刑事訴訟法改正法案について
カルロスGoneぬ。犯罪が減る改正にバンザイ。
未だ多くの方の記憶に残っているだろう映画さながらの事件があります。令和元年12月のゴーン被告のレバノンへの逃亡です。元米軍特殊部隊の父親と、その息子を高額の報酬で雇い、楽器の箱に隠れてプライベートジェットで違法に出国。今も公判への出頭を拒んでいるという事件です。この事件が保釈に対する罰則規定を見直す契機となったと言われています。刑事訴訟法を管轄する当時の森雅子法相は令和2年2月、こうした逃亡事案を防ぐ手立てを法制審議会に諮問しており、今回の改正案に繋がっています。
さて、法案の内容です。大きく分けると2つの内容で構成されています。ひとつは保釈後に逃亡した場合の罰則規定の新設です。そして、もう一つは保釈後に逃亡できないようにする逃亡防止策の導入です。
まず、保釈後に逃亡した者に課される罰則規定についてです。「保釈等をされた被告人の公判期日への不出頭罪」「裁判所の許可を受けないで指定された期間を超えて制限された住居を離れて当該住居に帰着しないとき、つまり制限住居離脱罪」「保釈等の取消し・失効後の被告人の出頭命令違反の罪」「勾留の執行停止の期間満了後の被告人の不出頭罪」「刑の執行のための呼出しを受けた者の不出頭罪」の5つのケースに該当する場合は二年以下の拘禁刑に処するものとすることになります。
保釈中の逃亡は拘留中ではなく留置施設での起きた事件ではありません。留置場や拘置所等の刑事施設から逃亡すると刑法の逃亡罪が適用されますが、保釈中は刑事施設で拘留されているわけではないので逃亡罪は適用されません。保釈受けるには裁判所が決定する額の保釈金という担保を収めることで保釈されるのですが、この保釈金が逃亡を抑止する唯一の防止策でした。保釈条件を破ったり、決められた期日に出頭せずに逃亡するとこの保釈金が没収されるだけです。保釈中に逃亡しても逃走罪は成立しませんので、他に何らかの犯罪を犯していない限り、逃亡者を「逮捕」することはできません。検察官や警察官が逃亡者に対して勾留状と保釈取り消し決定の謄本を示して身柄を拘束するしかありません。保釈申請時には身元引受人の宣誓書を必要とするのですが被告人が逃亡しても身元引受人が法的責任を負うことはありません。保釈金の存在が唯一の逃亡防止策だったのですがその額は被告人の年収や資産の状況によって決まります。平均的には150万円から300万円までのことが多いようです。これまでの最高額は牛肉偽装のハンナングループの浅田満氏の20億円、続いて特別背任のカルロスゴーンの15億円です。15億円を没収されても逃亡したのですからゴーン氏にとっては歯止めにはなっていなかったということです。代表的な高額な保釈金としてはインサイダー取引で逮捕された村上世彰氏が5億円、証券取引法違反の堀江貴文氏が3億円、政治家では脱税で金丸信氏が3億円、田中角栄氏が2億円、受託収賄罪の鈴木宗男氏が5000万円、IR汚職の秋元司氏は8000万円、公選法違反の河井克行氏は5000万円でした。秋元司氏は保釈後に検察側証人を懐柔しようと企てて保釈が取り消しとなり、保釈金も没収されています。
今回の改正案によって刑事罰が規定されますと保釈中の被告人が不出頭など保釈条件を反故にすると逮捕状を請求できるようになります。さらに新たな罪状も加わり刑事罰が加算されることになります。
日本保釈支援協会によると令和2年の勾留者数は49216人、保釈を許可された人数は15431人で31%に上ります。今から20年前の平成17年には拘留者数は83869人、保釈を許可された人数は10805人で12.8%です。保釈される確率は2倍以上になっています。保釈された後に逃亡したり、保釈条件を破ったりして保釈を取り消されて保釈金が没収された者の数は平成17年には53名だったのが令和2年には208名と約4倍に膨れ上がっています。上記のデータより保釈金を没収することで逃亡を防ぐという仕組みの機能が著しく低下していることがわかります。最近では保釈金を貸す業者もあります。自分で保釈金を負担した者と業者からお金を借りて納付した者では逃亡の抑止力は格段に違うように思います。
保釈が広く認められるようになったのは裁判員裁判の導入後だと言います。それまでは検察の主張する証拠隠滅の恐れがあると保釈は認められないこと多かったようですが、裁判員裁判の導入後は証拠隠滅の恐れに関して具体的に明示するように裁判所が求めるようになりました。また、一審で有罪判決を受けるまでは被告人を推定無罪として扱う原則が影響しています。よって、一審判決が出るまでは形式的な審査に留まり保釈を許可することが多くなっています。問題があるのは一審で実刑判決が下されている被告人の控訴審中に再保釈が認められるケースが増えていると言い、最近では許可される確率が20%にも上っているといいます。一審中で執行猶予が付く可能性のある被告人は逃亡する必要性がない。1審中に逃亡する被告人は明らかに実刑を受けると思われる重罪を犯した者が多いであろう。1審で実刑判決を受けた者に対する保釈の許可も逃亡の恐れは格段に上がるはずです。犯罪件数は極端に減少しているにも関わらず、保釈が取り消される件数が4倍にも膨れ上がっているのは性善説で成り立つ制度には限界が来ているのだと思われます。
改正案のもうひとつの骨子は逃亡防止策についてです。「裁判所は、保釈を許す場合において、被告人が国外に逃亡することを防止するため、その位置及び当該位置に係る時刻を把握する必要があると認めるときは、被告人に対し、位置測定端末をその身体に装着することを命ずることができるものとすること。」とし、「位置測定端末装着命令を発行するときは、飛行場又は港湾施設の周辺の区域その他の位置測定端末装着命令を受けた者が本邦から出国する際に立ち入ることとなる区域であって、当該者が所在してはならない区域を定めるものとすること」としています。国外逃亡の恐れのある者に保釈の許可をする場合には、いわゆるGPS装置の装着を条件とする規定を加える法案です。位置測定端末を裁判所の許可なく取り外したり、立ち入り禁止区域に立ち入ったりすると一年以下の拘禁刑が処せられます。もちろん、保釈の許可は取り消され保釈金は没収となります。
これこそがカルロスゴーンの国外逃亡事案を契機に模索されてきた逃亡防止策です。GPSの装着義務は海外逃亡の恐れのある被告人に限定されているが本当にそれだけで良いのでしょうか。一審で有罪判決を受けて控訴審中に再保釈を許可する場合にもGPSの装着義務を検討する必要があるのではないでしょうか。すでに執行猶予が付かない判決を受けた者は逃亡の可能性が高まることは容易に想像できます。特に凶悪犯罪に関しては刑期も長期になることから逃亡の恐れが尚のこと高くなるでしょう。
GPS装置の装着する者に定める立ち入り禁止禁止区域ですが、その範囲もある程度広範囲に設定しないといけないと思います。空港等に立ち入ったことを感知して警察が駆け付けた時には逃亡後で離陸していたのでは意味がありません。保釈中の被告人のプライバシーがある程度制限されるのは刑訴法の改正案を実効性のあるものにするためにはある程度許容するべきだと考えます。諸外国では被告人を保釈する際にGPS装置の装着を命じることができる法整備はすでに進んでいます。今回の日本での刑訴法の改正では海外逃亡の恐れがある者に限定されていますが、アメリカ、イギリス、カナダ、韓国では対象の限定はありません。フランスは7年を超える拘禁刑を受けた者に限定しています。
保釈後の不出頭やGPSの装着を課せられるようにする改正案に以外にも、保釈中の被告の生活状況を報告し、公判に被告と一緒に出頭する義務を負う「監督者」を指定できる制度も新設し、監督者には、被告とは別に保証金を求め、義務に違反すれば没収することができるようになります。また、逮捕後に逃走した容疑者にも逃亡罪を適用することができるように改正されます。それによって罰則規定は1年以下の懲役だった法定刑を3年以下の懲役に引き上げられます。
西日本新聞によると保釈中に逃亡した被告人の数は2009年には53人でしたが、2018年には127人に増えていると言います。保釈中の逃亡者の延べ人数は数千人に上っているはずです。推定無罪の原則が弱まる一審での有罪判決を受けた者、とりわけ実刑判決を受けた者に対する保釈の許可は慎重かつ厳格でなければなりませんし、逃亡防止策の対象範囲の拡大を早々に検討することが現実的であろうと思います。政治家には社会の安全と安心を保持する仕組み作りに取り組む義務があるはずです。犯罪者の逃げ得を絶対に許してはいけないし、その隙を埋める努力を継続して行わないといけません。
また、GPS装置などにはテクノロジーの進化と更新を怠らにないように注視しないと瞬く間に効力が陳腐化することもあり得ます。GPS装置の導入が検察や警察の業務の負担軽減につながり、逃亡抑止に効果を発揮することを切に望みます。
以上、最後までご拝読を賜りありがとうございました。
資料
日本保釈支援機構
https://www.hosyaku.gr.jp/bail/data/
主な高額保釈金
https://honkawa2.sakura.ne.jp/5210.html
諸外国におけるGPSにより被告人の位置情報を取得・把握する制度の概要
https://www.moj.go.jp/content/001342412.pdf
保釈中の逃亡防止にGPS=ゴーン被告事件受け―刑事訴訟法改正案を決定 時事通信
https://sp.m.jiji.com/article/show/2903499
保釈中の逃走、悩む現場 「人質司法」是正へ試行錯誤 西日本新聞