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七枝の。

台本/悪役王妃の道化(女1:不問1)

2023.04.07 02:33

〇作品概要説明

主要人物2人。ト書き含めて約4000字。傾国王妃と道化の仮面舞踏会。さくっと終わります。


〇登場人物

王妃:マリア。同盟国から嫁いできた。

道化:全身4フィート(約120cm)。宮廷道化師。男性設定だが、女性がやってもよい。

小姓:道化師と兼役。冒頭に一言だけ。性別不問


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作者:七枝



本文

〇仮面舞踏会。休憩室の一室。Mはモノローグ。

小姓:殿下、御前失礼いたします!

王妃:(M)小姓に何やら耳打ちされると、王妃の年若い恋人は、早々に退室してしまった。無礼を咎める隙もなく、随分と慌ただしく、だ。

王妃:(ためいき)

王妃:(M)わたくしは会場に戻る気にもなれず、やたらとヒールの高いごてごてとした拘束具を片足だけ脱ぎ捨てた。だれにみられようとかまうかものか。どうせ今夜は仮面舞踏会なのだから。

道化:おやおやおや~こんなところで貴婦人がひとり。

王妃:……おまえ、

王妃:(M)ふいに部屋に忍び込んできたのは、全身4フィートばかりの小人だった。しゃんしゃんと動くたびに揺れる鈴付き帽子。先のとんがった、重いばかりで役に立たない靴。その異様な姿と猿のような赤ら顔には覚えがあった。夫が―……現国王・ヤン16世が愛玩している道化師だ。

道化:恋人にふられて泣き崩れている?それとも愛しいあの人をおまちかい?おいらがあんたをさらう騎士になってやろうか。

王妃:無礼者。

道化:道化にむかって無礼とは驚いた!おじょうちゃん、あめはおすき?

王妃:さがりなさい。誰の許しを得て入ってきたの。

道化:そりゃあもちろん、おてんとさまの許しだよぉ。へっへっへ。

王妃:(溜息)

道化:ため息なんてつくもんじゃないよ、おひいさま!幸せが逃げちまう。

王妃:あの方も困ったものだわ、こんな道化にいれあげて。

道化:おお偉大なる我らが太陽!ヤン16世よ!

王妃:だまりなさい。

道化:だまるもんかい。黙ったらおまんまの食い上げさぁね。あんたこそ黙ればいい。

王妃:なんて口の利き方。

道化:貴い耳には市中の声が聞こえないさね?口さがない下民があんたをなんて言ってるか知ってるかい?

王妃:なんと?

道化:賭け狂いのあばずれ王妃!

王妃:まあ!

道化:ひゃははははは!!

王妃:(M)床にころがり、狂ったように笑う道化に合わせてしゃんしゃんと鈴が鳴った。なんてあさましい姿だろう。こんなものをみてあの方は何が愉しいのだろうか。

道化:おや、失敬失敬。

王妃:…………

道化:殿下?殿下どうなされた?さっきまでコマドリのようにさえずっていたのに。

王妃:お前なんぞと話したら口が曲がるわ。

道化:おお、天使の福音よ!麗しき国民の月よ!

王妃:嘘だらけね。

道化:あんたの恋人のセンスのない睦言よりはマシさ。

王妃:どんな睦言もおまえより美しいわ。

道化:当然だ!おいらは道化、あんたの道化、世界一の道化なんだ!笑えなきゃ意味がない。

王妃:…………

道化:またダンマリだ。殿下の口は商人の財布みてえだな。

王妃:……その殿下、というのをやめて。

道化:なぜ?

王妃:今宵は仮面舞踏会ですもの。

道化:はっはっは!これは一本とられた。殿下はおいらよりジョークのセンスがある!

王妃:…………

道化:失敬失敬!殿下じゃなくマダムでしたな!それともマドモアゼル?

王妃:それは子の居ぬわたくしへの皮肉?面白くないわ。

道化:まさかまさか!なんせ殿下は「産めぬ」のではなく「産まぬ」のですから、なにを皮肉ることがありましょうや?

王妃:…………なにを。

道化:おや、顔色ひとつ変えないとは。放蕩姫の名に似つかぬ冷徹さ!

王妃:だまりなさい。そして教えなさい。おまえにその考えを吹き込んだのはどこの者?フェルマン?オーギュスト?それともテール夫人かしら?

道化:黙れと言ったり、喋れといったり、忙しいやつだな。おいらの口はひとつしかないんだぞ。

王妃:王家への侮辱罪で地下牢に入れたっていいのよ。

道化:へへへっ、これで侮辱罪ならこの国はおわりだ。日の下で立っているのは王妃だけになる。

王妃:あーいえば、こーいう。なんて口の減らない者かしら。

道化:逆にあんたは、今日ずいぶんとおしゃべりだね?おいらもしかして口説かれてる?

王妃:なぜそうなるの。

道化:青年貴族の中で話題だぜ。「王妃は切なげな瞳でモノも言わず誘ってくる」って。

王妃:その理屈でいうと、おまえは誘われてないということになるのではないかしら。

道化:おいらだけは特別なんだろ?宮廷に咲いた毒花さま。

王妃:おまえはわたくしよりわたくしの名を知っているのね。

道化:鏡ってのは、必ずしも真実をみせないもんでさぁ、マドモアゼル。

王妃:貧民の粗悪品と一緒にしないで。王室の鏡は舶来モノの最高級品よ。

道化:高級だろうが中級だろうが、仮面を脱がなきゃ見えるものは一緒さ。

王妃:生意気な口を。

道化:なんだい?人でも呼ぶかい?道化とも寝るあばずれ王妃。

王妃:鞭をくれてやるわ。

道化:あんたらはいつもそうだ!おいらを犬とでもおもってやがる!

王妃:犬の方が利口だわ。口をきかないもの。

道化:ならおいらもここらでしょんべんしてみせようか。

王妃:やめて!けがらわしい!

道化:はっはっは!

王妃:(M)道化の大笑いは、部屋中にこだましたが、それでも誰もやってくる様子はなかった。当然だ、今日は舞踏会。祭りの日だ。都中が浮かれ騒ぎ燃えあがっているに違いない。

道化:なぁ、ここは随分静かだね、マドモアゼル?

王妃:そうね。わたくしはマダムよ、道化。

道化:愛すべきこの国の女主人よ。大舞台で踊らないのかい?

王妃:踊ってきたじゃない。

道化:ダンスはね。

王妃:歌でもうたえっていうのかしら?

道化:そりゃあいい!あんたの悲鳴をみんなが聞きたがってる!

王妃:みんな?それはあの雑草どものこと?

道化:そう、あんたらのおべべやおまんまを養ってる民草のこと!

王妃:馬鹿言わないで。民が王家を支えてるのではないわ。王家が君臨してあげてるのよ。

道化:(大笑いする)

王妃:……なにがおかしいの。

道化:まこと、殿下におかれましては嘘がお上手でございまする。

王妃:…………

道化:殿下は今宵、バルコニーから外を眺められましたか?

王妃:いいえ。

道化:みてみるがいい。宮廷の窓からでもよくみえる。あかあかと。反逆の火が。

王妃:………いいわ。

王妃:(M)立ち上がり、カーテンを引くと外を見渡してみた。そこには、予想通りの光景があった。

道化:見えるだろう?

王妃:……ええ、見えるわ。

王妃:(M)ああ、わたくしの庭が燃えている。美しい庭園が炎の赤に染め上がり、その中を駆け回る虫のような民の影を照らしている。

道化:逃げないのかい?革命軍はもうすぐ目の前まで迫っている。

王妃:なぜ逃げる必要が?わたくしの兵は優秀だわ。愚かな共和主義者どもを駆逐するに違いない。

道化:無理だってわかってるくせに!祭りの夜だからってワインを配ったのはあんただぜ、殿下!

王妃:一杯の赤ワインで兵が使い物にならなくなるはずが、

道化:(かぶせて)あるね!あんたが手ずから配ったワインだぞ!

王妃:それが?

道化:あんたの魅力でみんな腰砕けってわけさ!

王妃:(くすりと笑う)

道化:お、笑った!殿下が笑ったぞ!!

王妃:そうね。

道化:おいらの勝ちだ!

王妃:勝負なんてしてないわ。

道化:してた!

王妃:してない。

道化:してたさ!おいらの心の中で!

王妃:……ふぅ。はいはい、お前の勝ちよ。

道化:ご褒美をおくれ!

王妃:金ならいくらでも。どこの引き出しからとったっていいわ。

道化:そんなもんいらない。

王妃:脱出手段かしら?寝室の暖炉から行けるわよ。革命軍の手が回っていなければ、だけど。

道化:それでもない!

王妃:もしかしてわたくしが目的?嫌よ、道化と寝た王妃として名が残るのは。

道化:あんたの子分にしておくれ!

王妃:………あらまあ。

道化:おいらは氷の王妃を笑わせた道化だぞ!それぐらいの報酬があってもいいだろう!?

王妃:(M)わたくしは視線を下ろして、まじまじと道化の顔をみつめた。斜陽の王族に仕えたいという馬鹿な小人の顔を。しかし小人の目は、穴が開いたように空洞で、その真意はわからなかった。

王妃:……ここから先は、冥途の旅路よ。

道化:あんたが逃げないなら仕方ないさ。

王妃:逃げたら役目が果たせなくなる。わたくしが王妃として処刑されてこそ、同盟が破られる。祖国がこの国に攻め込む為の礎となるのだもの。

道化:御大層なお題目だな。役目だの責務だの、お貴族様ってのは阿呆ばかりだ。

王妃:ふふふ。

道化:お、また笑ったぞ!おいらはやっぱり世界一の道化師だ!

王妃:………そうね。

道化:さぁ、殿下。玉座の間に行こう。そしておいらをあんたの騎士にしておくれ。

王妃:道化ではなかったの?

道化:おいらは道化で騎士なのさ!

王妃:ずいぶん饒舌な騎士だこと。

王妃:(M)笑いながら、考える。

王妃:(M)近い将来、わたくしはこの国に、そして祖国に、殺されるだろう。ずっとずっとそれが役目だと信じていた。それが王の娘として生まれた運命だと信じて疑わなかった。今も勿論、疑ってない。けれど、

道化:殿下?

王妃:………なんでもないわ。

王妃:(M)胸を張り、姿勢を正す。私はマリア・エリザベート・フォン・サクス。美しく散る、傾国の王妃。

〇おしまい。