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フェスボルタ文藝部

ショートショート「メジャーアイドル」DJ寝床

2018.05.28 15:05

 久しぶりにクラっとくる文章を、神待ち掲示板で発見した。


「顔立ち、スタイル、対応、どれをとっても一級品!

 その美しさ、まさしくメジャーなアイドルと大絶賛です!」

 恐ろしく陳腐な文句だ。自らに付与するキャッチコピーでは有り得ない。

 こんな酷い文章に惹かれるのは、救いようのない悪趣味な馬鹿、つまり僕くらいだ。

 

 そんな訳で僕は待ち合わせ場所に立っている。

 目印の少年ジャンプを小脇に抱えて。

 いい年した大人の持ち物じゃないけど、未成年との共通言語なんてこれくらいしかない。

「あのう、『じょにい』さんですか?」

 遠慮がちな鼻声で呼ばれるハンドルネーム。

 会釈を返すと、声の主は遠慮がちな笑顔を見せた。愛嬌のある顔をしている。

 長袖のシャツに生足のミニスカート。不安定な精神を具現化したみたいなファッション。 

 だが、素晴らしいことに、スタイルは悪くない。

 そして、いっそう素晴らしいことに、そこまで良くもない。

 交渉成立。間違いなしの素人だ。我々は一路、ラブホテルへ歩き出した。


「自分で考えたの?あのキャッチコピー。メジャーなアイドルってやつ」

「え?そうだよ。よく言われるの」

「ほんとにー?確かにかわいいけどさあ」

「あはは、でもアイドルは実際ちょっとやってたよ、ド地下だけど」

「おお、すごいじゃん。どうしてやめちゃったの」

「……聞く?」

「うわっ止めとくわ、いまは何してンの?」

「ニート。ごろごろしたり、おやつ食べたりしてる」

「メジャーっていうからさ、バリーボンズみたいなのがくるかと思ってた」

「だれそれ?えっメジャーリーガー?ガチムチじゃん、あははは」

 垣間見える闇をバカ騒ぎで胡麻化しつつ、いかがわしい宿泊施設へシケ込む。

 

 わースロットだあ、という嬌声も、それに応じる僕の、風営法がらみのトリビアも。

 何もかもぜんぶ、既定路線だ。

 この女の子は居場所がない。僕には生きる理由がない。

 お互い、金や時間や体力を浪費して、いい気にならないとぐっすり眠れない。

 だから、クスリ飲んでいい?と言われたときは、思わず硬直してしまった。

「ああ、違う違う!お医者さんから出てるやつ!」

 慌てて彼女が、内服薬の紙袋を掲げる。

 なんちゃらメンタルクリニック、との表記がチラッと見えた。

「ビビったあ。てっきりキメちゃうのかと」

「ちがうよお。寝る前に飲んでねって言われてるの。ちゃんと守らなきゃ」

「几帳面なんだね」

「わたし、アレのあと、すぐ寝ちゃうからさあ」

 

 錠剤を飲み下した彼女を抱き寄せる。

 忙しない前工程と通り一辺倒の喘ぎ声を経て、滞りなく、脱衣の段階に入る。

 ふと、空しくなる。

 何がメジャーなアイドルだよ。自称行為もいい加減にしろよ。

 心持ち乱暴に、僕は、彼女のバスローブをまくり上げた。

 

 露わになる彼女の左腕。

 そこにはリストカット跡があった。  

 予想外だったのは、その数だ。

 傷跡は、手首を起点に上腕部、肘関節、二の腕、肩からデコルテまで刻まれていた。

 細く、長く伸びた腕、そこに几帳面な等間隔で引かれた無数の傷跡。

 まるで、巻き尺みたいだった。


「みんなメジャーだって言ってくれるよ」

 片えくぼを浮かべ、彼女は笑った。

 

「……いいね」

 僕は自分の唇を舐めた。

 信じられないくらい、興奮している。