ショートショート「メジャーアイドル」DJ寝床
久しぶりにクラっとくる文章を、神待ち掲示板で発見した。
「顔立ち、スタイル、対応、どれをとっても一級品!
その美しさ、まさしくメジャーなアイドルと大絶賛です!」
恐ろしく陳腐な文句だ。自らに付与するキャッチコピーでは有り得ない。
こんな酷い文章に惹かれるのは、救いようのない悪趣味な馬鹿、つまり僕くらいだ。
そんな訳で僕は待ち合わせ場所に立っている。
目印の少年ジャンプを小脇に抱えて。
いい年した大人の持ち物じゃないけど、未成年との共通言語なんてこれくらいしかない。
「あのう、『じょにい』さんですか?」
遠慮がちな鼻声で呼ばれるハンドルネーム。
会釈を返すと、声の主は遠慮がちな笑顔を見せた。愛嬌のある顔をしている。
長袖のシャツに生足のミニスカート。不安定な精神を具現化したみたいなファッション。
だが、素晴らしいことに、スタイルは悪くない。
そして、いっそう素晴らしいことに、そこまで良くもない。
交渉成立。間違いなしの素人だ。我々は一路、ラブホテルへ歩き出した。
「自分で考えたの?あのキャッチコピー。メジャーなアイドルってやつ」
「え?そうだよ。よく言われるの」
「ほんとにー?確かにかわいいけどさあ」
「あはは、でもアイドルは実際ちょっとやってたよ、ド地下だけど」
「おお、すごいじゃん。どうしてやめちゃったの」
「……聞く?」
「うわっ止めとくわ、いまは何してンの?」
「ニート。ごろごろしたり、おやつ食べたりしてる」
「メジャーっていうからさ、バリーボンズみたいなのがくるかと思ってた」
「だれそれ?えっメジャーリーガー?ガチムチじゃん、あははは」
垣間見える闇をバカ騒ぎで胡麻化しつつ、いかがわしい宿泊施設へシケ込む。
わースロットだあ、という嬌声も、それに応じる僕の、風営法がらみのトリビアも。
何もかもぜんぶ、既定路線だ。
この女の子は居場所がない。僕には生きる理由がない。
お互い、金や時間や体力を浪費して、いい気にならないとぐっすり眠れない。
だから、クスリ飲んでいい?と言われたときは、思わず硬直してしまった。
「ああ、違う違う!お医者さんから出てるやつ!」
慌てて彼女が、内服薬の紙袋を掲げる。
なんちゃらメンタルクリニック、との表記がチラッと見えた。
「ビビったあ。てっきりキメちゃうのかと」
「ちがうよお。寝る前に飲んでねって言われてるの。ちゃんと守らなきゃ」
「几帳面なんだね」
「わたし、アレのあと、すぐ寝ちゃうからさあ」
錠剤を飲み下した彼女を抱き寄せる。
忙しない前工程と通り一辺倒の喘ぎ声を経て、滞りなく、脱衣の段階に入る。
ふと、空しくなる。
何がメジャーなアイドルだよ。自称行為もいい加減にしろよ。
心持ち乱暴に、僕は、彼女のバスローブをまくり上げた。
露わになる彼女の左腕。
そこにはリストカット跡があった。
予想外だったのは、その数だ。
傷跡は、手首を起点に上腕部、肘関節、二の腕、肩からデコルテまで刻まれていた。
細く、長く伸びた腕、そこに几帳面な等間隔で引かれた無数の傷跡。
まるで、巻き尺みたいだった。
「みんなメジャーだって言ってくれるよ」
片えくぼを浮かべ、彼女は笑った。
「……いいね」
僕は自分の唇を舐めた。
信じられないくらい、興奮している。