「生み出したい」という意図
アーティストであり、香りのプロデューサーである侃君(IZUMI KAN)のブランド立ち上げレセプションパーティーに招待されてきたので行ってきた。
言わずもがな、侃君の世界観はどこを切り取っても素敵なものばかりで、六本木ヒルズという都会的な街の中で、日本の情景が垣間見えるような繊細な不思議に混ざりあっていた。
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侃君がプロデュースしたブランドでは、香水やお香、食べることができる香りのパウダーなどがあった。
この香りのパウダーがかなり驚きで、レセプション会場で水に溶かしたお茶”のようなもの”をいただいたけど、なんとも味わったことのない感覚で、お茶とも水とも言えないスッキリとした味わいで、ゴクゴク飲むというよりは少しずつたしなむような、これまた繊細で丁寧につくられた日本酒を飲んでいるような感覚だった。
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レセプションには最近、美骨でお世話になっている美貴ちゃんを誘って、ついてきてもらった。とても繊細で、その繊細の中にも尖った信念のようなものがある侃君の作品に触れてもらいたいなって思ったので。
作戦は大成功で、侃君の作品に感化されて二人で「自分のブランドつくるぞー!」っとテンション上がりっぱなしだった。一流に触れるというのは、それだけで価値のあることだ。
侃君は去年、脳梗塞で倒れたこともあって体が心配。人一倍、周りのエネルギーの影響を受けやすいと思うので、東京に来たときは、ぜひ美貴ちゃんの施術を受けて欲しいなって思う。
「淡路島にも遊びに来て、飲もうよ」って言われたので、近いうちに行かなくては。瀬戸内海らしくスカッとした機構を味わいに行きたい。
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自分は何者なのか?ということを、よく考える。もちろんその答えは出るようで出ない。説明しようと思えば説明できるし、とことん突き詰めたら「自分は自分」でしかないし。禅問答のようになる。
「自分は経営者だー!」とか「自分はアーティストだー!」と自分を明言してしまうのもいいし、「自分は自分」というように概念的なものでとられるのもいい。自分にとってピッタリくるものを選べばいい。
「自分が何者なのか?」ということを他者に説明することを目的に考え出すと、エネルギーが落ちる。それは、自分を「説明しなければならない」「説明しなければわかってもらえない」という、自信のなさや欠如感から来るものなので、その先には繰り返される自信のなさや欠如感しかない。
自分が何者であるかなんてことは、自分だけが把握していればいい。
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同じく「何のためにやるのか?」というようなことも、わざわざ説明するために作らなくてもいい。侃君の作品はとても素敵で、もちろんコンセプトや目的のようなものはあるのだろうけど、一番大切な部分は「つくりたかったから」なんだと思う。
自分は自分のイメージする作品を「この世界に生み出したい」という欲求をそのまま表現した形なんだと思う。
侃君の作品には独特な感性があって、日本特有の様々な色彩をそのまま香りにしたような感じがする。きっとそこには彼の「生み出したい」という意図があるのだろう。