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日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第四章 風の通り道 2

2023.04.22 22:00

日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄

第四章 風の通り道 2


一方、京都祇園の料亭「叢雲」には、陳文敏と大沢三郎、松原隆志が揃っていた。いや、それだけではない。そこに金日浩や大友佳彦もいた。

「明日、李首相が来日するそうですよ」

 陳文敏は、自分のお猪口に自ら酒を注義ながら言った。まだ秘密の話があるといって、料亭ではあるが、仲居も芸者も全く入れていなかった。

「ほう、そうですか」

 大沢三郎は、笑いながら言った。この日は青木優子はここにきていない。京都には来ているが、やはりこの料亭には刺激が強すぎると判断したのではないか。大沢三郎は京都の立憲新生党の幹部との会食に青木優子を向かわせ、大沢三郎だけがここに来ていた。秘書などは車で待たせてある。

「それにしても日本人というのは馬鹿だからな。」

 松原は、料亭なのにビールを飲んでいた。

「日本人がバカ、ですか。」

「ああ、そうだろう。何かというと中国を目の敵にして、中国の首脳が来ると、中国人とは妥協するな、中国と敵対するというようなことを言う。今回のように、李がわざわざ殺されに来るということも知らないで、日本と中国の対立ばかりを言い始めるのだ。そんなことだから、何もできないのではないか。」

「日本人は、情報を著しくアメリカに制限されていますから、物事の真相が見えないということですよ。」

 金日浩が、そのようなことを言った。

「まあ、確かにそうだな。日本人は日本国内に、このように日本と中国と北朝鮮が一緒になって、日本と中国の首相と天皇を殺すということが見えていない。それは、そのような情報がないだけではなく、日本の官僚などは、自分たちが作った頭の中の枠組みでしか物事を考えることができないから、結局はその枠を超えるような真実を見ることができないのですよ。それが最も問題だし、何もできなくしている原因なのですが、その事に日本人自身が全く気付いていないというのも悲劇ですな。」

 大沢三郎は、政治の世界の話をしている。実際に、大沢三郎はこのような経験をしているのであろう。日本の官僚は馬鹿だと言いたげな様子である。

「まあ、首相や天皇を殺してしまえば、結局は大沢さんの言うような、馬鹿な官僚しか残らなくなる。それは中国にとっても、北朝鮮にとっても非常にやりやすいということになるのです。」

「そうですな。日本が今の官僚のまま、中国や北朝鮮の味方になってアジアを一つにするような動きをしてくれれば、それは大きな力になりますね。

 金日浩も、陳文敏の話にすぐに乗っている。

「馬鹿が役にたつということか。まあ、日本なんてそんなものかも知れないな」

 松原がビールを飲み干した。

「ごめん下さい。お連れ様御通ししてよろしいでしょうか」

「はいはい、どうぞ」

 そういえば、陳文敏の左側、一番の上座が空席であった。そしてその隣も、空席である。お連れ様とは、この人々の事であろう。

「お待たせしたな」

「大津さん、久しぶりですね。あれ、お嬢さんも」

 大沢三郎が驚いた声を上げた。

「青木優子の話が退屈で」

 山崎瞳は、一番の上座に座った。大津伊佐治は、その隣に座ったのだ。この席次を見てわかるように、今回の天皇を殺すという計画は、全て山崎瞳が考えたものであった。いや、山崎瞳が陳文敏に持ち掛けたものであり、その後、その山崎の意向を汲んで、父である大津伊佐治が他の仲間を集めたという構図であった。

「青木は、退屈な話しかしませんでしたか。それは申し訳ない。もう少し教育をしておかなければなりませんな」

「別に、いいんじゃない。まあ、一般の人々にはあれで通じるんでしょ」

「そうかもしれませんな」

 山崎瞳は、酷く不機嫌であった。まあ、このようなおじさんばかりの席にいても、あまりうれしくはないしかし、不機嫌な理由はそれだけではなかった。

「あんたが大友」

「はい」

 末席で酒を飲んでいる大友佳彦を呼び止めた。

「結局、何もできていないじゃないの。爆弾だけ仕掛ければいいってもんじゃないのよ」

「は、はい」

 山崎瞳は、徳利ごと酒をラッパ飲みすると、いきなりかみついた。

「爆弾ってのはねえ、建物を倒すだけじゃなくて、相手の足を封じなければならないでしょ。だからさあ、時間差をつけるとか、爆弾が爆発したことで、人の動きが変わるということをしっかりと見なければならないの。いや、もっと、破片が飛んだ先のことまで考えないと、爆弾なんか使えないじゃない。」

「は、はい」

 大友はなんとなく不満そうな表情を浮かべた。その大友の表情を座布団も何もない、大津伊佐治の付き人の近藤正仁が手で静止した。

「私は、壇上にいるわけ。石田先生の秘書としてね。その時は、私の前に、天皇が座り、そして反対側に阿川首相と李総理が座るというそういうことでしょう。その時に爆弾が鳴る。そうなれば、私が天皇に覆いかぶさり、避難させることになるし、阿川と李は爆弾の音と反対側の方、つまり舞台の観客とは反対側の方に逃げる。そこまではいい。」

「はい」

「そのあとだ。ではその時に逃げる埼、つまり部隊の後ろで爆発が起きるのと、反対側、つまり一つ目の爆弾が爆発した方向、どちらで爆発すればよい。どう違うのさ。」

 かなり責める口調で、山崎瞳は大友佳彦に言葉を浴びせた。実際に、山崎瞳が見たところ爆弾は同時に爆発することになっていた。それでは、暗殺などはうまくゆくはずがない。その場に参加者や観客が皆、立ち止まっていまっていて、何もできなくなってしまう。

「しかし、それならば、そこにいるもの全てを殺せばいいじゃねえか」

 新しいビールを飲みながら松原が言った。自分の部下である大友が言われているのに、あまり心が穏やかではない。

「あのね、戦争してるんじゃないのよ。さっき、日本対中国は馬鹿だとか言ってたみたいじゃない。廊下で聞こえただけだからあまりよくわかんないけどさ。そんなこと言っているのに、まさに戦争を仕掛けるように一般人を殺せば、国民が全て的になるじゃないの。それも、中国の人民も敵になるのよ。そんなことで何をしようっていうの。アジアを一つ等訳の分かんないこと言って、やってることは分断させるような話じゃ意味ないでしょう」

 山崎瞳は、口調こそ感情的であるが、かなり論理的でなおかつ全体を俯瞰した話であるようだ。松原も黙って飲むしかなかった。

「いい、人間ってのはね、爆弾が同じ方向で二か所なれば、そっちの方で事件が起きたと思ってその方向とは反対側の方に向かう。それに対して、一度爆発して、そうではない反対側の方向で爆発が起きれば、当然に囲まれたとか、どこに逃げればいいかわからなくなって、そのままそこに留まって様子を見るようになるの。爆発が二か所で同時に起きた場合は、当然に同時多発というように見えるから、その場で止まる。そうすると、そこにいる人が全てその場に留まることになるから、全てが邪魔になるのよ。その人が、銃弾の縦にもなるし、爆弾の効果を下げてしまうのよ。そうなれば、ターゲットは死なないで、一般人が死ぬ。それを見ていれば、何とかしようと思って、一般人の中に義勇兵が出てきて攻めてくることになるのさ。あんたそんなこともわかんないの。」

 大友も、そのように言われればわかる。しかし、そのようなことなどは関係なく、爆弾を仕掛ける時には、設計図の通りに仕掛けたのに過ぎない。自分ではなく設計図を書いた人間が責められるべきであろう。

「まあ、いいわ。では計画をおさらいしましょう」