- 2021年10月10日 - 少年の記憶/青い瞳の子どもたち
「原初の魔法使いさんって、目が青いんだね」
美術館の壁一面に飾られた絵を見て、ふとそんな感想がこぼれ落ちた。目前の大きな肖像画は、整った顔立ちの中でも、瞳がひときわ印象的に描かれているように思う。その目にじっと見下ろされているうちに、思わず、絵画と睨めっこをしているような、不思議な感覚に陥った。
隣に立つコル君が、クレイと同じ色だね、と言って嬉しそうに笑った。……ぼくから言わせれば、コル君の瞳も青々と澄んでいると思うのだけれど。確かに、ぼくやこの絵画とはまた違う色合いの青だ。例えば、浅瀬や、夏の透き通った風を思い出させるような、そんな。
「きれいな青色……」
「そういえば、見るのは初めて……、じゃないか。あれ? 原初の魔法使いって、教科書に写真載ってるよね?」
「うん。でも、ほら。教科書のは白黒だから」
ああ、成る程、そう言えばそうだっけ、今もそうなんだ……、なんて感想は、まるで昔の人みたいだなんて思う。コル君が「不老」なんだというのは知っていても、いつから今の姿なのか、ぼくは知らないから。もしかしたら、本当の本当に昔の人なのかもしれない。そう考えたら、彼がぼくの母親を説得できるくらい口が回る理由は、年の功、というやつなのだろうか。
「ねえねえ。大学に所属してる魔法使いって、コル君以外にもいっぱい居るんだよね?」
「そうだね。学校の1クラス分よりちょっと多い、くらいかな」
「じゃあ、その中に、ぼくとか原初の魔法使いさんみたいな、青い目の人も沢山居る?」
「えっ? ……うーん」
コル君は首を傾げて暫く静止した後、記憶を辿るように視線を宙へ放り投げて、考え込んでしまう。とは言え、展示物の正面で立ち止まろうと、考え込もうと、ぼくたち以外のお客さんは居ないので、何も問題は無い。
なので、ぼくはのんびり回答を待つことにした。
魔法の根源たる「原初の魔法使い」の展示は、常設のものだから。長期休み以外は基本的にガラ空きなのが常だ、と数時間前のコル君は言っていた。定期的に企画される、大魔法使いの展示なんかが併設されると、また話は変わってくるようだけれど。
必死で記憶の引き出しを開けているらしい彼を横目に、付近の展示物や説明文なんかを読んで時間を潰す。そのうちに、コル君は困ったようにふっと顔を上げた。
「正直言って……、他の班の人とはあまり関わる機会が無いんだよね。だから、僕の知っている範囲内にはなるんだけど。青い目をした人は3人、知ってる」
「それって同じ班の人?」
「ええと、1人は同じ班だね。B班の人。残り2人はF班の人だよ」
「F班って、一番強い班だっけ?」
「そうそう」
一番強い班と聞いて、思わず、背が高くて筋肉質な、あからさまに強そうな人達を想像する。勿論、魔法に筋肉は一切関係ないのだけれど、強いと聞くと、ついつい体格の良い姿を連想してしまう。
「ふぅん……」
「会ってみたいの?」
「え?」
「急に、青い目の人、なんて言うから。自分と同じ色の目をした人に会いたいのかと思って」
そう言われてみれば、真っ青、と呼んで差し支えのない瞳は、かなり珍しい部類かもしれない。……思い返せば、学校でも、一度だって見かけた記憶は無い。
本当のところは、特に深い意味のある質問では無かったのだけれど。そう思うと会ってみたいような気もして、気づけば自然と頷いていた。
そっか、と言ったコル君の顔を見上げる。今まで彼は、どんな些細な事でも、可能な限りぼくの希望通りにしてくれた。そうして、此処へだって連れて来てくれたのだ。だから、期待感のままに、想像をふわりと広げる。絵画でも、鏡越しでも無い、真っ青な瞳は。どんな輝きを持っているのだろう、と。