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Slip Knot

ダイナミックが好きな人間

2018.05.27 05:23


ここ最近辟易を通り越して

笑ってしまうので、

少し文章にしておこう。


周りを見ててアホやなとしか

言いようがないという

ケースに遭遇する。


これは僕個人的な話なのだろうか。


例えば、

先日新しく勤務になった人は

とにかく人を怒らせるのが上手だ。


昔に、人を怒らせる方法というDVDが流行ったくらいに上手。


教えてもメモをとらず、

教えたことも、

さも始めて聞くかのように

悪びれず

「これどうするんでしたっけ?」と

聞いてくるし、

ミスを指摘したり、

ミスが頻発するから

逐一確認しようとすると

「なんでそんなことまで確認するの」とイライラしだす。


そんなミスしなければ、

こっちも確認しなくていいんだよと

思ったりしていたが、

はたと気づいた。


この人は怒らせることでしか人と

関われないのかもしれない。

このニュアンスで言うと怒らたくて

仕方がないという感じになってしまうのだが、


おそらく本人も

決して怒られたい人ではない。


でも、怒らせることで

無視されていないか確認したがる人というか。


怒らせることで

無視はされないようにしているといえばいいか。


ここで初めて、

僕がやりたくもない彼とな

喧嘩をさせられていて

無意識に相手の胸ぐらに手があったのがわかった。


面白いのはこれに気がついて

僕がすっと手を離すと

相手が不安がってあわあわしだした事だ。


今まで話していなかった

類いの言葉がぽろぽろと出てくる。


その言葉もいままでは怒らせることに成功していた方法がうまくいかなくて

なんとか僕の手を元の胸ぐらに戻したくて仕方がないのだが

それがどうやったらいいかわからないそんなニュアンスの言葉だった。


この前提にあるのは

あくまで能力がないのではない。

ということ

やればできるのに

なぜか怒らせることに必死になるので

僕はまったく意味がわからない。


どうやら人として信頼されるより

怒られている方が

愛を感じたりするのだろうか。


このあたりにつくづく変だなぁと

思いながらも、

こういう人いるよなぁと思ってしまう。


冒頭でアホとか人を批判する言葉で

表現したけれど

これはものすごくどこか人間らしいのかもしれないというような気分になってきた。


人に好かれる能力があるのに

それをあえて放棄することは

なんだかロックバンドのボーカルが

ギターをぶっ壊すのに似ているし、

幸せになる能力や

スペックが高いはずの人が、

無意識に自分が不幸になるように

調整したり、

わざと失敗したあげく、不毛な関係を築いてしまうのは、

あるいは

本分としての家庭がありながら

サブの女性がいて

不倫というものがあるのは、

この魅力を殺したり、

『あえて』おざなりにするのは

とてもダイナミックなことなのではないかと思うようになった。


こうなってくると

彼らはダイナミズムが好きなのだ。

こう理解すると、少し胸のつかえがとれる。

全然仕事をうまくする気も、

ミスをなくす気もなくて、

ダイナミズムに生きることにしか興味がないのだ。


別に擁護するつもりはないけど

「いや、べつにそんな素晴らしいものをあえて、なげうたなくても

ちょうど良い場所で望ましい形でダイナミズムを作り出せばいいんじゃ…」と思う。


それでもきっと彼等は

「最大限能力が発揮できる」や

「一番自分が望んでいる関係」を

一番良いところを

ぶちこわすこと、

機能させないことなんだ。


と彼等の徹底する姿勢に言われた気がした。