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紅く色づく季節

君の世界

2023.04.05 23:12

【詳細】

比率:男1:女1

現代・青春

時間:約15分


【あらすじ】

夕方の公園。

作品展に絵を届けた千都と絵美。

約束通りに語られた彼の過去とは……


*こちらは『君の世界の色』シリーズの8話目、『千の都と向日葵』の続編でございます。

 こちらでシリーズ完結でございます。



【登場人物】

千都:白石 千都(しらいし かずと)

   高校二年生。

   昔は絵を描いていた。コンクールで賞を取ったことがある。

   今はあることが原因で絵は描いていない。

   先輩の絵美からは「せんと」と呼ばれている。


絵美:廣瀬 絵美(ひろせ えみ)

   高校3年生。美術部部長。

   昔、千都の絵を見て感動したことがある。

   もう一度千都に絵を描いてほしいと願っている。

   千都のことを「せんと」と呼んでいる。



●公園・夕方

   ベンチで絵美を一人待つ千都。


千都:(空を見上げながら)……これでよかったのかな……俺の絵は救いになれたんだろうか……

絵美:(遠くから)せんと~!

千都:廣瀬先輩!

絵美:(息を切らしながら)お、お待たせ! あの、あのなっ!

千都:大丈夫ですよ。とりあえず、落ち着いてください

絵美:(息を整えながら)ま、待たせたな

千都:大丈夫ですよ。そんなに待っていませんし

絵美:そ、そうか

千都:……絵、大丈夫でした?

絵美:え?

千都:ちゃんと主催の方に受け取ってもらえたかなって。当初の予定とは違うことになってしまっているわけですし……

絵美:それは大丈夫だったよ。蘭さんがちゃんと説明してくれてたし、私もお店に来てくれた時にそのお客さんにちゃんと説明したから

千都:そう、だったんですか

絵美:あぁ!

千都:……すみません

絵美:え?

千都:そうなっていたなんて、俺、全然知らなくて。本来なら、俺も謝りに行かないといけなかったのに……

絵美:なんでだ? 千都(せんと)に感謝することはあっても、君が謝らなきゃいけないことなんてない!

千都:……先輩……

絵美:お客さん、喜んでくれていた

千都:え?

絵美:凄くいい絵だって。今度は連名じゃなくて、二人のそれぞれの絵を飾らせてほしいって

千都:(嬉しそうに)そうか。よかった

絵美:千都(せんと)

千都:はい

絵美:本当にありがとう。私のために絵を描いてくれて。君のおかげで私は家族にまた会うことが出来た。みんなの笑顔を思い出すことが出来た

千都:……先輩……俺の方こそ、ありがとうございます

絵美:え?

千都:……俺の方こそ救われたんです

絵美:それは、どういう……

千都:……約束、覚えてますか?

絵美:え?

千都:俺の昔話、聞いてくれますか? 面白い話なんかじゃないですけど

絵美:……聞かせてくれ。聞きたい。


   絵美、千都の隣に座る。


千都:(苦笑して)あぁ……改めて話すとなると、何から話していいかわからないですね……

絵美:何からでも。君の話したいことから話してくれ

千都:はい(深呼吸をして)……俺の両親がそろって絵が好きだったって話、しましたよね。俺の名前もゴッホから取ったって話も

絵美:あぁ

千都:二人の影響で俺は物心ついたときにはすでに絵を描いてました。それがどんな絵を描いていたのかは覚えていませんが……

絵美:そうなのか

千都:はい。俺は両親に言われるがままに絵を描きました。求められるままに。当時はそれが正しいと思っていたんです。絵は俺の世界の全てだと思っていました。学校が終わるとすぐに家に帰って絵を描いて、休みの日もずっとキャンバスに向かって、コンクールが近くなると絵のために学校を休むのなんて当然でした

絵美:うん

千都:おかげで、友だちなんていませんでした。当たり前ですよね。俺自身、絵にしか興味がなかったし、それでいいと本気で思っていたんですから

絵美:……

千都:当時の俺にとっては、絵と両親が世界の全てだったんです。俺が絵を描けば二人が褒めてくれる。それが嬉しくて、俺は絵を描くことに没頭しました

絵美:そうか

千都:はい

絵美:じゃあ……

千都:(遮って)ダメだったんです

絵美:え?

千都:あるコンクールで俺は二人に喜んでほしくて、いつも以上に頑張って絵を描きました。俺の名前の由来になったゴッホの作品にも使われているひまわりと俺たち家族をモチーフにして。絵が完成した時、この絵をあの二人はすごく喜んでくれるって思いました。俺はわくわくしながらコンクールに作品を提出しました。二人にはどんな絵を描いたのかは秘密にして。そして、賞をもらえたという連絡が来て、その展覧会に二人を連れていきました。絵を見せるために

絵美:……それで? ご両親は……

千都:絵を見た瞬間、二人からは笑顔が消え、すぐに帰りましたよ

絵美:え?

千都:その日の夜。両親は大喧嘩してました。何が気に障ったのか、今となってはわかりませんが、俺の絵が原因だったようです

絵美:千都(せんと)の絵が?

千都:はい。「お前のせいで」とか「あなたが悪いんでしょ」とか、お互いに罵りあってましたね

絵美:……なんで……

千都:俺が、二人の思い描いていた画家の像から外れてしまったからだと思います

絵美:外れた?

千都:もう事の真相なんてわかりませんし、知りたいとも思いませんが、きっと二人の中に俺はこういう子どもであるべき、という理想があったんだと思います。その理想から、あの日俺は外れてしまった

絵美:……そんな……

千都:数か月後、両親は離婚しました。そして、親権を放棄した両親に代わって、俺を引き取ってくれたのは母方の祖父母でした

絵美:……離婚……そんなことで……

千都:そんなことで、なんです

絵美:あっ……

千都:俺の両親はそんな人たちだったんです

絵美:……

千都:(絵美の顔を見て驚く)廣瀬先輩、どうして泣いているんですか?

絵美:……千都(せんと)が泣かないから……そんなのひどすぎる、なんで……

千都:ありがとうございます。廣瀬先輩

絵美:え?

千都:俺のために、俺の代わりに泣いてくれて

絵美:……私にはこんなことしかできない……だから、お礼なんて……

千都:それだけじゃないんです

絵美:え?

千都:廣瀬先輩、先輩はコンクールの展覧会で見た俺の絵に救われたと言ってくれました

絵美:あぁ

千都:当時の俺の全てを壊したあの絵を救いだと言ってくれた。俺はそれが嬉しかったんです

絵美:え?

千都:誰かを不幸にする絵。俺の絵はそんなものだと思っていました

絵美:そんな!

千都:だって、事実、俺の家族を壊したんですから

絵美:……

千都:人を不幸にするくらいなら、俺は自分の世界を捨てようと思いました。そして、捨てたからには一生その世界には戻らないと決めていました

絵美:……じゃあ

千都:でも、あの絵を救いだと言ってくれた先輩を助けたいと思ったんです

絵美:え?

千都:助けるなんて烏滸がましいですが、あんなに素敵な絵を描く先輩に絵をやめてほしくなかったんです。俺で力になれるなら、俺の過去なんて関係ない。だから、描こうって思いました

絵美:千都(せんと)……

千都:それに、一人じゃないから

絵美:え?

千都:一人じゃないから描けるって思ったんです

絵美:……

千都:正直、いろいろ怖かったです。作品展に間に合うのか、間に合ってもこの絵をよしとしてもらえるのか。何よりも、先輩の想いを絵に乗せられるのか……

絵美:千都(せんと)の絵は最高だ!

千都:先輩……

絵美:私は君が描いてくれてよかったと思ってる。例え、他人からどう言われたって私は君に描いてもらって本当によかったって思う。何度も言うが、君のおかげで私はまた家族と会えたんだ。あの暖かい微笑みに、声に触れることが出来た。君じゃなかったら出来なかった。だから私は君に感謝しているし、君の絵が大好きなんだ!

千都:……先輩

絵美:だから、ありがとう。白石千都(せんと)




●数時間後

   公園。辺りが薄暗くなってきている。


千都:……すっかり、暗くなっちゃいましたね

絵美:そうだな

千都:すっかり話し込んじゃいましたね

絵美:そうだな

千都:そろそろ帰りますか

絵美:……

千都:先輩?

絵美:白石千都(せんと)

千都:はい

絵美:もう、これで終わりか?

千都:え?

絵美:もう、君は絵を描かないのか?

千都:……

絵美:君の過去は聞いたし、理解もした。でも、私はもっともっと君の絵を見てみたい。これからの君の絵を

千都:……先輩

絵美:描く場所がないというなら私のアトリエを使ってくれてかまわない。道具も必要なものをそろえるまではあそこにあるものを使ってくれてかまわない。だから……

千都:……廣瀬先輩

絵美:描くのをやめないでくれ

千都:……

絵美:私の我儘だってわかってる。わかってるけど……

千都:……わかりました

絵美:!

千都:次の絵の作品展、一緒に出してくださいって言われたんですよね?

絵美:あ、あぁ!

千都:……あの頃みたいには描けないでしょうけど……

絵美:いいんだ! あの頃みたいじゃなくたって!

千都:先輩?

絵美:今の君が描きたい絵を描きたいものを描いたらいいんだ!



千都:(M)そう言って微笑んだ先輩の笑顔はやっぱりひまわりのようだった

   夜なのにも関わらず、上を向いて背筋を伸ばしているひまわり。彼女を助けたと思って描いた絵

   でも、それは彼女を助けたんじゃなくて、俺が過去を乗り越えるための道しるべだった

   芸術の神様が用意してくれた贈り物

   それは、泳ぎたくなるような澄んだ青と眩しいくらい輝いているひまわりの花



―幕―




2021.04.28 ボイコネにて投稿

2023.04.06 加筆修正・HP投稿

お借りしている画像サイト様:フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)