月30日。
さいたまスーパーアリーナでキックの神童・那須川天心と史上最強のmade in Japan・総合格闘家、堀口恭司のキックボクシングマッチが開催された。
当時天心は20歳、堀口は25歳。
ただ自分のフィールドのキックルールで戦う天心選手のプレッシャーの方が遥かに大きく、試合が決まってからもいつにない緊張感を感じていた。
しかしもちろんエキシビジョンではない。
やるからには勝ちにいく。
堀口選手だって別に負けても良いとは思っていなかった。
ではなぜもうすでにそれぞれのジャンルではトップ同士の2人がリスクを冒してまでこの試合をやる必要があったのか?
この2018年ごろ、まだYouTuber格闘家は台頭もしていない。
つまり朝倉兄弟もメジャーではない。
天心vs武尊は一部の格闘技ファンの話題にはあがっても、一般は誰も興味がない。
この頃の日本格闘技の顔は明らかにTVの生特番で全国中継されているキックの那須川天心と総合の堀口恭司の2人しかいなかった。
だからこそ2004年に開催されて、紅白歌合戦の裏で31.6%の視聴率を稼ぎ出し、社会現象になった魔裟斗vs山本KID戦の夢をもう一度と関係者が思ったのは当然。
天心は魔裟斗の活躍をテレビで見て憧れてプロになったし、堀口恭司は山本KIDの愛弟子。
まるで運命に導かれたように2人は戦った。
この時、2人のファイトマナーが幾らだったのかは知る由もない。
少なくとも最近話題になった武尊選手のペーパービュー契約金1試合1億円よりははるかに安いだろう。
それでも2人は闘うことを選んだ。
そこにはキックと総合格闘技の垣根を超えて「日本の格闘技」というジャンルを背負う覚悟を感じた。
「俺たちが闘うことで少しでも格闘技界が盛り上がるなら」
堀口選手が何度も口にしたこと。
天心もそれがわかっているからこそ「盛り上がる」以外に何もメリットのない試合を受けた。
天心がのちに語っているが、実は10代の時に出稽古で堀口恭司とスパーリングをしており「こんなにやりにくくて怖いと思った選手は他に1人もいない」と感じていたのだ。
それでも試合をした。
試合内容はぜひリンクの動画を見てほしい。
ローブローされる事はあっても滅多にしない天心が2回もしてしまうのは、明らかに堀口選手の動きのタイミングが捉えられていないからこそのミス。
そして明らかに打撃が効かされて少し意識が飛んだような珍しい堀口選手の様子を見ることもできる。
フォロワー数や自己顕示欲、お金の話ばかりではない、トップオブトップスだからこそ、試合中、常に2人の覚悟の崇高さを感じることができる名勝負中の名勝負。
堀口恭司も30歳を越え、円熟した競技者となり
那須川天心は今週末ボクシングデビューを迎える。
2度と交わることのない2人が魅せてくれた、嵐のような夢の時間。
僕がこの5年間で1番リピートして観た試合。
まさに2人にしかできないようなハイスピードでスリリングな試合。
私利私欲だけでなく、ジャンルを背負った男の姿はかくも美しいのだ。